BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

シンボルはあなたのもの☆

は~い、みなさま、おはようございます☆(*^∇^)ノ ゚+゚


今日も、昨日の記事の続きになりますよ~!芽


この内容はね、一見魔法みたい?(笑)なのに、

実生活にもとても役に立つ本質を含んでいるから、

ぜひちゃんと書いていきたいんですよ。星



見えてる部分と見えない部分の、

自己内2WAYコミュニケーション上手になりましょうね!^^キラキラ☆


☆☆☆


さて、昨日の記事で、イメージ、シンボルを使う一例をあげました。


「意味」は、わからなくってもいいよ、

遊ぶだけでいいよ、っていうこともお話ししましたね。


そのように、「解読」しなくても効果はあるものなのですが、

記事内でも書いたように、やはり「自分の内からのメッセージ」であるので、

自然と理解が訪れることもまた、多いのです。



そのときの補助となるように、夢や、

このエネルギー遊びの「基本」となる情報を、お伝えしておきます。


☆☆☆


今日のタイトルにあるように、「シンボルはあなたのもの」。

あなたの観念を見ています。


つまり、「シンボル・イメージ」は、

あなたがどう見ているか、何を信じているか

に、ともなって変化します。


これを知っていることは、重要です。



まず、見えているイメージは、

あなたにとってのエネルギー的な事実である、ということ。


これが、実際に、現実に反映されるわけです。




例をあげましょう。


昨日の例で、「ニンジン」が登場しました。

「ニンジン」とひと口に言っても、それが「あらわす」内容は、

人それぞれ違うのがわかるでしょう。


ニンジン…にんじん


小さい頃、嫌いだったけど、体にいいからとイヤイヤ食べさせられた

義務感のある食べ物

というイメージの人もいれば、


「馬がニンジンを追いかける」という慣用句から、

「ごほうび」という意味を連想する

人もいるかもしれないし、


小さい頃は好きでも嫌いでもなかったけど、

かわいがっていたうさぎが、喜んで飛び跳ねるほどニンジンを大好物で、

いつのまにか自分にも、おいしい、大好きな食べ物になっていた

という人もいるでしょう(←これ私です。笑)ミッフィー



このように、同じ「ニンジン」という物ひとつとっても、

こんなに意味(中身)が違うのです。


そしてまた、


以前は自分にとって、こういう印象を持つものだったけど、

色々な出来事があって、今の自分にとっては、こんな印象になった


というように、同じものに対する印象の変化があった場合、

今の自分がどう見ているか、今の自分の持っている観念


が、基準になります。



紙に印刷された辞典のように、

○○は、△△という意味である。

という風には、読めないのです。


なので、これらを見るときは、いつも自分の直観・インスピレーション、

そして正直な(素直な)気持ちと、手を取り合っている必要があります。



☆☆☆


ここでも、わかりやすくするために私の実例をあげますね!


私は先日、自分でもなかなか「根強いなぁ…」と思っている、

強い感情をともなった(=そこに注がれるエネルギー量があるということです)、

思い込み(観念)に気づいて、


前記事で説明した「自己内2WAYコミュニケーション」のやり方で、

見てみることにしました。



すると、出てきたヴィジョンが、


中国やアジア大陸あたりにありそうな、雄大な景色の崖。

そこに、息も絶え絶えな状態で、緑色の龍がいる。

傷だらけで、ボロボロ、苦しそう。


うわっ!!なんだこのヴィジョンΣ(・ω・ノ)ノ!


ちょっと私もびっくりしましたが、

これをどうしたい?と、直観にきいてみると。







進まない…。


でも、聞こえてくるのが、


死にそうな龍が苦しそうに、

「け、い、や、く…けいやく…」

と、言い聞かせているのです。



契約!?


見てみよう!と思った自分のテーマや観念と、

一見、関係あるぅー!?なんで??と、びっくりしてしまう感じで。



このインパクトは強烈だったので、私もつくづく「分析」を働かせ、


実際のこととして、龍と龍使い、っていう関係について考えたり、

私の感じている自然のエレメントの龍さんたち

(地龍や、水、風、火の龍など)との関係について考えたり、

同時存在する別の生としてなど、

色々、色々…思いを巡らせてしまったのですが、



どれもピンとこなかった。


イメージも動かないので、こういう場合は、保留、です。

(無理には動かさない☆)


ただ、ときどきこの龍のヴィジョンが浮かび上がってくるので、

その度、インスピレーションで得た通りに、

「透明で、虹色にきらきら光る光」

をヴィジョンの中の龍にただ降り注ぐことにしました。



その日の夜、夢を見ました。


とっても気分よく眠りについたのですが、変な夢でした。



はーいみなさん!

変な夢、怖い夢だからといって、何かまずいこと起こってる?…なんて、

焦ってしまってはいけませんよ!(〃∇〃)ノ


って、起きたときの私のことね(笑)



その夢の一部をご紹介します♪


☆☆☆


<ひとつめの夢>

実家のような、一戸建ての家。父も母もいる。

家に戻ると、各窓の、カーテンが半分なくなっていて、

そこからガラス窓越しに、中がまる見えである。


庭に面したところも一面大きなガラス戸なので、

ここにはカーテンがかかっているけれど、その気になれば、

外からの訪問者から、家の中が見えてしまう。


私がそれを嫌だなと感じているのは、とある新興宗教の人々が来るからだった。



案の定、女性2人の信者が、私が家の中にいるかどうか、

帰宅したかどうか、また様子を見にきている。


ああ面倒くさいな、いるのがばれている…!


と、思いつつ、私はロッキングチェアに座ったまま、

いつのまにかかぶっていた黒い帽子を下げるようにして、目深にかぶる。

(黒い、ハットっていうのかな。フェルト生地、女性用のまるい、広めのつばの。)


それでも、2人の信者は玄関からも訪問して、呼びかけてくるので、

私はいやになって、母の運転する白い車に乗って、逃げることにする。

(現実の母は免許もなく、運転できないのですが… 笑)


ところが、急いで逃げようとするも、

車は狭い道路や、山道のような曲がりくねった道路を危なっかしく走り、

とうとう、クラッシュしてしまう。



<もう1つの夢>


研究所や水族館のような施設。

ひとつのコーナー(部屋)に、小さい籠に閉じ込められたリスがいっぱい。


どのリスも、ストレスをためて、出たそうにしてる。

食べ物も、じゅうぶんにもらってないみたい。

私は、籠の下に落ちていた、

端っこだけ傷みかけていた(焦げていた?)食べ物を、

隙間から拾って、傷んでない方をリスに差し出す。


施設内の、次のコーナーに行くには、なぜか、

せまい壁の下のスペースを、くぐらなきゃならないようになっている。

でも、床も汚れていて、見るからに、くぐりたい感じの場所ではない。


☆☆☆


…私はこの夢をみた日の昼間、

見ていたサイト(全然宗教には関係ない内容)から、

とある新興宗教の信者の人のブログに行き当たりました。


元のサイトにコメントしていたある人が、新興宗教の信者だった、と、

わかっただけの出来事で、長く読むこともありませんでした。

その宗教に関しての個人的な関心もないし、情報もあまり知りません。

でも、夢に出てきたのは、その宗教の人たちという“設定”でした。



夢では、カーテンがないこと、家をのぞかれることなど、

プライバシーの侵害→侵害されているという思い

が、出てきていますよね。


そして、私は「頭」にかぶっていた、黒い帽子を目深にかぶる…


これは、自分の「霊性」や「目」を隠す(見ないふり笑)、ということです。


私は逃れようとして、母の運転する白い車で外に出ますが、

車はクラッシュしてしまいました。


…これは、ただ逃げているだけじゃだめ!

また、母の運転する、というところにも意味があり、

“実際の私の母”が見せてくれた観念ややり方をそのまま使うのではダメ…

自分のやり方で行きなさい、
という風にも取れるし、

「母」を、自分の「母性の部分」ととらえて、別な読み方をすることもできます。


ここはまだちょっと、スッと通らないので、保留です。



それから、もうひとつの夢は。

せまい籠の中のリスたちは、

いきいきとした自然の神秘や、おのおのの遊び心を閉じ込め、飢えさせるイメージ


得られるべきじゅうぶんな栄養を与えられずに、

与えられていたものは、すでに腐りかけた(焦げた?)ものでした。



…これらの夢のイメージを総合して見て行くと、

例の「龍」のヴィジョンの語りかけていることがわかってきました。


私は、宗教への不信感 を見ていたのです。



考えてみると、おおもとのテーマ(私が投げかけたこと)は、

不信感に関係することでした。(種類は全然ちがうけど!)


ヴィジョンの「龍」は、私にとって、

いきいきした自然な力と神秘、の象徴です。



ううううううん。

宗教、出てきたか。と、思いました。



私は、実家の家族も宗教にうといし…

(親の田舎に行けば仏壇やお墓はありますが、それも慣習上のもの。

何宗とかも、よく知らないのです。)


高校生の頃、アメリカ留学してホストファミリーと暮らしていたとき、

田舎のアメリカ人の普通の光景として、

毎週末教会には行っていましたが…


私は、さぼれる場所もなく、仕方なしについて行っていただけです。


あとは学問や、個人の興味の範疇で、聖書とか、仏教とか、哲学、

勉強したり知識はあるけれども、宗教の信者になろうと思ったことはない。


今ある新興宗教を、とくに批判したことも、ない。



でも…


べつに宗教じゃなくても、

「集団化した」一定の基準や価値観が苦手というのはある。


なので、精神世界やスピリチュアルの分野でも、

たとえば「グル」ができていたり、なんだか盲目的な状態で、

人々が一定の思想をいっせいに追いかけたりしているのを見ると、

耐えられない思いになる、というのには気づいていました。



どうも、そこらへんとつながっている…


そう、


龍の言っていた「契約」のキーワード。



宗教の枠組みの中で見られる、

(そして実は、私たちの日常の価値観にも反映されている)

契約する神の概念や、形骸化したルール、

それにともなう「支配と服従」の価値観が、私には嫌だったのね!!



形は宗教でなくても、考え方がそうだと反応します。


内から湧いてくる自由な意思に基づく、対等な関係や動きと、

“決まりごと”で人を縛ること(契約)は、大きく違うじゃない?


…と、そこにまつわる思いと、悲しみが、あったでしょうね。

(このへん、もっと奥深く、言葉にはしきれないものがあります。)


でも、ここにはさらにポイントがあって、

自分がそれを選ぶ、選ばないに関わらず、

「外に見えるそういう概念、存在」すら、自分に力を持つ(嫌だと感じる)のは、


「縛られることが可能」、「支配と服従はリアル」

って、信じているのは自分、ってところなんですよ!!!いえー



その概念を外に見て、動揺するのも、実は同じ観念を持ってるから。

自分を自由にできるのも、おびやかせるのも、本当は自分しかいない。

どんな苦しみ、痛み、概念も、外には無い。



みなさま、ここがミソでございます。



そして、メッセージを受け取ったら、それにしたがうか?どうするか?

実行するのも自分
ですね。^^



…というわけで、また内容が濃かったですね!?(笑)

私の例も参考に、みなさん遊んでみてくださいね~☆


明日はヴィジョンに出てきた龍のその後、を書きます!


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