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“最上級”はどこに?

こんばんは~!

日がみじかくなってきましたね。
外は夕暮れの一歩手前、という感じです。


今日のテーマは、「最上級はどこに?」というお話です。


☆☆☆

私はブログで「現実をつくる」という表現をしますが、
それは、

「今あるものが間違っているから、より良いものを求めましょう」
「どこかに、それよりいいものがあるのだから」

と、いうことが言いたいわけではないんです。


むしろ、今、自分の目の前にある現実には、いつも

「今の自分に正確に、ふさわしい」

というちょうどよさ、

それが私たちの目からみてどのように評価されようと、
そこにある公平さを認識できなければ、ちょっとまずいだろうと思っています。


その公平さ、ふさわしさは、
私たちのうわべにある、うすっぺらい価値判断や評価づけに関係なく、

そのちょうどよさの、中身まで把握していなくとも、
(おのずと直観にはっきりと教えられるときもありますが)

起こっていることを、だいたいこんな感じなんだな、と、

自分から切り離すのではなく材料として見ているとき、
あなたはそれを役立て、そこから学ぶことができます。



繰り返しますが、そのとき、
現実として見えているものを自分の「存在意義」と結びつけたり、
一般的な「評価」と混同してはいけないのです。


☆☆☆

現実をみて、

「これは何かの発注ミスに違いない。
まるで罠にかけられたようだ。

これではない、最上級がどこかに存在するはずだ。
私はそれを、追い求める。」


そう考えている間は、
自分が、自分の一部に目隠ししていることを忘れているのです。
そこから顔をそむけてしまっているのです。


現実を否定して、“最上級”を求めても、
いかなる「現実創造」の考え方も、「心を楽にする」方法も、
役には立たないでしょう。

その場合、いつも“最上級”はするりと手を抜け、
どこか別のところにあるからです。


☆☆☆

この記事を書くにあたって、もうひとつ、
こんなインスピレーションがありました。


“すべては必然”という考えは
捉え方によっては、実は真逆の、
“すべては偶然”ということと、あまり変わらない。


その違いは、一見、“安心感”にあるように見える。
(どちらを採用すると安心するのかは、人それぞれでしょうけど。)


いずれにせよ、人は確かなものを求めるから、
「全部に通ずる結論」を出したがる。画一的な。

“絶対”の答えを求めて。

信仰が起こるのもそういうことだろう。



しかし、仮にすべてが偶然、という考えに立ってみたときに、楽しめるのは
(※「必然」のほうは精神世界ですでに言い尽されている感もあるので)

あたかも玉が次々に転がって、
思いがけない方向に転じたり、ぶつかったものと影響しあったり、
予測のつかない連鎖反応も起こる面白さだ。

そこには、無垢な気持ちしかない。


これを、少しでも(操ろう)とするならば、
そもそもの狙いがあったり、そこに意図が介在するならば、

意識性や、入念な観察が必要となる。


☆☆☆

私個人は、

「すべてある」という意味では、必然だけど、
同時に、
「ひとつだけに決められているわけじゃない」という意味で、

“必然”という言葉の使い方に注意、と思います。


そしてこの目線からは、

よい
よりよい
最上級

が、意味を成さなくなります。


ですから

心の動きを心配しないで
安心して
起こっていることにおののかないで


そして、シンパシーをもって
あなたの心にしっかり耳を傾けてほしい。


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