BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

味わい尽くすこと・うさぎの夢

夕闇がおりて、薄青い空に星が見え始めると、
毎日のことなのになんだかわくわくしてしまう。
昼間の光も美しいけれど、夜がとても好きです。

昨夜、満月のことを記事にしました。
満月の日の朝、私のみた、ささやかな夢を記録しておきます。

☆☆☆

背景を説明しますと、
2009年の2月に大好きだったうさぎが亡くなりました。
生まれて10年を越えていて、もう少し生きていたら11才になるところでした。

同じ種の動物の中でも、個体差があります。
どう説明していいのかわからないのですが、
賢く、人間と暮らしていても「完全にわかっている」タイプの個体がいます。
そういう動物と一緒に暮らしたことがある人には、同意してもらえるでしょう。


彼女は、そういううさぎでした。
それまで飼っていた動物とは全然違っていて、
動物とこんなにコミュニケーションが取れて、心が通じ合うのだっていうこと、
私は知らなかった。

亡くなった後になって、
自分の心を、彼女がいかに支えてくれていたかに気づいて愕然としました。
ぽっかり穴が開いたみたいで、それはどうしても他では埋められない。

動物なのに?って言わないでくださいね(笑)。
長年一緒に暮らした猫をつい最近亡くした友人も、
この前電話で話したら、
「身近な人を亡くした経験もあるけど、そのときよりも喪失感が大きい。
こんな風になるとは、びっくりだよ」
と嘆いていて、私にはその気持ちがよくわかりました。


☆☆☆

ちなみに、いつまでも悲しんでいると「執着」になる、
相手が成仏するのを邪魔してしまう、
という考えを耳にすることがあります。

それは、人間の出す想念の強さというのを考えると、
いかにもありそうな話に思えます。

でも、あえて言いたいのですが、
私はそれは気にしなくていいんじゃないかと思っています。
残された人は、その人が
気がすむまで悲しんでいいと思うからです。

逆に言えば、気がすむときがくるから、ということです。

☆☆☆

もちろん、「悲しみ」を、他の何かの逃げの手段、
自分の人生のいいわけとして利用していて、
何度でも自らそこに戻ってどっぷり浸ってしまう、
そんな状態は望ましくありません。

ただ、自然と湧いてくる悲しみである場合、
それを我慢したところで、どこかにしわ寄せがくると思うのです。

☆☆☆

面白いことに、これは依存症や神経症や、直したいと思っている癖、
変えたいと思っていること等、さまざまな状態に共通して言えます。

気のすむまで、やるしかない。
気がすんだら、終わる。

ということです。

この前「何もかもがスポンテイニアス」という記事でも少し書いたのですが、
積極的に」、やめたい状態や症状に関わってみると、
それは終結します。

つまり、「やめようやめよう」と思っている間は、
罪悪感が必ずひそんでいるので、その状態から抜けられません。
一方、「私がやりたいから今はこれをやるぞ
と、腹を決めてそのことをすると、自然とちょうどいいところで終わるのです。

悲しみから逃げようとせずに向き合うと、ちょうどいいところで悲しみは終結します。
同じく、罪悪感なしに、「自分が決意して」依存症や神経症をやると、
それは終わってしまいます。

ひきこもりでも、うつでも、無気力でも、どんな状態でもいい、
実は自分が罪悪感を抱いたり、抜け出したいと思ったりしていればいるほど、
今、それを積極的にやるのだと決めてみてください。
たたかうのではなくて、それをいけないと思うのではなくて、
心を決めて、今は純粋にそれをやってみるのです。それでいいのだから。

(例:無気力なときに、やる気を出そうとするのではなくて、
徹底して無気力という状態を「やって、見る」。)

そうしたときに、どんな世界が広がるか、
実際に体験してみてほしいです。

☆☆☆

話がそれました(笑)。

ただ、今年は大きな出来事が色々あり、
誰かを亡くされたり、悲しい体験をした方も多いのでは、と思い、
この文章を挿入しました。

では、ここから、私にとってはいまだ進行している「癒し」となった、
個人的な夢の内容です。

☆☆☆


明るいきつね色のフローリングの床。
光のさしこむ、どこかの居間。

妹が、赤ちゃんを両手に1体ずつのせてやってくる。

見ると、まだ毛もはえそろっていない赤ちゃんうさぎと、
赤ちゃんのねずみらしい。どちらも大きさは一緒。

なぜか私はうさぎの方を、人間の赤ちゃんと捉えている。
それで、ねずみの赤ちゃんとぴったりくっついて、
ほにゃほにゃの状態なので、大丈夫?と思う。

私が妹に話しかけると、
なんと、赤ちゃんうさぎ(私は人間と思っている方)も、
はっきりとした声で、大人みたいにしっかりとしゃべって、
私たちの会話に参加する。

※私のみる夢では、動物が人間の言葉で話すことはよくある。

こんなに小さいうちから、
こんなにはっきりしゃべれるなんてすごいね!
この子はきっとすごいサイキックになるね、

と、私は驚きながら言って、床にいるその子をなでる。

その子の名前を教えてもらったが、
珍しい名前だったので、妹とその子に、私は聞き返す。

「え?かげは ちゃん?」
「違う違う、こげは(焦げ葉)ちゃん」

こげはちゃんは、なでているうちにみるみる大きくなって、
ぴーちゃん(私の飼っていたうさぎのあだ名)そっくりの大人のうさぎになる。

そして、なでなでしている私の腕に、
体をまげて、力強く鼻をぐいぐいと押し当ててくる。
ぴーちゃんと同じしぐさ、これはぴーの癖、
こちらから見下ろすと見える、そのときのお目々の角度。

私は一瞬にして悟る。
ああ、この子はぴーちゃんの遺伝子なんだ。
ぴーちゃんの、たくさんいたきょうだいたちの、誰かの子なんだ。
同じDNAが受け継がれているんだ。

(※うちのうさぎは赤ちゃんの頃、家に来て、こどもはいない。
同じ春に、同じ親から、たくさんきょうだいが生まれていたと聞いている。)

そのとき、片目から、涙がつーとこぼれた。

しゃがんで焦げ葉ちゃんをなでている私と、
フローリングの床にじかに座っている焦げ葉ちゃんとの間だけにわかる、
低い位置にふわっと、どこからかホットチョコレートの香りが漂ってきた。

☆☆☆


(私は、よくブログにこの世界は幻想と書いているけれど、)
幻想の世界の中でも、ちゃんと「続く生命」のしるしを見ることができる。
あの子はこの世にいないけど、
今もどこかであの子のDNAを共有した、かわいい子たちが生きている。

起きた後、しばらく涙がこぼれました。


読んでくださり、ありがとう☆

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