BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

もうたたかいは終わりにしよう

このブログでは、内なる真実の自己のことを、

コース用語のHoly Spiritをはじめ、
「スピリット」とか、ハイヤーセルフ」とか、色々な呼び方をしていますが、

今回は「トゥルー・セルフ」がぴったりなので、それでいきます。

基本的に、すべて同じものを指していると考えて、全然差し支えないです(笑)


☆☆☆

私が、自分の「トゥルー・セルフ(真実の自己)」としっかりつながったとき、

そうですねぇ、ちょうど
「スピリットの声、大天使・アセンデッド・マスター」
という記事に書いた、「魂的現実」に気づいた頃のことなのですが、

トゥルー・セルフに、こう呼びかけられました。


「もうたたかいは終わりにしよう。

その剣を下に置いて。私を感じて。

私はいつもあなたを見て、愛しているよ。」


一瞬にして自分の防御、思い込みが、
どっと流し去られるような愛がなだれこんできました。


☆☆☆

同時期に、こんなこともあったのです。

あるお風呂上がり、自分のつま先を眺めていました。
何も考えずにじっと眺めていたのです。

すると、

トゥルーセルフの目線が、いきなり「個の私」と一体になりました。


そのとき、私は、知ったのです。
突如として体験して、わかったのです。


私が、その存在の目線から、今までどう眺められていたか。


生まれたその日から、この体(パーソナリティ)を持った日から、
その存在の目に、私が、どのように映っていたか。


それは、愛しく、一片のけがれもない、
かけがえのないものに対する眼差し
でした。

私が批判し、裁き、ときに不平不満を持っていた身体的なあれこれ、
自分の様々な特徴、そんな何もかもが、
その存在の目から見ると、ただやわらかくて慈しみ深いものであり、

ただただ、やさしく「美しい」と思っているのです。


その一体感を体感した瞬間、
みるみる涙があふれて、私は、むせぶように泣いてしまいました。

なぜなら、私の中の「ギャップ」が埋められ、たまらない気持ちだったからです。


自分は、それまでなんて自分のことを、粗末な目で眺めていたのだろう。
なんて、さげすんで見ていたのだろう…。
本当は、人間というのは、体を含めて、こんなに尊いんだ。

こんなに、おおきな慈しみの目で、
この世界、小さな私のひとりひとりを、愛しく眺めている存在がいる…。

たしかに、今、ここに。


☆☆☆

たたかいがある時点で、それはエゴの幻想なのです。

「光と闇のたたかい」という表現も、便宜上のもので、
それですら、幻想の範疇です。

外の世界を見ること、
関係性を見ることは、

お互いがお互いの、天使の役と、悪魔の役を、
引き受けてやっているのを眺めることに等しいのです。


見ている人が、自分の分離を癒すために。


外に見えたものを、リアルなたたかいと捉えてしまったら、
私たちは自分の中の「分離」を強化することになります。

そこから映し出されたものを信じることで、
自分の作った分離の、外の表現形態に、翻弄されるのです。


だから、トゥルーセルフは言います。

「もうたたかいは終わりにしよう」


私はあなたを愛しているよ。
今も、いつでも。

誘惑から立ち去って。
その剣を置いて。

それは存在していないから。


あなたがどこに落ちようと、
私がこの腕で受けとめるよ。

なにが怖いの?


☆☆☆

つい昨日も、私はスピリットに言われました。

「あなたは色々考えているけれど、
それが全部合っているっていうことは、ないから」


目をさまして。
静かになって。

しぃぃぃぃーっ。 (黙って!)


私の目を、感じてごらん。


…いついかなるときも、
あなたが、たたかわずして、真実に目を向けることができるように。

「天使の役」と「悪魔の役」の衣装を脱いだ中にある、
本当の姿を、決して忘れることがないように。


外観にだまされないで、

源泉というのは、いかに壮大でも、どのように尊くても、
あなたの中に存在している。


距離はなく。

今も、あなたの中に。


それでは、今日はここまで…おやすみなさ~い☆


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