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BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

死後の選択

前回の記事に続き、「死後」のお話です。

正確に言えば「今同時にある」のだけれど、私たちの現在採用している時間の感覚からすると「死後」のことで、補足しておきたいことがありました。

先月書いた、「見せかけの発達段階とチャクラ・本当の人間になること」でふれた内容についてです。

beats-and-love.hatenablog.com

この中で、人間の発達段階について書きましたが、ひとつ注意してほしいことがあります。

それは、たとえばこういったことを「コンプリート」するまで、あなたが嫌でも地球の人生を選び続けなければならない、ということは全くない、ということです。

別に、あなたが「地球合わないや(笑)」と結論を出して、死後この体系自体から去ることを選んでも、あなた自身がそう決めたなら止める者はありません。

「存在」の中には様々な活動領域、あり方があります。

よく言われているような「地球に輪廻し続けなければならない」というルールはないのです。
(輪廻の概念自体が、まず正確ではないですしね。)

また、死に方によって罰則があるということもありません。

前回の記事で死の観念についてふれましたが、大切なこととして、
誰も、自分の意思に反する形では死にません。
本人の意思に反して、この世を去ることはないのです。

すべての死を自分自身で選択するという意味では、「自死」すらも選択の一つです。
自殺したからといって、罰則など、ありません。

ただ、なるべくそういった形を選ばない方が良いのは、この世界にあなたがやってきたことにはあなたなりの意味があり、自ら希望してここに来たからです。
あなたは、そのことを忘れているかもしれませんが。
もし、あなた自身の内面が一致してこの世を去ることを決めたなら、そのときは(自死を選ぶという形ではなく)何らかの形で亡くなることになるでしょう。

とにかく、いかなる形でも、あなた自身の意思を無視して強制できる「より高い力」などないということを思い出してください。


では、なぜ、「多くの存在が地球に輪廻転生し続けていて出られないという誤解があるのでしょうか?

それは、この体験が「自分が誰だかを忘れやすい」性質を持つからです。
それはすなわち、あなたが創造者だということを忘れてしまうということです。

自分が創造者だということを忘れると、「選択」ができないと思い込んでしまいます。

さらに、地球の体験に「思い残し」や「まだやりたいこと」があれば、あなたは地球での人生を創り続けるでしょう。

そして、あなたが満足したときに、フォーカスを別の世界に向けるでしょう。

それは義務ではなく、自分の希望や好み、興味による選択です。


死後の体験でも、あなたはあなたのリアリティを創造し続けます。
ですから、自分が選びたい世界を選ぶことができる、と認識しておくことは重要です。

自分が誰になりたいかは、いつでも、自分で決めています。
あなた以外の誰かが決めているわけではありません。
抽選でもないし、早い者勝ちでもないし、もちろん何かの罰ではありません(笑)

今回のあなたをあなた自身が選んだことを認め、その意義を信頼して、この人生を十分に体験しましょう!


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死の観念を見直す

前回の「ルシファーのエネルギーを見直す」に続き、今回は「死の観念を見直す」です。

前回書いたようなルシファーの体験をしたということは、言い換えると、ルシファーという存在が象徴してくれた私自身の中の何かを受け入れ、融合していくプロセスになります。

もしそれを読んで何か心に響いた方がいらしたら、やはり、独自の形でプロセスが進行しているかもしれません。

私には、さりげない体験のようでいて、後からルシファーの示したエネルギーがじわじわ響いてきていることに驚きました。

それは思いのほか大きな影響で、自分の中が「シャッフル!シャッフル!」されているのを感じたのです。 

前回の記事はこちら↓

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これはまた大幅な「観念の入れ替わり」が起きているのだとわかりました。

今までも、多くの観念を入れ替えてきました。

その中には、観念についての記事や講座でもお話ししたように、私たちの体の新陳代謝や細胞の入れ替わりのごとく、自然に起こったものもありましたが、

人生の中で感じる苦しみなどに促され、そのCalling(呼びかけ・お知らせ)に応じる形で意識的に入れ替え、変容させてきた観念もあったのです。

それでもなお、今回のプロセスは新たなフェーズと感じています。

これからその内容を説明するのですが、ここでキーとなるのが、私たち人間に集合的に根付いている「死の観念」なのです。

ここでまた、死の観念と向き合うのかー!と思いました。
私個人の感触では、「死後どうなるか」をこれまで以上に、より外に向けてお伝えできるよう自分の中で準備している気もしています。
かつて以上に、それが受け入れられる時期なのだという感覚もあります。

「また」と感じたのはなぜかというと、私のスピリチュアリティーの来歴を簡潔に書いた記事にも言及があるのですが、昔も、それがキーとなったことがあったからです。

該当記事「私の過去の歩み」

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かつて“症状”として現れていたものの根源を見つめ、それが完治した後にも、まるで「最後の根っこ」のごとく、不定期にやってくる不可解な落ち込み・鬱を経験した時期がありました。

これは当然と言えば当然で、実はどんな「症状」も、人間の抱く、ある深い「絶望や恐れ」をカバーしているにすぎないからです。

そのようにときどき深く落ち込むことを、「生きていれば当たり前」と思って生きていくこともできたのかもしれません。
生きるのは悲しいことで、ときどき絶望を感じることは当然なのだと、漠然と信じ続けるという形で。

でも、私の「内なる叡知」はそれで満足しませんでした!
人生の体験を通して、心の体験を通して、見るべきものを示してくれたのです。

結論を言えば、その「最後の根っこ」的な落ち込みは、私が
あ、本当に死はなかったんだった!
と、心からわかったときに消えました。

「知識でそう理解する」じゃなく、本当にそうだと自らわかったときに。

それまでだって亡くなった人との交流を夢の次元で体験したり、色々気づかせる体験はあったのですが、自分自身がどう認識しているかとは別だったのです。

また、私の場合は死にまつわる恐れと言っても、自分自身死ぬのが怖い…というものとは違っていました。ずっと、そちらへの恐れはなかったのです。
それより愛する人たちとの「死による離別」が怖かったり、ある時期まではいわば、自分が「この世界に無意味にいることへの恐れ(自分の存在に対する罪悪感)」の方が大きかったりしました。

死の観念からの影響は、人によって様々な形を取りますよね。

たとえば、
最終的に「死ぬ」ということを思えば、すべてが無駄なんだとむなしくなる人もいるかもしれないし、
何かつらいことがあると、「死んだら楽になる…」と、死を「逃げ道」のように考える癖のある人もいるかもしれません。
逆に、「死を回避する」あらゆる防衛手段を考えるという形で、不安で消耗する人もいるかもしれません。

「恐れ」の根っこをたどっていくと、「死」の観念がひょっこり現れるというのはよくあることです。
人間の様々な感情が、死の観念に基づいて生まれます。

現代社会でおおよそ信じられている死生観、死の概念に同調して生きていく限り、死の先は「未知」であり、「喪失」でもあり、恐れから自由にはならないでしょう。

つまり……「死」を、「生」の対極と考えるからです。


そう、ここで今回、ルシファーが私に投げかけてくれた「観念の見直し」が表れます。

それは、二極に分かれた概念を創造者の視点で見直すということです。

「存在」の観点からは、生と死は「対極」にはなりません(笑)
存在は、存在し続けるからです。
状態は変化しても、それは移行、シフト、「フォーカスの移動」にすぎないのです。

人間の世界にも映画や演劇といういいメタファーがあります。
(役者は色んな役を演じますが、各役を演じ終えても存在しています。)

違いは、私たちが舞台上の役者であるだけでなく、自分の意識で舞台設定から脚本から何から何まで「自分の中で」創っているということです。さらにそれを鑑賞する観客ですらある。


私たちはこの世界で、二極の観念にあまりにもなじんでいます。

あなたが自分を成功者と考えるなら、失敗者も存在することになるし、
あなたが自分を失敗者と見なすときには、成功者も存在するということになります。

自分を不幸だと思うなら、幸福をどこかに想定しているはずだし、
幸運を喜ぶとき、不運がどんなものであるかという概念も持っています。

創造者としてのあなたは、対極にある概念をセットで生み出すことに長けています。
自分の意思が先にあることに注意!

自分がどちらかを体験すると決めたなら、同時にその「相手役」も一緒に創らなければ体験ができません。

もちろんこのことも、知識として理解している方は多いかと思いますが、本当にそれがわかると、ぐらぐらきますよね(笑)
意味を熟考するととても面白いばかりか、多くの観念が揺らいで入れ替わっていくはずです!

自分をどちらかの極に置き、誰かや何かをもう片方の極に置いて見るとき、「こちら側」と「あちら側」という認識で眺めますが、その幻想から目を覚ますことはできるでしょうか?

私たちに与えられた「命綱」とも言えるモデル、夢の世界の見方を活用してください。

あなたの夢の中で起こっていることは、どちらの極もあなた自身によって創り出されたもの。
あなた(「私」)はまるごと夢(現実)を創っている者です。

★講座の日程が近付いてきました!
当日受付はございませんので、事前にお申込みくださいね。↓

4/22(土)「インナーフォーカス~意思決定と現実~」

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ルシファーのエネルギーを見直す

この数日間、深いところで何かを待っているような気がしていたのですが、今朝、思いがけずクリアーになりました!

その内容が、今回の話題となる「ルシファーのエネルギーを見直す」です。

「再接続」という言葉にしてもいいかなと思ったのですが、本当はその接続が「一度も途切れたことはなかった」というのが真相なので「見直す」という言葉にしておきます。

ルシファー、ルシフェル、その呼び方は色々ありますが、多くの方が知識としてご存知の天使でしょう。
残念ながら、人間の思い描く「悪魔」と同一視されていることもあります。

ずいぶん昔の記事ですが、私は過去に、これまた予想外にルシフェルと繋がったときの様子を描写したことがありました。
エクスカリバー」(2012年1月14日の記事)

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記事内でふれている「エクスカリバー」については、当時の私にとっての象徴的な意味があったのだろうと思いますが、結局あれから関心を失い、うやむやに終わりました。
今回フォーカスしたいのはそこではなくて、記事内での「ルシフェル」の描写についてです。

私はこの過去記事を特に思い出すことはなかったのですが、つい先日、夢の中に出てきた天使についての記事を書いた後、しばらくして、「2度目に出てきた方の天使は、ルシファーなのでは」ということに気づきました。なぜなら、夢の中で本人が名乗った名前が、ルシファーの別名とも考えられている名であることに思い至ったからです。

前回の、その記事「私は天使を否定できない。」

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それからのことでした、かつてルシファーを認識したときとの姿の一致に気づいたのは。
前回の記事で、私は2度目に現れた天使について、調べれば出てくる名前だけれど有名というほどではないこと、そしてそのイメージは「白」ということをお話ししました。

実は、伝わってきた名はサマエル(あるいはサムエル)」という音だったのです。
サマエル(ウィキペディア)

そして、先にご紹介した過去記事後半の内容と照らし合わせてほしいのですが……

私が以前ルシファーを認識したとき、そのイメージを「アイボリー」の色で表現しました。
今回、サマエルを認識したときも、何色とも言い難い、やや金色がかった白のイメージを描写しています。

こんな風に書くこともまだるっこしいほど、実は私の中では同一存在であることがその姿からはっきりとわかるのですが、絵にしてでも描かない限り、読んでくださっている方とイメージを共有できないので、もう少し明らかにできる説明を続けましょう。

かつての記事の中では、昔読んだダスカロスの本で、「シャマエル」がルシファーの投影であることが書かれていた旨を述べました。↓

『私も以前読んだことのあった「ダスカロス」の本に、
「地」の担当として、シャマエル(チャミュエルとも言う)が示されているそうで、
シャマエルは本当は大天使ではないが、
ルシファーが投影している天使、と書いてありました(!!)』

… 実は、シャマエル、カマエル、チャミュエルの呼び名は、同じ天使を指すと言われており、その名はサマエルとも同じではないかという説もあって曖昧です。

私自身の認識だと、「チャミュエル」と呼ばれている天使と、「サマエル」は少し異なるようにも思え、ダスカロスの言及したルシファーの投影である天使「シャマエル」は、私が認識するところのサマエルなのではと、今回思いました。

ダスカロスの見方は確かめようがありませんが(私が過去に読んだことのある5冊の彼の本の中では、それについて述べられていませんでした)、私自身の認識では、私が以前知覚した「ルシフェル(ルシファー)」と、今回出会った「サマエル」は同じ存在です。

ただ、突如として、またルシファーと邂逅するとは思いも寄らず…
「なぜルシファーがこのタイミングで現れたのだろう」と、不思議でした。

とはいえ深追いする気持ちもなかったのですが、私の自覚できている以上の意識では、物事がしっかり進行していたようです。
私の表層でもそれを感じており、何かがクリアーになるのを待っているような心持ちがあったのです。 


そんな中での、今朝のことでした。

早くに目が覚めて、私はパソコンに向かって気の向くままに、なぜかこれまで見たことのないサイトを見ていました。知り合いの知り合い、という縁の人が関わっている情報だったりと、偶然も重なって、自分の興味に沿って内容を辿っていくうちに、(海外の人なので)英語で書かれたある歴史上の人物についての描写に行き当たったのです。

それについて読んでいると、ルシファーが現れて、パソコンに向かう私の背後から腰をかがめて一緒にスクリーンを覗き、私の両肩に手を置いて、ほほえんでいるのです。

※こういうときには心眼で見えます。以前も書いたことがありますが、大天使を見るとき、その姿は私の知覚では人間よりもずっと大きく見えます。身長2、3メートルとか、部屋の天井いっぱいにつくくらい。エネルギーの大きさを視覚化しているためなのか、と考えたりもしています。私の知覚による“翻訳”ということになるでしょうから。

ルシファーの外見は、かつて、そしてこの間、認識したのと同じ姿で私には見えます。
すなわち、やや金・アイボリーがかったあの白い髪に、白い姿。

その歴史上の人物の詳細についてはここでは省略します。それを主題に論じたいわけではないからです。
一般的には負のイメージがつきまとう人物である一方、傑出した人物ということも認められており、私が今回読んだのは、霊的な観点から見るとその者の持つエネルギー自体は実は天使的であったという内容でした。

その人物については以前から私も思うところがあり、今回述べられていた見解の一部は自分の考えと近かったのですが、それよりもこれを読むのをきっかけにルシファーが現れたことの方に驚きました。
※私自身の見方を補足しておくと、その人物が一見「負」の要素を歴史にもたらしたのは、必ずそうなると定まっていた運命というわけではなく、その人自身の内にある恐れを外に投影して選択し続けた結果と、その時代の集合的な観念の表面化との両方が合わさったものです。しかしそういった現実の経験もまた、世界に“ポジティブに”活かされ得るのです。

ルシファーが私に示してくれたのはこういうことでした。
言葉のメッセージではないので、私の受け取ったエネルギーの言語化になりますが。

「必要な役割を担うことに躊躇はない。人間の思う善悪の観念を超えている。」

そしてルシファーはうれしそうに、「再接続」を祝うようなエネルギーを放っているのです。

2012年1月の過去記事の時点では、ルシファーはまだ、「待っていました」。
今回は、ルシファーは「表に出ています」。

誤解が解ける。人々の意識が、新しいレベルに到達する。
そのことを示しているように、私には思えてなりません。


「悪魔」というのは、人間が作った幻影です。

自らの恐れを、そういった「外の」存在がいるとして、投影しました。


人間の描く世界観の中で、ルシファーは、これでもかというほど歪められた天使です。

しかし、人間のそういった「観念上の誤解」が、この冒険をまさにこのような形に成り立たせ、一通りの経験を創りました。

今では、ルシファーはもはや、誤解される必要がありません。
他の大天使同様、そのままのエネルギーで受け止められる時期なのです。


天使がいるなら、堕天使もいるだろう。人間はそう考え、そういった世界観を作りました。
二極の観念の中にいる以上、善を認めるには悪が必要になります。
天を肯定するなら地を否定する、という見方も生まれます。
また、たとえば、
自分を男と捉えたら、女はあちら側に。
自分を女と捉えたら、男はあちら側にある、というように分けます。

すべてをひっくるめて許容する愛、見守る愛の存在を、私たちはすでに思い出し、そうと認めるときなのでしょうね。 


★4/22(土)の講座「インナーフォーカス~意思決定と現実~」

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