以前、◆「コースの世界観」という記事で、
この世界のなりたちについて、
『A Course in Miracles』の用語を借りて簡潔に表してみました。
あれだけでは不十分なので、
今日は、私が、
「ここがわかっているか、いないかの違いはとても大きい!」
と認識している大切なポイントに焦点をあて、説明します。
まず、順を追って…
ここでは、コースに出てくる表現を利用しながら説明するので、
「神」という言葉を使います。
ただ、一般にありふれた擬人化された神のイメージは捨ててください。
つまり、人間のつくりあげた神ではありません。
「絶対存在」「実在」「みなもと(源)」などの言葉は、
神を説明する表現としてはわかりやすいものだと思います。
さて、
すべては、神の中で起こっています。
神の外というものは、存在しません。
神(Creator クリエイター・創造者)の思考から、
神の子が生まれました。
ここからは、図を先に示します。
神(クリエイター)
↓ 思考
↓
神の子(神の愛・創造的な性質を受け継ぐ)
↓ 思考<夢にたとえられる>※
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓…
神の子(複数・分離した個の体験)
※夢の性質(2種類)
◆「純粋な夢」は、神の子の創造(creating)であり、
神の性質を受け継ぐものである。
◆「妄想の夢」は、エゴ発想から作り上げたもの(making)であり、
夢の中で、さらなる分離を生みだしている。
この図を見るとわかっていただけると思うのですが、
私たちの見ている世界というのは、神の直接の創造ではありません。
神の性質を受け継ぐ神の子の創造した世界(夢)です。
まず、ここがひとつめの大切なポイントです。
この世界の夢を見ているのは、神ではなく「神の子」です。
(階層の違いの説明を思い出してください。)
神の子は、本来ひとつの存在です。
創造が繰り返されて、夢の中の登場人物になりきっても、
神の子であることは変わらないし、
神の性質は受け継がれたままです。
ただ、分離という体験をする夢(私たちにとっての現実)世界の中では、
本来の自己のままの創造だけではなく、「作り上げること」も起こりました。
いわゆる、妄想です。
もともと夢(ヴァーチャル)の世界ですから、
夢の中の分離した自分を体験している神の子は、
そのリアリティーにおいて、それらの区別ができなくなってしまったのです。
妄想は、夢から覚めた神の子の純粋な目からすれば、まったく実在していませんが、
夢の世界のリアリティーにおいては、あたかも存在しているかのように感じられます。
この混乱を収束させる道しるべとして、
本来の神の子の姿を皆が思い出せるように、
「唯一(ひとつ)の神の子」の意識のまま、この世界に参加したのが、
コースの中ではイエス(Jesus)であると述べられています。
☆☆☆
コースでは、
この、神の子の「創造」と、「作り上げ」の違いを、
create とmake という言葉で明確に区別しています。
私たちは、神のマインドの中で、やはり同じ「材料(mind マインド)」を使い、
神の性質を受け継いでいるために、絶え間なく「創造」しています。
しかし、
神の子の本質に沿った創造と、
神の子の本質を忘れた、虚の創造(作り上げ)
が、あるということです。
そこには、れっきとしたリアリティーの差があります。
これが認識できないと、
いくら、「この世界は自分の思考が作っている」
という精神世界の黄金律みたいなものを理解したとしても、
さらなるカオスを呼び込むもとになってしまいかねません。
そして、
ものごとの正当な判断は、この「夢」の世界にいる限り、
夢の世界の外にいるもの(自己の内なる神性・Holy Spirit)
に、ゆだねなければ、できません。
どちらも自分であるとはいえ、明確に、役割が、違うのです。
母船と、探査船のようなもの、といえばいいでしょうか。
見ている位置が、違うのです。
☆☆☆
今日はここまでにします!
繰り返しになりますが、
私は、今回書いた内容は、非常に重要なポイントだと思っています。
これが理解できれば、癒しは起こらざるをえないからです。
だから、めぐりあってこれを読んでくれた人に、
内容がクリアーに伝わることを願ってます。
★このお話は次の記事に続きます。
◆「神の意思」
☆スピリチュアルカウンセリング☆