BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

vivre(ヴィーヴル)

私たちが、よろこびレス(よろこびのない状態)になったときに、
生きる意欲を失い、実際に生命力も衰え、死にたくなるのはなぜか。

私は、それは存在(being)自体の自然な状態・性質に、
よろこびの波長というものがあるからだと思う。

分子や原子、もっと微細なレベル、存在しているものとその表現すべてに、
この波長があるのではないか。


ということは逆に、
そこに波長を合わせればいつでも、
その天性のよろこびを発見することができる、ということでもある。


私たちは、「よろこび」というときも、
つい相対的なよろこびとして、形として捉えがちである。

たとえばよろこびと、落胆や失望、
よろこびの状態と、それに対になる暗澹たる状態、落ち込み…など。

幸・不幸というのもそうだろう。


たしかに「生きがい」というものがあるというのは否定しない。
そういう意味で、楽しいこと、自分の魂が歌うことをどんどんみとめるといい。

何も「楽しみ」がなくなってしまうと、生命力が枯れたようになってしまう。


でも、それを「追求する」、「探す」ことが目的になってしまうと、
かえってそれに苦しむことになる。

負担になるからだ。

「私には、生きがいがない」
「趣味を探さなければ」
「目的を見つけなければ」

これは、重荷ではないだろうか。


探さなくても自然にその手に、足もとにあるもの。
普通に生きている中で、あなたの心のオシログラフを観察していてほしい。

その波形がビーンと動くところはどこだろう。
あるいは、かすかにでも、大きくなるところは?

ちょっとうれしい、なんだか幸せだ、胸がときめいた、あったかくなった。
ふわっと、心が、ひろがったようだ。

たくさんの感覚があり、それは見逃してしまうほど小さいかもしれないが。


そして、いつのまにか作ってしまった「形」にこだわらなければ、
それを外していけば、

あなたは今、耳をすまして、天性のよろこびに波長を合わせることもできる。
あちらに、ここに。


☆☆☆

「生きている」というのは、ただ生きているということでもないように思う。

また、「これこれを満たせば、これこれができていれば、生きている!」
と、保証があるものでもない。

仮に、他者に、だれかに、何かに、承認印を押してもらえたところで、
当人の魂が、精神が死んでいれば、どうなのか。

本人の基準なのである。
個人個人の心のものなのである。


☆☆☆

私はスピリチュアルという分野で捉えられる言葉や、
魂、スピリット、ときに天使という言葉も使う。

だけど、こういった説明も皆、
今この現実でのあなたの力にならなければ、
私は意味があるとは思わない。

この舞台に焦点を合わせているあなたには、
この舞台に焦点を合わせているあなたなりの、存在意義がある。

すべてがつながっていて、分断されているものなど何もない、
ということは、

ここ(ここにおけるあなたのハート)も、充実してしかるべきだ。

私たちはここをステージとして、あえて体験していることがある。
ここで表したい、ここに表現したいことがあるのだ。


☆☆☆

ヴィーヴル。
フランス語で“生きる”という意味だった。

今日はこの言葉が浮かんだ。


☆☆☆

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