BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

アーティスツ・ウェイ7 遊び

創造性にフォーカスしたアーティスツ・ウェイ、
最初にご紹介した本の内容をきっかけに、
私のオリジナルの展開ですすめています。

7回目の今回は、遊び、です。

これまでの記事はこちら (     

サブタイトルは~自発的に~です。

自発的でない遊びなんてありえるでしょうか!?(笑)


☆☆☆

リッスン、(listen,)


~にならなきゃ、とあなたが思っていることに気づいたら、
「~になりたい」、なのかを確かめる。

~をしなきゃ、と思っていることに気づいたら、
「~したい」、なのかを確かめる。

(それはあなたの本当の気持ちか?)


spontaneous(自発的)がキー。


何かの決まりから、人から、
課せられていると思っているとき、

主体が分裂しているのでうまくいかない。
(ひとつじゃない。
課すものがいて、課せられるものがいるというように。)


そのときは分極化しているのだ。
取引や、貸し借りの関係が内面で起こっている。


☆☆☆

すべては遊びであるべきだ。

今日ふと、こんな言葉が私には浮かんだのですが、
このときの、遊びの意味にご注目願いたいのです。

私は、「望んで楽しむ」という意味で使っています。

どうして私たちは、この権利を簡単に手離してしまうのでしょうか。



遊びと言う言葉はおもしろいと思います。
「遊びである」ということは、こういうことを示唆しています。

遊びのプレイヤーである存在は、
すでにレベルの違うリアリティーに置かれていて、
遊びの世界とは関係なく、そちらは安全なままであると知っています。

それだからといって、プレイする内容の真剣さと、その事実とは矛盾しません。
なぜなら、真剣でなければ、遊びも面白くないからです。


ところが。

遊びの中に「自己重要性」や「存在意義」を付与したとたん、持ち込んだとたん、
その影響は悲惨なことになりえます。
想像できますでしょうか?

それは錯覚としか言いようがないのですが…。



以下の違いについて、ご一考いただければ幸いです。


存在意義をかけて遊ぶのではありません。
(存在意義は、そこで勝ち得るものではなく、
あなたが存在しているというだけですでにあり、自明のことです。)

あなたが心からそう望むために、それが楽しいがために、遊ぶのです。


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