BEATS AND LOVE

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超常と呼ばれる現象 おすすめの本

こんばんは~♪ ヾ(^∇^〃)

今日はまた、おすすめの本をご紹介したいと思います。


もしかすると…
精神世界・スピリチュアル分野の玄人みたいな方には(ってどんな…笑)、
「なんだ、なじんだ概念ばかりじゃない」
ってなってしまうかもしれないのですが。


それでも私はこの本を良書だと思います。

なぜなら、この本は、ひとりの女性が「架け橋」として、
書いてくれた本だと思うからです…。


『心の科学 戻ってきたハープ』
エリザベス・ロイド・メイヤー 講談社

4062141299心の科学 戻ってきたハープ
E.L. メイヤー 大地 舜
講談社 2008-01-23



もしや…という予感はしていたのですが、汗☆
今アマゾンで見てみると、もしかしたらすでに絶版なのかな!?
(読んでみたい方は出品者から買うことができます!)

なにせ私が買ったのは何年も前のことです…
そのときはたぶん本が出たばかりの頃で、
当時近所だった本屋さんをぶらぶらしていて見かけ、
妙にひかれてなんとなく買ったのでした。


この本は、原題を「EXTRAORDINARY KNOWING」と言います。
ordinary(意味は、普通の、通常の、ありふれた…)を超えた、いわゆる「超常」の、
認識(知ること)。

副題には、
Science, Skepticism, and the inexplicable powers of the human mind

人間の心(mind)の、科学、懐疑主義、説明のつかない力

とあります。


この本の著者は、カリフォルニア大学の心理学部助教授で、
精神分析学者、研究者、臨床医でもあったのですが、
(つまり、科学的にものごとを捉える習慣が身についていた)
とある出来事をきっかけに、自分が今まで身につけていたものの見方が、
崩れるような体験をします。

超常現象に懐疑的な著者が、それからの15年、
色々とリサーチした成果がこの本です。


著者は、この本を脱稿した直後に急逝したそうです。


私はこの本を開くとき、とても愛しい気持ちになります。

たくさんの、日の目を見なかったヒーラー、霊能者、
ちょっとばかり大多数からはみ出て、
“超常”と言われる能力を使った人たち…のことを思います。


フリーマン・ダイソン(理論物理学者、宇宙物理学者だそうです)の、
前書きよりところどころ抜粋します。


『エリザベスは科学者であり、普通ならこうした秘話的な証拠には
懐疑的なはずだ。なぜ大半の科学者が彼女の話を信じないかも理解している。

彼女は、ESPを信じる人々と懐疑的な人々の間に友好的な対話を保ちたいと
強く願っている。本人も、多くの面で懐疑派に近いと感じている。

だが彼女には、ハープのエピソードを信じないことは許されない。
なぜなら、みずからの体験であり、本当にあったことだと知っているからだ。』


そしてフリーマンはこう言います。
ESP(超感覚的知覚)が実在するという証拠に対して、
個人が取れる立場は三つあると。

フリーマンの言葉そのままに、引用しますね。

◇正統派の科学者が取る、ESPなど存在しないという立場
◇ESPは実在するし、科学的手法で存在を証明することが可能だという、
本物の信者の立場
◇ESPは実在するが、科学という粗末な道具ではテストできないという立場

そして、フリーマンはこうも続けています。

科学者の多くは、科学の範囲は無限であり、
最終的には宇宙のすべてを科学で説明できるはずだと信じている、
したがってESPも科学的に説明できるはずで、
もし説明できなければ存在しないことになる。


なるほど…
科学で説明できなければ、その世界では「無い」ことになるわけですね!

私はこのこと、よく実感します(笑)
(↑これは、この記事の後の方で書くことに続きます。)


フリーマンは最後にこう締めくくっています。

『私がエリザベス・メイヤーで一番好きなのは、
信者と懐疑派の間に友好的対話を維持し、事をすすめていこうという熱意だ。
本書には終始、それが現れている。

彼女と私は意見が異なっていても友人でいられる。
それがうれしい。』


☆☆☆

私はいつのまにやら人生の中で、
非凡な人、ちょっと普通と違うと見なされるであろう能力を持つ人、
そういう人たちにけっこう関わってきました。

そうなったのは、自分もそういう要素があるからです。


そして、そういう人たちの中できいた言葉で、
印象的だったものがあります。


「どうせ理解されないんだから、言わなければいい。
言わなければ、ないのと同じ。」


そうしてその人は、秘密に、わかる人だけに、
そういう話をしたり能力を使ったりしていました。

しかし、私には、その人の深~いところから、
「ほんとうはわかってほしい」
というメッセージが流れてくるのです。

だけどそこをせき止めて、切り捨てて、
「どうせわかってもらえないんだから無駄」
と、決めてしまっているのです。


私は、これはさみしいなと思ったものです。
表の人生と裏の人生があるようで。
それもひとつの選択で、それでうまくいくならいいのですが。

(本の中にも、自分の特異な能力、「直観」のことを人には言わず、
今までの経験からそれを認めてくれるようになった夫にだけは話し、
すべてを世間も納得する論理に仕立て上げて使ってくれる夫の手柄にして、
外の世界のことは夫にまかせ、
夫の陰に隠れるように生きてきたご婦人の話が出てきます。)


…そういう体験、考えてきた経緯をもつ私は、
今日ご紹介したこの本の著者に、あふれんばかりの感謝の気持ちを持ちます。

扉を開いてくれたこと、ありがとう、と。


そうしてこれは、個人の見解なのですが、
これからますます増えるであろう、
今までなら「特異」といわれる様子をあらわす子供たちや、
そういう認識をもつようになる大人たち、

その人たちがそれを「隠さなければいけないこと」
社会で生きるために、
「なおさなければいけないこと」と、思わなくてもすむようにと願います。


目を向けてほしい。
未知と思っていたもの、ないと思っていたものに。


本の中から、素敵な言葉を抜粋して終わりにします。


☆☆☆

とあるスーフィーの民話をきいた四歳の女の子が、
翌朝、弟にこう言います。

(※その民話は、王様に仕える賢者たちが、
夜空に見える星は本当にあるのだろうかと話し合い、
「ノー」という答えに達したのです。
「昼の光で見ると、星は見えない。
だから、星などというものは、ないに違いありません。」

宮廷は悲しみに包まれます。
みんな、星はないんだ、と思ったからです。
そして星があった昔を恋しがりました。

そこへやってきた王様の道化が、
「太陽が輝いていれば、星は見えない」と、なぞめいたことを言ったのです。
王様は、これはどういう意味だろう、と思いましたが、
なんだか希望がわいてきて、

道化の言葉の謎をといて、星をよみがえらせることができた者には、
王国の半分を与えるというおふれを出しました、というお話。)


著者の友人の娘である、四歳の女の子は弟にこう言います、

でもこれは、ほんとは星の話じゃないの、と。


「これは眼の話なの。
人間は眼をいくつ持っているかしら。

人間は夜間の眼を持っていて星が見えるの。
昼間の眼で太陽を見るの。

夜は、昼間ではないでしょ。

昼間の眼では星は見えないし、夜間の眼では太陽は見えないの。」


どうぞこの話が、必要な人にとどきますように


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