BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

カラフル・カラフル・ミラクルワールド

私は常にポジティブに、とか、モチベーションを上げて、とか、

できないタイプの人間です。


突然なにを語り始めるかと思ったら(笑)ぺこり


自分の内なるリズムというか、周期にともなって、

気分も色々に、変わるのを、とても感じます。




ときどきブログに、同じ精神世界でも、

「願望実現」や「成功法則」、「自己啓発」の類が好きでない、と書くのも、


自分がそういう方向に乗れない、そちらに気分が向かない…

私から見ると不自然な感じを、感じてるからなのだと思います。



といっても、ジャンル分け自体も実際は曖昧だったり、

何がどのカテゴリに入るかの捉え方も、個人で差が出てくるでしょうね。


たとえば、いかにも物質世界の達成を追う願望実現系と、

一見、区別されている「悟り」だって。

「悟り」といって精神性・霊性にフォーカスしているみたいでも、

もし、それを追う個人の姿勢(動機)がですよ、

物質世界のモノを追いかけるときや、肩書きや地位の達成のように、

“他者からの承認の必要性”に駆られてということであれば…

その本質は?って、なりますし。


(↑逆に、物を手に入れることでも、現世で何かを達成したいと願うことでも、

それが内から湧いてくる望みであれば、ごく自然なことであるはずですし。)



…それはともかく、


それらを実行することで、生き生きと人生を送れる人たちがいたら、

それはそれでほんとうに素晴らしいと思うし、

実際、全力でそれをされている方を見ると、

羨ましいような気持ちになるときもあります。


その気持ちとは、

自分もそうできたらなぁ…望んでるのにできないなぁ、という羨望ではなく、

自分の性質が心底そちらに向かえないがゆえに、羨ましい気がするのです。

(別の性質への一種の憧れみたいなもの?)



以前ご紹介したことのある小説、

トーベ・ヤンソンムーミン谷シリーズ

(過去記事はこちら☆ 「個を体験するというギフト」


の中に、ムーミン谷の冬」という本があります。↓


新装版 ムーミン谷の冬 (講談社文庫)
トーベ・ヤンソン 山室 静
4062769360



ふだんは冬眠するムーミン一家。

ところが、ムーミントロールと、ちびのミイだけ、

ひょんなことから眠れなくなってしまって…!?


はじめて冬を過ごす2人は、今まで知らなかった冬の仲間たちと、

生活をともにし、暗い、暗い冬の景色を知るのですが…。




この話の中では、まるで冬の象徴みたいな、

「元気のない、活発なことの嫌いなものたち(原文のまま)」が、


とちゅうでやってきた、

スポーツが大好きな陽気なヘムレンさんと調子が合わず、


だんだんに室内にかたまってきて、

彼らのひっそりした生活がぶちこわされたことで、

ヘムレンさんに反感をおぼえてゆくシーンがあります。


ヘムレンさんは、

「きょうという日を、どういうふうにつかったらいいか、

しんせつにおしえてくれる」

し、

「へやの空気がにごっている、ということからはじめて、

外は、どんなにつめたくて気持ちがよいか話してきかせるのでした。」



「しかも、それをことわられても、けっして気をわるくしません」


(笑)


ムーミンをはじめ、みんなは、決して、

ヘムレンさんを本当に嫌いなわけではないけれど、

自分たちの居心地のよさを乱されたことで、いやになっています。


(この話の中でも、ちびのミイだけは独立して、

どっちにも属していないんですけどね!)



小説では、最後にはとてもうまく、

パズルのピースがはまっていくみたいに、誰も彼も、

それぞれの個性が生きたまま、すてきな結末を迎えるのですが…。



このモチーフ、トーベ・ヤンソンさんは「漫画」のムーミンの方でも、

「ブリスク」という名前の、スポーツ大好きキャラクターを登場させて、

別なストーリーで展開させています!



私は…ムーミン谷シリーズがこのように好きなのは、


ひと癖も、ふた癖もある登場人物たちに親しみを覚えるし、

「暗さ」のようなものを排除せず、

それをしっかり包み込んだ描写に、共感できるからなんです。


見ぬふりをしない。



作中には、「はい虫」という、

小さくて臆病で、ひっそりと暮らしているようなキャラクターが出てくるのですが、


そういう者たちに対する「居場所」がちゃんとあるし、

彼らは彼らとしてそのまま、存在を認められている。



そして、誰かが別の誰かみたいにならなくてもいいのだけど、

お互いに関わっていくうちに大事なことに気づいたり、

自然とどこかが変化していたり、


そういう「成長」や「気づくこと」、

関係を通していつのまにか起こっている「調和」もまた、

描かれているのです。



活発なことだけが、いいってものでもないだろう。

静かなだけが、いいってものでもないだろう。



色々な存在がいて、

多様性があって、

どれかだけに価値をつけたら、おかしいでしょ?


☆☆☆


外を歩いているとき、私は、

くやしいけれども(←悩んだ後などに… 笑)、

この世界がこんなにも好きだ、愛しい、と感じます。


そんなとき、自分という存在は、

どんな枠も持たず、ふわっと、ただ、

このカラフルな世界が飛び込んでくるままにしているだけ。



それぞれの独自性が、カラフルで、カラフルで。

それが鮮やかに入ってくるとき、愛しい。



自分の「枠」を意識したとき、それらは見えなくなります。

(私はこうでなきゃいけないとか、どう見られてるかとかetc.)



それでいて、飛び込んでくるときも自分の見ている世界にはやっぱり、

自分独自の色がついているのだから、不思議でおもしろい。



生きているだけで、不思議で、不思議で、

奇跡のように思えます。


きっと「はい虫」ほどに小さな目線になっても、

この感動は、やはり変わらずに、そうなのだろうな。



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