BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

金の窓・魂の目

こんにちは!


今日で3月も終わりですね。

大好きなバリ島では今日がニュピ(バリ暦の新年)だと知って、

おお、ここ最近感じていた「古いものが終わり、新しくなる」の流れは、

こんなところともシンクロしていたのかー!

と、わくわくしました(笑)(*^▽^*)



それもあって、きのうの夕方は、

ネットでバリ島の色々な情報を探してみました。


ローカルの景色とか、オゴオゴのこととか、

ランダムに見て楽しんでいたのですが。


その中に、旅行関連のサイトもあって。

バリ島の観光地の中でも、高級リゾート地区の写真で、

はっとするようなすばらしい景観のところが掲載されており…


海に面しているヴィラのようでしたが、

水をたたえたプールがそのまま海に続いていて、

昼間の写真だったので、青空と、青い水と青い海が見事なコンビネーション!


夢のような美しい景色に、思わず、見入ってしまいました。



その後のことです。



夕飯の支度をしようと思い、パソコンを終了してキッチンへ。

部屋に入って、いつも食事に使っているテーブルがある一角を見ました。


すると、昨日は雨だったのに夕方頃、一時的に晴れ間が出て、

けっこうぴかーっと明るい、荘厳な景色になったんですよね。


その名残か、薄闇になる時間帯の空気の色も、独特のブルーで。



まだ布のカーテンを閉めていなかったので、

ベランダからレースごしに、その外の光が差し込んで、

食卓のある一角が、青く透き通って、照らされていた。



その景色に、私は、はっとしたのです。



さっき見た、バリ島のリゾートの、夢のような景色のブルーと。

今見ている、家の中で目の前にある、この青い景色と。



おんなじだ。


まったく同じ美しさ。


ここにもあったんだ。



いつもの椅子とテーブルに壁、という一角を、

思わずたたずんで、見とれてしまいました。



そして、夢か現実かわからないようなおぼろげな感覚になり、

「私、いつからここに住んでいるんだっけ?」

と、考えました。


それは本当に、「あらためて不思議に思う」という感じ、

急に見知らぬ夢に降り立ってしまったかのよう。


心の中で、

「えーと、ここでもう、夏は過ごしたんだっけ?」

と確認してみたりしました。

そのくらい、この中にいることが、妙に不思議でした。



その後、思い出したある話があります。



小学生の頃持っていた、

童話が集められた本の中にあって、好きなお話でした。


「金の窓」が出てきます。


記事を書くにあたって、調べてみたら、

鈴木三重吉さんの「岡の家」という作品でした。


お話の舞台設定が外国なので、

子供の頃は、外国の童話だと思ってましたよ~。



◇こちらのサイトに全文が載っています↓

☆青空文庫 鈴木三重吉「岡の家」☆


短いお話なので、読める方はぜひ、原文をどうぞ。



あらすじは、ある百姓の家の男の子が、毎日家の手伝いをしながら、

夕方に決まって眺めていた家があります。


岡に上がると見える、向こうの岡の家で、

その家にはきらきらと光る金の窓があるのでした。


1日お休みをもらった日、男の子はパンを一切れ持って、

あの金の窓の家まで行ってみることにします。


たくさん歩いて、やっとその家に辿りつくのですが、

どこにも金の窓はありません。

ただの、ガラスの窓がはまっていただけでした。



そこの家のお母さんは、男の子の話をきいて、

うちは貧乏な百姓ですもの、窓に金がついているわけはありません、

でも金よりもガラスの方があかるくていいんですよ、


と言って、牛乳とパンをくれると、同じ年頃の娘を呼んで、

一緒に遊ばせてくれます。

質素な身なりですが金いろの髪に青い目の女の子です。

ふたりは仲良くなり、男の子は金の窓の話をします。


すると女の子は


私も毎日見ていますよ、

でもあなたはあべこべの方へ来たんですわ、

と言って、ちょうど今見えますよ、と金の窓を指差します。


「あんなところにもある」とびっくりしてそちらを見ると、

それは男の子の、自分の家でした。



男の子は夕暮れの中を急いで家に帰ります。

家の窓からは、ランプのあかりと、炉の火が黄色く赤く輝いていました。

家族に迎えられ、自分の家にも金の窓があったとおそわってきました、

というお話。


☆☆☆


このお話から、教訓めいたことを書きたいわけではなくって。(*^.^*)


ただ、先述の体験から、

まるでこの通りだな、ということを思ったのと…



それから、


「幸福(豊かさ、愛、etc…)とは、このように、“ここ”にあるものなのです!」

という考えから一歩すすめて、

(それはまぁ、心得ている方が多いでしょうから…、)


私は、あらためて、こんなことに気づきました。星



幸福とはどこか遠くにあるものじゃなく


当たり前にあるというくらいの


幸福な状態が定常だという心構え


それを持っているかどうか。



…それは、こういうことです。


幸福を、「珍しいもの」、

「取ってつかまえ、保護しなきゃいけないもの」、

と考えていたり、


「自分が勝ち取り、獲得しなければならないもの」、

と思っているならば、


幸福ではない状態が定常(ふつう)で、

幸福とは降って恵まれるもの!

運よく恵まれたとしても、容易に取り去られるもの。


と、信じているということです。



そうなると、

幸福に条件(一定の型)を着せて、

はるかかなたに祭り上げ、

幸福の「手に入り難さ」を味わうというゲームをしているかのよう。




…こんな根本のところから、ひょっとして、

余分なものをインストールしていないかな?



これは別の記事にもしようとしていたのですが、

「支配・服従」の観念というのがありますよね。


誰もが実のところ、

誰の・何の支配下にも置かれていないのですが


そう考え、信じることもできるし、

それを体験することもできるのですよね。


魂の目を忘れることができればね。星




★vanillatreeのスピリチュアルカウンセリングはこちらです
「個人セッションのご案内」

お読みいただきありがとう!^^
クリックどうぞよろしくお願いします♪

精神世界ランキング


人気ブログランキングへ


ありがとうございます。にっこり

広告を非表示にする
サイトポリシー
Copyright©2011 BEATS AND LOVE All Rights Reserved.