BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

ア・コース・イン・ミラクルズについて書かなくなったわけ

みなさんおはようございます(*^∇^)ノ☆


最近は早朝の空の美しさに見惚れている私
です。


明けの明星はもちろん、月と、その周辺の星たちの奏でるハーモニーの、

美しいこと!


早起きは得意ではないけれど、この空を見ると、

思わず幸せな気分になります♪♪



私はおもに南東の空の月周辺を目印に見ているのですが、

今だと、土星が見えているかもしれません。

(天体図を調べてみましたが、どの星を見ているかの確信がないので…笑)



あと、最近は月を見るときに、不思議と、月全体の形

(三日月なら三日月型に見えるというのではなくて、

影の部分も見えていて、いつも丸い形がわかるということ)

がよく見えるようになりました。

私が、以前は、よく見えていなかったのかもしれません。


みなさんもぜひ、今見える星を眺めてみてくださいね♪キラキラ☆




…さて、今日のタイトルには、ひさびさにこの言葉が登場しました。


「ア・コース・イン・ミラクルズ」


私がこの本についてよくブログに書いていた頃、

タイトルは英語表記で「A Course In Miracles」としていたので、

そんなに検索エンジンでは引っかからないかな…

と思っていたのですが、


それでもやはり、コースのキーワードで、

私のブログを見つけましたとおっしゃる方もいらっしゃいます。




この本をご存知ない方には、

少しつまらない話題になってしまうかもしれませんが、

そんなこともあるのかと、ひとつの事象として読んでいただければ幸いです。


「私が、ア・コース・イン・ミラクルズについて書かなくなったわけ」

です。


☆☆☆


最初からこのブログを読んでくださった方には重複になる話題ですが、

そもそも、私のコースとの出会いは、ずっと以前のことでした。


最初は、他の書籍にちらほら引用されているのを目にしており、

そのせいで、書名と、どんな内容かはおおよそ知っていました。

周辺に、原著で買って読んでいる友人もちらほらいたのです。

(その頃は、翻訳が出る話もまだ、なかった頃です。)



意外かもしれませんが、天使の話で有名なドリーン・ヴァーチューさんや、

やはり日本でも本がけっこう出ているアラン・コーエンさんが、

よく本でコースを引用していますよね。


ドリーンさんにいたっては、著書によると、

現地アメリカで、コースの本をめぐった裁判があったときに、

裁判の鑑定証人に指名されており、

urtext(ウルテクスト・原典)も読んでいるようです。



私はその後、とくに自分からその本に興味を持ったわけではないのですが、

コースの日本語訳を出版した会社に一時期勤めていた関係で、

翻訳版が出る前の「取材」として、

アメリカで、コースにまつわる人々に会っています。

(このブログを始めてから、記憶を振り返ってレポートした記事もあります♪↓

「コースにまつわる風景1」
「コースにまつわる風景2」 )



今思うと、あのとき色んな事情が重なって、奇遇にも、

社長のほかに、現地に同行するスタッフが私になったわけなのですが…えへへ…



その機縁について深く考えることもあまりなく、

自分で勉強したり本を読もうという気は、それでも起こらなかったのです。


のちに、私が勤めを辞めてしばらく経ってから、

なにか思い出したように、心の声がコースを買って読めというので、

ついに原書の「ファウンデーション・フォー・インナーピース(FIP)公式版)

を、買って読み始めたのでした。


はひ。(^-^)/

ちょっと、長い前置きでしたね(笑)溜息



☆☆☆


それからの学習中の濃い体験は、過去記事にだいぶ書いたので、省略。


その後ブログを始め、ブログ初期の頃は、コースについて沢山引用、

内容を説明もしていたことは、はじめから読んでいる方にはご存知の通りです。



ブログをずっと、通して読み続けてくださっている方には、

私がなぜ、コースから離れたか…も、

流れで大体ご理解いただいているのではないか、と思いますが。



本当のところを、しっかり書いたことはありませんでした。



なぜなら、それを書くと、批判になるかもしれないと思っていたからです。



それに、当時は私自身の気持ちの整理もついておらず、

なかば翼が折れたような形のまま、

「とにかく自分の内なる声に耳を澄ませ、自分の道を歩もう!」と、

気丈にフォーカスを定めた部分もありました。



そのまま現在に至る…だったのですが、今朝、きゅうに、


「ああ、批判とかじゃなくて、

それを通して私がどう思ったか、どう感じたかを、

ここに正直に書くことは、あってもいいのかもしれない。

なぜなら、同じような体験や、

疑問を持っている方もいるかもしれないし、

ひとつの見方として、参考になることもあるかもしれないから。」


と、何か扉が開いたんです。


☆☆☆


実はこの話題、ちょっと前に書いた

「非二元について、次元、階層の話」

にも関係しています。


そこでもふれましたが、

私はプライベートで、彼氏という身近な存在になった人がおり、

彼とは、コースについて書いていたことがきっかけで知り合いました。

(彼のブログは今は休止中ですが、別な形で再開されます。)


当然、最初はふたりの間でもその話題(コース)を出していたのですが…



その頃私は知らなかったのですが、

彼は、アドヴァイタや非二元論に深く共感する人だったのです。


私は、アドヴァイタや非二元論というジャンルに興味を持ったことはなく、

途中で、コースの読み方、理解の仕方に、

なにか大きく彼と隔たりがあると気づくまで、

その思想(アドヴァイタ・非二元論)の中身すら知りませんでした。



同じ本を読んで、同じことについて話し合っているはずが、

全然一致しない(泣)


英語で読める私は、ときに原書を翻訳しながら、

「こういうことを言ってるんだよ」

とか、要所要所、説明したりした時期もあったのですが、

彼は、私のような独学でなく、コースの勉強会にも参加していた人です。


あとで彼自身も認めたことですが、彼は彼で、

こちらの(自分の)解釈が正しいのではないか」

と、ずっと思っていたわけです。(^^ゞ



ここから、私の苦しみが始まりました(笑)



そして…不思議に思って調べた、

非二元論や、アドヴァイタとジャンル分けされている、

思想の中身を知ってから、さらにこの件は厄介に。



それは、私にとっては、頭を抱えて「オーマイゴッド!」

だったのですよ。


私の知っている真実と、近いことを言っているようで、

似て非なるもの、なんですもの。


そのへんは、上でリンクを貼った参考記事ならずとも、

私のブログに親しんでいる方であれば、よくおわかりになるかと思います 笑)



それでも私としては、やはり、

好きな相手ですから、共感し合いたかったんです。

共通点を見つけて、理解の橋架けをしたかったんです。


だって、霊的な真実ってひとつじゃない?

表現は違っても、真髄って一緒でしょう?


そう思っていたから、

一時期はそのことに、一生懸命になってました。汗☆





でも、私が自分の体験に基づく、深い信念があるのと同様に、

彼にもそれがあるわけで、どんどんこの事態は悪化していきました。



幾度か、彼が言ったものです。

「こんなんじゃ、宗教戦争と一緒だよ!」


本当にそうだなぁと思った私は、

彼は彼、私は私、それぞれ違うままでいいんだと、言い聞かせ、

ようやくフォーカスを自分軸に戻すことを覚えていきました。



☆☆☆


セキララに語りつつ、話をコースに話を戻します。



コースの解釈も、正直言って私は、

もし、アドヴァイタ哲学や非二元論の人たちの主張と、

同じように読まれているのなら
それは違うんじゃないの、と思っています。


だって、コースは、decision making(決断すること)について、話しているよ。

選択の力について、何度も説明しているよ。



この世界の観念に染まったままの自我ではなくて、

神とともに(内なる神性、自身のスピリットとともに)決断するための、

共同創造するための、コースなんだよ。


つまりそこに自由意志はあるということ。

そして、葛藤のないひとつの自分として、

自身を統合するための指南書なんです。



どうしてこのことが、今一般にそう呼ばれている非二元論のような、

「選択肢がない」

「自由意思がない」

という話に結びつくのだろう?


コースが、この現実を私たちがどう創っているか、

BELIEF(信念・観念)がいかに外の現実として投影されているか、

そして奇跡とは何かを、

説明してくれていることはなんのため?



コースは、

すべてが神の責任で、私たちは何も行っていないのだなんて、

そんなことは言っていない。


(コースの世界観の中では、「神はエゴの世界を知らない」という

説明が出てきます。

キリスト教をベースとした、このような考え方ついては、

「ダスカロス」の著書を読んでおくと参考になります。

メッセンジャー」というシリーズで太陽出版から出ている本も、

ダスカロスについての本です。)



私は、熱が昂じてURTEXT(編集される前の原典)を読んだこともあるので、

はっきり言えます。


コースを読みつつ、選択肢がない、という話をする人たちは、

ヘレンさんに対する(ガイド、ヘルパーとしての)イエスのアドバイスを、

ご存知ないか、理解されていないのだと思います。



そして、霊的な体験や、現象を否定する人たちもしかり。



だって、コースは、霊的存在の働きかけによって、

チャネリングという形を通して書かれたんですよ!(笑)


ある意味、エネルギーの階層として同時にここに存在している、

霊的な体験を否定しちゃったら、

そもそもこの本自体が、成り立たないじゃないですか。



参考文献やURTEXTによると、

ヘレンさんは、とてもサイキックな方でしたし、

夢でも色々なメッセージを受け取っていました。


彼女自身の怖れもあったでしょうけど、

それらの体験を、そのまま受け取る素地もあったからこそ、

あの本が書けたのではないでしょうか。



私は、「編集」されたことで、

コースは本としてやや歪曲されたところもあるのだな、

と、思っています。


理解の手助けのひとつとなる、大事な要素が、排除されちゃった。


それはきっと、「旧システム(規制の宗教や哲学)」に無理矢理、

起こっていることを当てはめようとする試みのために、

他ならないのではないでしょうか。



書いた人(インスピレーションの受け手)がどんな人だったか、

どんな背景・観念を持って育ったかも、ある程度、理解しなければ、

本当のところ、その言葉が何を伝えようとしているかの「意図」は、

理解できないのではないでしょうか。

(だってコースは、第一にヘレンさんに向けて、語られているから。)



言葉というのは、同じ言葉でも「シンボル(合意)」であり、

それがどんな脈絡で使われているかによって、

中身(意味)は自在に変わってくるのです。


☆☆☆


私は、いずれにせよ、今日書いたようなことがなくっても、

コースの学習からは、離れたと思います。


コースのテキストの最後にあるように、

「その先は、自分自身のスピリットを頼みにし、それと共に歩む」

ようになるための本だからです。キラキラ☆



だけど、自分がもはや関わっていなくても、

クライアントさんや、読者の方から、

コースにまつわる「軋轢」をときどき小耳にはさみます。


どうも、「ア・コース・イン・ミラクルズ」という枠を重んじるあまり、


「コースはそんなこと言ってない」

「それは全部幻想なので意味がない」

「それらは全部エゴだ」

などの、批判を、学習仲間やコースの教師から受けたというのです(!)



…それって、どうですか?


心をひろげるための学習ならばわかるけど、

心を狭めるための学習になるくらいならば、

そんなもの、放り出してしまった方がよいのでは?


なんて私は思います(笑)


「教義」にはまって、排他的になることなんて、

はたして「神」が意図するのかな。



私は、コースについては、そういうわけで、

ずっと変な風にすっきりしなくて、胸が痛かったです。



振り返れば私も、「ア・コース・イン・ミラクルズ」にはまっていたとき、

やはり、「エゴ」の監視に厳しくなるあまり、

それに似た部分を持ち合わせていたんだな…と、後でわかりました。



自分の内から湧いてくるもの(源泉)だけに焦点を合わせて、

インスピレーションや直感、夢、創造性という形で、

私の中にあらわれてくるものへ、フォーカスを戻してから、

より自由な自分に戻れた気分です。



ところで、「全体性」を感じながら、「個」であることのよろこびを、

とてもわかりやすく表現している本が、

サイトバーの「おすすめ☆」に常時入れている、セス・シリーズの本です。


「心や意識をひろげる」ことの手助けをしてくれます。

ご興味のある方は、ぜひ。


コースの学習で迷ったり、もしかすると混乱された方にも、

きっと、コースで伝えられている大事な要素も含みつつ、

手助けになってくれると思います。



でも、いつも覚えていてほしいのは…星


あなたのハートがすべてを知っています。

さいごには、書ではなくて、ハートに聞いてくださいね。ハート



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