BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

お菓子の包み紙いんすぴれーしょん☆

こんにちは!

今日はうちのベランダから、うっすら青く富士山がみえました。
暑い季節になってから、あまり見えなくなっていたのですが、
週末の朝にも見えていて。

空気が澄んでいるのかな?キラキラ☆


今回は、日常のちっちゃなことをきっかけに、
ふとインスピレーションを得てひろがったことを書いてみます。


☆☆☆

このあいだ、とある洋菓子店のお菓子をもらいました。

ときどき家族がもらってくるお菓子だったのですが、
個包装のクッキー系のお菓子で、
私がもらうときにはもう箱入りではなく、バラで受け取っていました。

このクッキーは、ラング・ド・シャと呼ばれる種類で、
サクサクしていて、すぐにほろほろと崩れるのが特徴です。

なので、お菓子の個包装をやぶって開封する際にも、
私はいつも中身のクッキーのはじっこを崩してしまい…


つまり、開けるときに、
開封口の切れ目にそってひっぱると、
中身のお菓子の一部にも、一緒にあたって端がけずれてしまうんです。


たいしたことではないのですが、お菓子の粉がでるし、
いつも食べる前にけずれてしまうなぁ、とは思っていました。

なので、ときには開封口は無視して、
ハサミを使って上部を水平にちょん、と切って出したりしていました。


ところが今回、はじめて箱ごともらったことで、発見したんです!


そう、箱の中には、お店の商品説明などが入っていますね。
そこに親切に、開封の仕方のインストラクションがありました。

それによると…


お菓子を開封する際に、
個包装を、同じ切り口から下に向かって引き裂くのですが、

たてに力を入れてそのまま引っ張るのではなく

横に力をかけて引っ張りながら、方向は下に引く

このようにすると、ちゃんと開封できる上、
中のお菓子はくずれないということでした。


実践してみると、
おお!
その通りでした。

ほんの小さな違いなのに…。
そして、こうして知ってみると、そりゃそうだというか(笑)(〃∇〃)
気づいてもよさそうなことだったのに!

そのことについて、まじめに観察、考えてみたことがなかったから…。


一見しただけでは同じ方向、同じ動作に見えても、
力をどこにかけているかで、結果が変わる例ですね。


☆☆☆

この、力のかけ方

というのは、生きていく上で、キーになっていると思うのです。


とくに、エネルギー、意識、心のかけ方、という意味では。


表層の世界では同じに見える行動やあらわれ(現象)も、
その中身は…

ひとりひとりの心の向け方、エネルギーの使い方、

色々だと思います。


☆☆☆

私は、外の世界(ふだん目に見えている世界の方)での、
ガチンコがいかに無駄か、

というのをどんどん実感しています。芽

たびたび書きますが、もちろんこれですら、ケースバイケースです。
現在の私の場合は、そうだということです。


外の世界でやってみせるガチンコは、
たとえるなら、

まるで眠ったまま、まどろんだまま、
わけもわからずめちゃくちゃに拳をふりあげているようなもの。

一方、

体験をして、観察したら自分の内に返って、
原点(その映画=現象を投射、あるいはオンにした起点)
に戻るほうが結果も早いし、
大量のエネルギーをロスして疲弊しなくてもすむ。


この違い、
さっきのお菓子の話を重ねてみますと、

同じ力のかけ具合、開けるという同じ目的があっても、
肝心の中身を壊して(犠牲にして)しまうのか。
中身も無傷なまま、開く方法にするのか。

最初にかけるエネルギーは同じでも、
力を向ける方向が違いを生みます。

(スライド式のドアを押して開けようとする、とかもその例かな。 笑)

そのうえ、習慣的にやってると、
他の方法があることに気づけないという点も示唆してくれたな、と。


☆☆☆

私たちは、眠ったままでなく目を開けて、
魂に共鳴・調和した映画をえらぶこともできる上に、
それはすでに用意されています。

ないものを探す、不可能を可能にするというのではなく。

どれをオンにしたいか、
どこにエネルギーを照射したいかにかかっているだけ。

決して、これから作り上げなければならないものではない。


このことを、
私たちの現状に即した、より実際的な言い方をするならば、
何を信じているかということにもかかってきます。


うんざりするような、好きになれないDVDを見たとします。

一回みてスルーしたら?
それだけのことですね。

ところが、


こういうのげんなりだよ
ああ嫌だ
世の中にこんなことがあるのってつらいな etc. …

と、思いながら、その人が、食い入るように、
何度も、何度も、同じDVDを再生してそれだけを見ていたら!?


はたから見ていたら、不可解ではありませんか?

他のにすればいいじゃない?
それとも、それが好きなの…!?

その人は、
不快だ!気に入らない!いやだ!つらい!

…と感じながら、同じ映画から離れずに、
あたかもその中身をまる暗記、研究し、疲弊し尽くすかのように、
何度も何度も、嫌いなものを再生してみているのです。

まるで、他のDVDがあるということを忘れちゃったみたい…。
それか、それが自分に課せられた使命か義務だと思ってるみたい…?


実際は、DVDをチェンジするという自由があります。


いつの日か、強烈な感情もなにもかもが擦り切れてゆるみ、
その「自分が、それだけが唯一のDVDであるかのように見続けている」
という夢中になっていた行為から引いてみたとき、

その人は、プレーンに、フラットに、

「ん???自分ってば、なにを好んで、
このDVDばかりを、えんえん連続再生してたんだろ。」

と、“我に返って”いままで見なかった方向を見ます。

そして、他にたくさんのDVDがあることにも気がつくでしょう。


そのときは、ありのままに見るよね…
自分の信じているものにのっとって、ではなくて。


私はきょう、こんな内容のささやきを内から受信しました、

「“間違っていること”にいちいち目くじらたてるよりも、
自分が健やかでいることに、いそしんでいる方がよくないかい?」


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