BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

自由に目を使う

「宇宙人宣言」後の新しいピリオドに入ります。みどり

ここからは、思い込んでいたかもしれない人間の概念から、
その境界を超えて体験できるように…という意図があります。

今回のテーマは「自由に目を使う」です。


☆☆☆

肉体の「視覚」に限定されなければ、
私たちはたくさんのものを「見る」ことができます。

それは「心の目」で見ることであり、制限をすべて取り払うことです。


あなたが「小さな自己」の目で、何かを見つめたとしましょう。
それに対しあなたはこう言うのです、
「ああ、これは○○だ。これは○○である。この人は○○だ。」

そこにはすでにあなたが授けた、顔なじみの現実が、
本来その下に横たわっているものを無視してシールのように貼りつけられ、
杓子定規の解釈がベルトコンベヤー式に、あなたの「承認印」を待っています。

「はい、これはいつも通りの○○。
はい、これは体験済みの○○というシチュエーション。
はい、これはいつか見た、○○というものの、○○という状態。」


そうですか、そうですか…本当に?
一体、それは見えていると言えるのでしょうか?

なぜなら、あなたの視点は「固定されて」います。
世界はあなたに新しく、語りかけているのに。


☆☆☆

静かな、静かな心の中心から、映るものをただ眺めているとき、
あなたは無音の中で新鮮に息を吹き返すリアリティーを見ます。

もし、自動的に何かを「見て、思った」瞬間に、
小さい自己のフィルターから後ろにさがって、

自分の中でフォーカスを引いて、引いて、芯の部分に到達すると、
あなたのフィルターは透明になり、あなたの判断は「無言」になります。


そうすると世界が語りかけてきます。
あなたの胸に、やわらかく浸透して、重なります。

あなたは他の個人、1人1人になってみることができます。
草になることができます。花になることができます。鳥になることができます。
道を構成する石の1つになることができます。

あなたが世界を止めたとき、世界はあなたと一体になります。


☆☆☆

ひとつの説明手段として、こんな表現を用いてみましょう。

さっき書いたように、あなたが小さな自己のフィルターから後ろに下がって、
引いて、引いて、芯の部分に到達すると、
フィルターが透明になり、外に見ているものへ、光の雨が降り注ぎます。

ちょうど、ガラス板をたてて水を流しているところを、
ガラス越しに見ているときみたいに。


なぜなら、それ(フィルター)越しに外の世界を見ていたあなたのコア(核)は、
源…静かな空間だからです。
そこから、尽きない愛が湧きおこり、いつも光が放射されています。

それに到達するまで下がることで、フィルターとしてのガラス板には、
あなたのコアから放射されている自然な光がダイレクトにふれてしまい、
ざぁーっと上から光の雨が降り注ぐように浄化されて、
ありとあらゆるものを祝福する視点になる、
「光が目(窓)を通して放射される」のです。


さらに別な角度から、このことをたとえてみましょう。

トイレットペーパーを使い終わった後に残る紙の芯のような(笑)、
筒状の形を思い浮かべてください。
これを縦にした形(立てた状態)で想像してください。

中の空間が、あなたです。


ここ、中心である空間から見ると、まわりをぐるりと360度筒が囲んでいますね。
囲んでいる筒のところが、あなたの小さい自己を含む「体験世界」。
ここに、あなたは世界を映し出しています。

真ん中の、動きのない(静止している)あなたから見ると、
ぐるぐるとスクリーンの上をすべっていく、移り変わっていく世界です。

そこでどんな形…色、音、思考、感覚、感情が移り変わろうと、
芯にあるあなたはいつもスティルネス(静寂・不動)。
ただまっさらな、存在という核です。


ふだん、あなたはスクリーン、筒の部分の上に、「自分」もあると思っています。
世界の一部として、「小さな自己、登場人物」のつもりで、世界に参加しています。

しかし、あなたはその奥にあるものです。
あなたの周りをすべっていく世界は、あなたそのものではありません。

※フォーカスしている話題とはちょっとずれますが、
このたとえと類似して、こんなイメージもヒントになります。

私たちの思っているような連続した「動き」はないということのキーになります。
ジブリ博物館のゾートロープも登場している動画です。

ゾートロープ(回転のぞき絵)の説明は、こちらを→クリック





そしてまた、あなたが外に映し出している
「色とりどりの映し絵(形・思考・感情など)」は、

あなたという「光源」が、
フィルターを通過させて外に映し出しているものであって、
介しているフィルターそれ自体も、あなたではありません。


あなたは光の源です。存在です。


だから、あなたが愛の目で世界を見ると選択したときに起こることは、
あなたという存在が、もともと光を放射しているので、
あなたの作用によって、あなたのフィルターは透明になり…

つまり外に見るものへ光の雨が降り注ぎ、
見ているものすべてが浄化されるのです。


あなたと世界の間に立てていたガラス板の上に、
あなたの光が伝って流れ、ガラスをきれいにする水として作用する。
そんな感じ…。


このように、「愛」に心を開くとき、光はあなたの世界に降り注ぎます。
これは自動的に、ただ起こります。


☆☆☆

肉体の視覚に限定されず自由に「目」を使うと、
物理的な法則は関係なくなります。

体を透かしてみてみたことはありますか?

あなたの体を透明にしてみると、そこに何が見えますか?

今の姿勢をそのまま動かさずに、横を見たり、後ろを見たり、
視点を360度変えて「見て」みたことはありますか?


「見る」というと、体験が限定されてしまうかもしれません。

必ずしも視覚的な体験ではなく、あなたは「感知する」のです。
意識を延長するのです。

心で「触れる」と言ってもいいと思います。
内なる感覚全部を使います。


このことに正解を定めるつもりはありません!
自由に、色々試して、何ができるかを知ってください。

あなたは、視点を自由自在に変えられます。
狭い自分というキャラクターから、「存在」へと、自由に移り変わることができます。

体に閉じ込められているというのは、嘘です。



そういえば、映画「もののけ姫」を見たことはありますか。

あのイメージをふと思い出したから書いてみますが、
これは映画のストーリーと関連付けるつもりではなく、ただのイメージです(笑)

もののけ姫」の中でデイダラボッチ(=シシ神)が、首を切られて、
その体から大きな大きな透明の存在として、あふれ出したところがありました。

あふれて、あふれて、世界にはみ出し、拡大していく。

あなたも象徴的に首を切り落とすと(頭脳の制限からあなたを解き放つと)、
いくらでも拡大していくことができる…そんなイメージが浮かびました。

そういえばシシ神は生の体験も死の体験も含む、命そのものなのでしたっけ?
じつはよく覚えていないのです(笑)


それでは、また次回お会いしましょう♪(*^ ・^)ノ⌒☆


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