BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

人からの愛…求めちゃいけないと思ってる?

前回、「愛されようと頑張るのは…」で予告した通り、つづきに入ります♪(^-^)/


“がっつり書こうとしていた内容”でもありますよ~。


この話題は、最近連載している記事全般に関わっているのですが、

とくに、

「みんなと同じにならなくてもいいんだよ・自分の世界を発信する」

「それぞれの人生経験を、それぞれが活用できる☆」


と、テーマが共通しています。


☆☆☆


私は…人が神と呼ぶところの愛、

源の愛や、見えない存在、自然界や惑星からの愛、

そういうものは、実感していました。


苦もなく、感じることができました。

日常生きている間でも、夢の中でも、それを体験していました。


つまり、「この世ベースでない」愛は、

もちろん自分の存在意義も含めて、無条件に実感できたのです。


ただ、


人間に、愛されない、理解されないと思っていました。


いつもいつもというわけでなくても、


人間界、居心地悪いなぁ~という思いが、

どこかにあったのは間違いありません。

(人間て、いいなぁ!と思うことも、いっぱいある反面ね!)


私は昔から、夢の中で、

「この世には存在しないとされている」存在を見ていました。


自分がそれ自身なこともありました。


たとえば、鬼とか、精霊とか、妖怪?

(外見はそういう感じなのですが、

一般の概念がイメージしている鬼とかとは、中身が違うと思います。)


※余談ですけど、そんな私は、

カチナドールとか見ると、心が非常に安らぐよ(笑)

カチナ(ウィキペディア)



そういう異種族の自分が、人間に刈られていたり、

実験?されているシーンなども、度々見ました。

もちろん、そんな体験ばかりではありませんが…。


そのパターンも色々あるのですが、

たとえばSF映画にでも出てきそうな電気ベッド?の上で、

体を拘束され、人間にとっての超能力?の、実験をされる…


嫌がった自分が、あらん限りの力を出して、

拘束具やベッドを破壊して、逃げ出すシーンを見たりしています。


こういう話を信じない人にとっては、それらもすべて

“深層心理のシンボル”

として解釈されるのでしょうが、


私の夢の経験…自分の感覚的なもの、直観では、

それらは実在したと受け取る方が自然なのです。


そんな記憶をたびたび見ていた私が、

あるとき、こんな出来事に出会いました。


☆☆☆


前世療法(未来世も含む)や、インナーチャイルドセラピー、

いわゆる退行療法を、アシストしていた頃の話です。


私は、実習のスーパーバイザーもしていましたので、

生徒さん同士が実習をするときに、質問に答えたり、

アドバイスしたり、途中で行き詰ってしまった場合、

セッションを代わって行ったりする役目がありました。



とある生徒さんのセッションが、完全に行き詰ってしまったようでした。


涙を流しながら、身を固くしているクライアント役の生徒さん。

私より年上の、小柄な女性でした。


私は静かに、セラピスト役の生徒さんに代わって、

状況を確認することにしました。


すると…


彼女は、人魚なのでした。

人間から逃げたのですが、海の中で、囲まれて、

行き場をなくしていました。


どんな行き詰ったシーンでも、

「できること」、「その手法」は、セラピー的に色々あるのですが、

クライアントさんの第一の希望は、

「ここから動きたくない。」ということでした。


「人間は、いや!人間たちのもとには、戻りたくない。」


…詳細は、はしょります。


セッションとしてのクロージングはして、

クライアントさんも平常に戻り、

その他にも授業や実習があって、あるときの休み時間…


私は、その頃は講座開催者側のスタッフでもあったので、

彼女にこんな相談をされたのです。


講座は、初級や上級というように、いくつか段階に分かれていて、

全部の講座を一括で申し込むと、料金が割り引かれるので、

セラピスト志望の方や、今回連続で学びたい方は、

あらかじめ、一括で申し込んで、料金を支払っていました。

(会社の規定で、途中キャンセルの場合、返金はなし。)


彼女も、そのひとりでした。


ところが…


「あの人魚の体験のときから、

なんだかこの講座を受けることに、違和感を感じるのです。

頭では、料金も一括で払ってしまったし、と思うのですが…。

なんだか自分にとって、これを学ぶことが違うように感じられて。」


私は自分の、スタッフやアシスタントという立場を忘れて、

思わず、こう答えていました。


「うん、やめた方がいいですよ!

○○さんが感じていることを尊重した方がいいと思う」


彼女は、しばらく、考えて、

「うん、やめます。明日から私は来ません。

なんだか、すごく、ほっとしました(笑)」

と、笑顔でおっしゃいました。


そのときの私は、論理的に根拠を考えて、

彼女にそう答えたわけではないのですけれど…


ただ、彼女のセラピーのアシストをしたときから確かだったのは、

私自身も、人魚のヴィジョン、人魚の体験をしたことがあり、

(これも夢の中で、なんですけどね。何度か繰り返し、あります。)

それが「完全に架空の」、

…いわゆるファンタジーとは違う、と感じていました。


私の人魚体験は、彼女とは違い、けっこう楽しいものでしたが、

先述のように、他の人間でない種族の体験もあるので、

人間に刈られる恐怖…も、実感済みでした。


だから、彼女の体験を何かの枠にはめて答えを出す気はなかったし、

彼女の気持ちを無視して、

効率よく「浄化」するような気持ちにもならなかったのです。


邪魔をしているから癒す、とかの感覚じゃ、納得できない…


その記憶(体験)は、

この人生に生かしていきたい何かを携えているのじゃないかな、

と、思ったのです。


つまり、今の彼女にとって、何か大切なメッセージがある。

そして、それは準備ができたときに、

彼女の内から、はっきりと湧き上がってくるのだ。


彼女の人生を牽引する、方向性、あかるい何かとして。



…繰り返しますが、これは今だからまとめられることで、

その当時の私が、

ここまで論理的にわかっていたわけじゃないのですけど。


ここからは、ふたたび、私の話に戻します。


☆☆☆


冒頭に書きましたように、

私は、どこかで、「人間には理解されない」と思っていましたし、

人間の愛というものを信じていませんでした。


いえ、正確に描写するならば、

それ(人間の愛)はあるけれど、私には向けられない、

という具合でしょうか。


「人間に、それ(自分への愛や理解)を求めてはいけないのだ」

と、どこかで、しっかり思っていたのです!


これも、ひとつの立派な観念になること、

みなさんならもう、お気づきですね~(笑)



☆☆☆


似た体験を繰り返しながら、

自分でそれを選んでおきながら、

「仕方がないんだ」って、あきらめる。


自分の信念を強化して…。


求めちゃいけないんだ。

理解されることなど、ないんだ。



それでも、「普遍の愛」があるから、

わかってくれている存在、が私の中にあるから、

それでいい…!


そうやって、心の中では悲しげな顔をして、

自分の中で、歯をくいしばる。



なんのためにこんなことを???o(・_・= ・_・)o



人は、人に愛されていいんじゃない?

ここで、愛し愛されてもいいんだよね。



…「法則では、自分が先に、愛さなきゃ、だめなのよ!」

と、言う人がいるかもしれません。


それは正しいのですが、私が今話しかけているのは、実は、


「愛をたくさん投げかけているのに、

人間のことも愛しくて愛しくて、それを持て余すくらいなのに、

自分は、人間からは愛されない(除外される)と信じている人」

への言葉なのです。



以下、この記事を書くにあたり、私へやってきたメッセージです。


☆☆☆


愛を意識しないくらいが幸せかもね


満腹のとき、食べ物のことをそれ以上考えられないように(笑)


人は、“愛されていない状況”を、

自分への促しとして使う…


自分の中にあるものを、思い出すために



愛を、努力して得るものだと思っていない人は、

愛されて当然という感覚で生きている。


“当然”というのはなかなか神秘的な状態…


見回せば、自分たちの周囲に“当然”は、たくさんあるのだけど(笑)


ある者にとっての“当然”は、

ある者にとっては“努力しなければ得られないもの”になっていく



「魂(=愛が当たり前)」にとっては、


“愛されないなんて、ちょっとワクワクしない?”


と、思って、その体験をしてみたかもしれないよ


☆☆☆


私の心の鐘が鳴りましたのと同様、

どなたかの心に届きましたら幸いです


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