BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

魂の同窓会~死んでもなくならない~

こんにちは!(*^.^*)


今日は、私の意識の一部が、どっかでお仕事してる?

と、けげんに思うほどずっと眠くて眠くて…

むしょうに食べたくなるものとかも、すご~く変!!(笑)


今朝の夢との関連を考えても、

うーん、ありえなくもないなぁ~

なんて、思ってます。


パソコンに向かっても、前日までの流れに沿った、

用意していたテーマの記事が驚くほど書けず…(;´Д`)ノ


「書ける(言葉が出てくる!)」とわかるのが、この話題なんです↓


私たちが「死」と呼ぶ、

意識のフォーカス切り替え♪にまつわる話



ええ…これについて、最近の気づきをまじえて、お話しします。


☆☆☆


私は、「死のこと」についての連載記事でも書いたのだけど、

昔から、自分が死ぬということについては、恐怖がなかったのね。


ただ、心底怖れていたのが、「別離の恐怖」


自分の愛する人たちがこの世を去って、

私はまだこの世界に残って、生きる…それは耐えられないと思っていた。



私は、あるときを境に、

「存在(Being、源)」としての自己だとか、

そこから見て「死はない」ということとか、

その認識ははっきりとあったのですが。


正直言って、この別離の恐怖は、

だからといって無くなってはいなかったんです~。


このブログをよく読んでくださっている方はご存知のように、

私はときどき、


亡くなった後にそのことに気づいてない方や、

死後も何らかの事情があって、エネルギーがあるところで留まっている方
を、

「ご案内」するような体験をしています。


そういう体験があっても、(むしろそれらの体験は特例という感じで…)

亡くなる=その人のパーソナリティとはお別れなのかな?

と、疑う気持ちがありました。


亡くなった方からの「メッセージ」を受信することはあっても、

それは思いがけず受け取ったうれしいメールみたいなもので…。


そこらへん、よくわかっていなかったんですね~。



スピリチュアル、精神世界の中でも、死後については、

色々なことが言われているでしょ。


私が、これは間違いないと知っているのは、


私たちはたった今、この瞬間も多次元にまたがる「存在」であって、

「霊」という呼び方をするならば、私たちは今も「霊」なんだよね。


ただ、

「身体や、物質という体験にフォーカスを絞り込んでいる部分」

のみを“体験している”と自覚している・認めている(笑)ので、

当たり前のように、人間だと思っていられる!



…説明がややこしいかな(笑)


あなたの気づいていない部分も含む「自己」は、

物質世界を体験しているたくさんのパーソナリティだけでなく、

物質に依らない多種多様な存在も同時体験しているわけですよ~。


その上、それらの個別の存在それぞれが、相互に交流しながらも、

「独自性」を保っているっていうのがすごいところ!!



このあたりの意識の話…は、最近さらに理解が深まったので、ハート

また後日、くわしく書こうと思っています。



ただ、大きな「意識」のあり方に気づいたとき、わりとよく耳にする考えが、

「個」は幻想であり、存在していない、

死んだら大いなる源に還ってひとつになるのだ

…みたいなもの。



最近はっきりわかったことは、実はこれについて!!芽


今あなたが体験しているパーソナリティ(個性ある自己)、

今のあなたと認識しているあなたも、なくならない、のね!!きゃー


どの自己も、存在し続ける。

キャッホー(笑)キラキラ いえー



…補足しますと、私は、存在するとかしないとか、

「リアル」とか、「リアルじゃない」という言い方はどう用いるか、

それはどういうことか…
というのを、今まで何度か説明してきました。

(☆最近だと、この記事がそうです→「非二元について、次元、階層の話」



ここのところ、大切なので、しっかりお伝えしたいのですが。


あなたの意識のフォーカスが変わったとき、

より大きなアイデンティティーとしての自己に気づきやすくなります。


ほんとは今でもそうできるんだけど、

この現実体験にフォーカスできなくなるとまずいから、

自分でちょうどよいように絞り込んでるのだと考えてください。




そのような認識になったとしても、

今「自分」と認識している自分が消滅したり、

パーソナリティや存在そのものがなくなるということは、ないのです。



ただね…こんな風に想像してみて。


あなたが「存在」として広い視野、より広大な意識で活動するときに、

たとえばこの人生でいう「過去」のように、

この特定の人生での自分、というものを、

あまりリアルに感じなくなる、ということはあるでしょうね。



思い浮かべてみてくださいね。


たとえば、あなたの過去に、幼少期、幼稚園時代があるかな?

小学校で一緒だったみんなのことは覚えてる?

中学、高校時代はどうでしょう?


どれも、間違いなくあなただったのだけれど、

今のあなたとは違う、という風に感じませんか?



そして、そこでまじわった人々についても、


中には、今でも仲良い人もいるでしょうし

そのときの人々同士の関心が続いていれば、集まることもあるでしょうし


あなた自身が、もうそこに関心がなければ、


別に、「あのときの誰々が存在しなくなった(いなくなった)!」

なんて感じないまま、お互いに存在していると知っていても、

ただ興味が無いので、それぞれの人生を歩んでいるものですよね。


(お別れという意識より、会おうと思えば会える…

という感じが、あると思います。)



また、記憶の中では、思い出は生きているし、

これまで全部の経験を現在の自分に「活かすこと」すら、できますよね。


そのように、


あなたがより大きな自己のアイデンティティーにフォーカスしているとき、

人間として体験した多様な人生を、

今の私たちがこうして感じているように体験し続けるのではなく、

他にも関心ごとがあって移っていく…という感じです。




もうひとつ、たとえを挙げます。



あなたが、たくさんの劇に出演してきた俳優だとします。

「配役」のどれもを覚えていますが、

あなたは「配役それ自身」ではありませんね。


でも、そうしたければ、


「ねえねえ、19世紀ヨーロッパの、あの劇、よかったねぇ~」

「ああ、私は○○○○っていう役をやってさ~」

「そのときあなたと関わった○○役の、私だけど」


…みたいな感じで、俳優たちの間でも、

様々な「合意の劇」の中でのアイデンティティーを用いてでも

コミュニケーションができること、想像できますよね??(笑)


「劇」も、「劇中の登場人物」それ自体も、「消滅」はしないでしょ?



そうしたければ、

そのときのキャラクターを用いてコミュニケーションをとることもできる!(^∇^)


あるいは…


自分の一部でもある、

ある「個(キャラクター)」それ自身の、多次元での成長を見守り、

サポートする存在の方に意識を移すこともできちゃう。


つまり子供を産むように、より大きな自己の観点から、

あなたはあなたの個を育てているんです。


子育て、じゃなくて、個育て!!

笑って~!!(笑)(≧∇≦)


なんだかうひゃーってなってきました?

あなたの存在の多次元性と、無限性、感じてきた??キラキラ☆



そんなわけで、私はまるで啓示のように、

ある日このことにハッと気付いたとき、


「別離の恐怖」がはじめて癒されました~!!キラキラ☆


(個人的には、「これを思い出すの、まにあった!」って、思ったよ 笑汗☆



ああ、なくならないじゃん!どの自己も!

うわー、なんだ、本当に、舞台が切り替わるだけだね。

そうしたければ「この個性や記憶」を使って、

絆を作った愛しい存在たちと交流することもできちゃうんだ。


すごいね!!


☆☆☆


そんなわけで、もしもあなたが、


死による、別離の恐怖におびえていたら

その悲しみに胸を痛めていたら


思い出してバラ

何も、なくならない

ほんとうに、なくならない!

今も、あるように



★スピリチュアル・カウンセリングはこちらから♪

「個人セッションのご案内」


読んでいただきありがとう~
クリックよろしくお願いします☆

精神世界ランキング

サイトポリシー
Copyright©2011 BEATS AND LOVE All Rights Reserved.