BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

発信する私

おはようございます♪


今月に入って、「鏡の不思議」という記事を書いてから、

実は色々と気づいたことがありました。



それは、まったく新しい気づきというよりも、

再認識というか、

しみじみと、


あぁ本当にそういうものだったんだな、

なぜこのことへの実感が、今まで薄かったのだろう…

と、味わうような体験でした。



この内容は、過去記事

「受信者より送信者であれ」

とも、関連しています。星



☆☆☆


「鏡の不思議」を書いた後、それに続いて、

ゆっくり、こんな思いが湧き上がってきたのです。



この世界の中で

ほかのすべては自分に「与えられた」ものだけど


自分というキャラクターだけは、

「与える」ためにあるのだって。



別の言い方で表せば、


自分=発信装置

周りのすべて=受信


という感じ。


(よかったらもう一度、例の鏡の記事を読みながら、

このことをイメージしてみてください。)



そして、その両方には本来、なめらかに境目がない。


☆☆☆


私の体験していること、

私の見ている世界は、

私へのフィードバックですので、私に「与えられて」います。


私は、それを、受け取っています。


けれども、


それを「送信」したのは私です。


その意味で、私は「世界に与えるために」ここにいます。


「発信者」です。



☆☆☆


それでは「世界」というスクリーンのようなものが別にあるかというと、

そうではなくて、途切れなく、

素材はみんな同じひとつのもの。


このことは、夢の世界を思い浮かべればわかりやすいでしょう。


夢を見ているとき、自分が夢の中の登場人物になっていて、

他の人々や、物や、自然、世界という背景があっても、

それはぜんぶ、「夢を見ている私(大きい私)」の中にありますね。



与える(発信)、受け取る(受信)、

これがループのように切れ目なく回って…

(無限のマーク「∞」みたいに)


というイメージです。



To Give Is To Receive.

(与えるものが、受け取るもの)


と、聞くと、


なんだか慈善奉仕に結び付けて、

宗教や道徳っぽい香り付けをされてしまう気がしているのですが、


これは、そういうことではなく、

「システム」の話だと思うのです。


そしてもちろん、このシステムにとって有効なのは、

目に見える「形」ではなく、「中身」の方です。


なぜなら、実際は、形は存在していないからです。


形は、形だけで存在することはできません。

先になるのが、「中身」です。



…ね、昨日の記事 にも話がつながるでしょう!(笑)



今日はこれからおでかけです♪


また次回!☆ヾ(^∇^〃)


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