BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

仮面をつけないヒーロー

2つ前の記事でふれた映画「ダークナイト・ライジング」にふれつつ、
記事を書こうと思います。

これからこの映画を楽しみたい!という人は、読まないでいてね♪


私はクリストファー・ノーラン監督がバットマン映画をつくるまで、
バットマンそのものに興味を持ったことはなく、
そういうキャラクターがいると知っている程度で、
物語をまるで知りませんでした。

ですから「バットマン・ビギニング」が公開された頃、
何の気なしに映画館でそれを見て、はまったのが最初です。


この監督は、やはり記事でもふれたことのある映画
インセプション」もそうでしたが、
多角的なパースペクティヴで人の心を描写するのがうまいと思います。

それを大胆に映像化できるのもすばらしい。

バットマン・シリーズも、「ヒーローもの」というよりは、
人間を描いている映画として捉えています。

単純に「これが悪、これが正義だ」という風には割り切らず、
お仕着せの分類では分けずに、
ひとりひとりの人間の心の中にあるものを見せている。

作品の中では(3作を通して)、「怖れ」もキーとして出てきますね。


☆☆☆

感想やレビューとしてすべてを書き切ることはむずかしいので、
このブログ流にリンクさせながら、いくつか的を絞ってふれたいと思います。

まず今回の作品はもとより、このシリーズには「市民(大衆)」を信じるか否か、
というような場面が何度か出てきます。

「大衆心理」というものに言及するところがあるのです。


では、大衆って、誰だろう?

本当は、大衆、なんていませんね。

それは「ひとりひとり」なんです。

ひとりひとりの「私」です。


映画のシーンの中で、ゴードン市警本部長が行き詰った絶望的状況の中、
仲間に参加を促す場面があります。

(シティは占拠され、危機的状況の中で閉鎖されている。)

そのときに、その仲間は、もう我々には何もできない、
政府に任せ静観しよう、というようなことを返答して家に閉じこもるのですが、

ゴードン警部が、
「ここで、この中にいる私たちが何かしなければ!」

ということを呼びかけます。
(映画のセリフ、正確には覚えていないですが大体このような感じ。)


私はこれが印象に残りました。


「中にいる私たち」、この舞台にいるものひとりひとりが、
あきらめてしまったらどうなる?

どこかからヒーローが出現するのを待つ?

でも、バットマンは、ヒーローはひとりひとりの心にあるということを示唆します。


これが最期、と予期できる場面で、
バットマンの正体を知りたいはずだ、と問うゴードン市警本部長に、
バットマンが「ヒーローはどこにでもいる」ということを伝えるシーンがあり、

「たとえば、少年の肩にコートをかけ、大丈夫だと励ますような男だ」

このようなセリフを言うのですが、これはブルース(バットマン本人)が少年時代、
両親を殺害されたときに慰めてくれた警部、ゴードンその人について、
あなたは私のヒーローだったよ、と明かしているのです。


私たちの心の自然な愛から発露する表現、
本人にとってはさりげない、小さなことかもしれない、
でもそれが、誰かの力になりうる。


また、ヒーローといえば、

私たちはともすれば、ひとりの人間に「特別な役割」を負わせたがります。
たとえば、私たちに伝えられている有名なストーリー、
人類の罪を贖ったとされるキリストのストーリーにもそれは見えませんか?

“選ばれし者”

救世主、ヒーロー、ヒロイン。

そう見なされた者はもてはやされ、期待され、人々の希望となる。
(反対派、もいるかもしれないが、対象を特別視するという意味では同じ。)
いずれにせよ、人々のシンボルとなり、何かを託される。

けれども、その者が別な評価を受けるやいなや、
期待にそむいたと見なされるやいないや、今度は責任をかぶされ、
「有罪」を宣告されうるのだ。

誰がその本質、ほんとうの姿を見ているのでしょうか。

(この部分は、映画だとおもに前作でのストーリーの終末部分であって、
今回のストーリー中では、そこから新たな展開が起こるのですが。)


「有罪」といえば、劇中では、市内が占拠され、
囚人が解放されたために自由になったクレイン医師(悪役で第一作から登場)が、
代表になって「有罪を宣告するための裁判」を開いている場面がある。

これは、無罪というチョイスのない裁判で、
「死か、追放か(これも結局死に至る)」の二者択一を宣告する機会なのだ。

これにも私はピンときました、

人間の心の中の、「罪悪感」の法廷は、そのように裁くのです。


罪を信じている心、傷を負っている心は、
自分へ、もしくは他者へ、そのベクトルはさまざまでしょうが…
「有罪」を前提に、罰を求めます。

最初から「無罪」という答えがない、不平等な裁判です。

「誰かに死を!もしくは(現実からの)追放を!」

その矛先が自分であろうが、相手であろうが、大差はありません。
結局それは同じことです。

最初から「無罪」のチョイスがない、心の裁判官に気づいたら、
できることはひとつ。
裁判に参加しない、法廷から立ち去ることです。

これは以前、記事で紹介した「リアリティ・トランサーフィン」シリーズの本にも
同様のたとえが出てきますね。(記事はこちら→「おすすめの本」


そして、「罪悪感」といえば。

本作で登場したセリーナ・カイル(バットマンの漫画でいう「キャット・ウーマン」)。
彼女は富める者だけから奪う、という女盗賊ですが、おそらくは、
もともと生きるために犯罪に手を染めたのでは?という過去がうかがえます。

その彼女がいちばん欲しかったものは、「クリーン・スレーター」。
過去の犯罪歴も、自分の身元の記録も一掃できるソフトでした。

「クリーン・スレーター」

彼女は物理的に「生き直す」ためにこれが必要であったけれど、
これも本当は、私たちの心の中にあると言えるのではないでしょうか。

逆にいえば、そのようなものが実際に物理的に存在していたとしても、
もし、自身の心が、過去という影におびえていたならば、
クリーン・スレーターも意味がない。


本作では、「たたかいを降りる。完結させる。」そして、
「新しいスタート」というテーマが見えた気がしました。

(なにせ、タイトルも「The Dark Knight Rises」ですからね。
色んな意味での再興、よみがえり、です。)


バットマンであるブルース・ウェインは、シリーズでは何度か、
「マスクをつけないヒーロー」について言及していました。

彼にはずっと2つの顔があったわけです。
(御曹司のブルースとバットマン、どっちが「マスク」かは考えものですが。)

彼がマスクを不要とする日。
前作では、おさななじみで愛しい人であったレイチェルに、
「その日は来ない」と、あきらめとともに告げられていました。

その答えが、今回の作品では、意外な形で描かれています。


結末をどう取るかはひとりひとり違うのでしょうが、
様々な示唆に富んだサインを見て、私はこう感じました、

ブルースは、彼自身のたたかいを完結させる、答えを見出したのだ、と。
それは「生きること」。

「ヒーローとして死ぬか、生き延びて悪に染まるか」

この二者択一(2つの顔)の信念体系の外にある、答えを見つけたのだろうと。

それは彼自身の新たな人生を意味し、
彼もまた実際の、また心の中の、
「クリーン・スレーター」を使ったのではないでしょうか。


☆☆☆

映画で、未来のクリーンエネルギーとして開発していた「核融合炉」が、
武器として使われてしまう、という話が登場していたのも興味深いですね。

所有者のブルースは、人々が使いこなせるときまでこれは世に出さない、
人類が未熟ならば、海に沈める、と言っていましたが。

個人的には、何年も前に(2011年3月11日よりも以前のこと)、
なぜだか「核融合」の夢を何度か繰り返して見ており、
(現在の原子力発電所は、核分裂のエネルギーですよね?
私が夢で見たのは映画と同じく「核融合」の方です。)

それが当時、その時点で、
あまり望ましくなさそうな未来を描いていたことを、思い出しました。

といっても夢なので、断片的にシーンやキーワードを見るような感じで、
実際の核とはまったく関係のない、ただの個人的象徴だったのかもわかりません。


☆☆☆

最後に。今回、ノーラン監督の3部作が終了したので、
そもそもバットマンってアメリカのコミックだったのは知ってるけど、
原作はどうなんだ?と思って、ちょっとネットで調べてみました。

実際読んだわけではないので詳しくはわかりませんが、
登場人物についてなど追っていってわかったのは、
パラレル・ワールドの概念まで持ち出しちゃう!(笑)漫画だったんですね。


…パラレル・ワールド。
どんな未来を選ぶか?

私たちひとりひとりが、色々な可能性を秘めているのだと感じます。
(先述の、「大衆」はいない、それはひとりひとりである、の認識です。)

誰もが何かの活動、運動をしなければならないとか、
行動や表現の様式について言っているのではなく、

心の中にある愛に忠実であるとき、
あなたは誰かのヒーロー/ヒロインなのかもしれません。

それは未来の子どもたちや、未来のあなた自身にとって、かも。


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