BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

人に影響を与えるのを怖れない

こんにちは!

春うららかな日差し…と思いきや、ひさしぶりに今日はきりっと寒かった!

つめたい風もびゅーびゅー。


今日の内容は、私自身が、ブログを書く(書いて表現する)ということや、

セッションでクライアントさんと向き合うことでも学んだなぁ~

と、思うことです。


もちろん、日常の中でも同じテーマがあったわけですが。星



その内容を文章にして、お届けします。



やさしさという飴玉に、

“自分のおびえ”をこっそりくるんでいることがある。


甘くやわらかいテイストの中に、隠されてしまっているものは何か…


☆☆☆


それぞれの意識が、それぞれの現実を創っていて、

どの存在の中にも、創造の力、

すばらしいきらめきがあるのだとお話してきました。



これにより、本当にわかるようになったことがあります。



それは、

「相手の力を信頼する」

ということ。



相手の力を信頼していないと、

責任を負いすぎることがあります。



自分が他者に与える「影響」をおそれるあまりに、

オブラートにくるんだり、

「中立であろう」として言葉を選びすぎたり、余分に言葉を足したり、


結果として、あたりさわりのないことばかり言うこともある。



「自分自身の力、自分が選択しているということ」

…そこに気づくと、

それぞれの存在もまた、同じ力を持っているということに気がつきます。




「他者へ影響を与える怖れ」

に、とらわれていませんか?


他者もまた「無防備」なわけではないのです。

どの存在も、自分の現実を選択しているのです。


何を受け入れ、何をそうしないか、決めています。



たしかにあなたは他者とつながっていて、

それぞれが相互に影響していますが、


自分ひとりの影響をまた、そんなにも「重く」考えないでくださいね♪



たとえば、子育てをしている最中だったら、

あるいは…すでに子育てを終えた方でも、

思い悩むことがあるかもしれません。


私の影響が、どれだけこの子に出てしまったのだろう?



でも、思い出してください。


お子さんも、やはり、一個の「存在」です。

どんな風に見えることでも、その存在が合意しなかったこと、

許可しなかったことは起こりません。



大切なのは、

「どんな影響を与えてしまったか」とおびえたり悔やむことではなく、

創造したものから、相互に学ぶことなのです。



相手を無力と見ないでください。


あなたが、自分に力があるとわかると、

他者もまた、力があるのだとわかります。



そうすると、あなたは自分を「防衛」する必要もなくなります。


他者を「守って」あげる必要がないのと同じように。


☆☆☆


あなたは、気がねなく、あなたの表現をしていいのです。



史上の有名人を出すのはあまり気が進みませんが…、

たとえとして浮かびましたので、イエスやシャカのことを考えてみましょう。


彼らが気づいていた、その心の境地を、

もし、「ただ安らぐ」ということで満足し、生まれ落ちた場所で生活を送り、

他者とは最低限しか接触せずに、日々瞑想して過ごしていたら…?



それはそれでおだやかな人生だったかもしれませんが。



彼らが「行動的」になり、

他者と積極的に関わったのは、なぜでしょうか?


当時の背景からすれば、その教えは「革命的」に見えたかもしれません。


少なくとも、その時代の「メインストリーム」であった考えよりは、

かなり、はみ出ていたことでしょうね!


それでも彼らが行動したのは、

「表現」せずにいられなかったのはなぜでしょう?



ただ、内から湧き出るものに忠実であったからではないでしょうか。


彼らが、彼らであったからではないでしょうか。



「時代が受け入れてくれるかどうか」とか、

「他者にどう思われるか」が、

行動規範でなかったのは確かだと思います。


(そこを汲み取り、わかりやすく教えたということはあっても。)


☆☆☆


クライアントさんにどう思われるか、心配していたら、セッションはできません。


読者の方にどう思われるか、不安があったら、

書いていても本当の気持ちから言葉が迂回してしまうかもしれません(笑)


人からどう見られるかが気になっていたら、

あなたの純粋な表現は「変化球」になってしまうかもしれませんね。




人に対する配慮や優しさのつもりで、

「自分を防衛」していることはないでしょうか。



私は、ありました。


そして、気づきました。


あぁ、私は、そんなに自分が人に影響を与えると思っているのかな?

と。


その答えは、

「影響を与えるけれども、与えない」

なのです。


最終的にはどの存在も、それぞれが選ぶのです。


☆☆☆


私の敬愛するセラピストに、ミルトン・エリクソンという人がいます。

(ときどき記事でも出しました。故人です。)


私は彼の手法をどこかの誰かから学んだとか、

その流れを汲むスクールに通ったとかではなく、

ただ、自分の興味の流れで、色々と彼についての本を読みました。



ミルトン・エリクソンは文字通り「天才」のセラピストでしたが、

彼のやり方は、ときに「操作的では?」と批判されることも、あったそうです。


ちょっと専門的な話になりますが、一方で、同じく有名なセラピストの、

カール・ロジャースという「クライアント中心」式のセラピーと、

対比されることもあります。


私はカール・ロジャース本人から教わったことのある海外の講師と、

一緒に仕事していた時期が長かったので、

カール・ロジャースのやり方についてもふれる機会がありました。※


(※おおざっぱに言いますと、クライアントを受容し、

セラピストはそれに沿っていくというやり方です。

ミルトン・エリクソンも、「クライアントに力がある」と見なすことは一緒ですが、

彼の場合は指示を出したり、色々な提案をしたりと能動的に働きかけます。)



どちらが「正しい」とか「良い」とかではなく、

私個人の性質もあって、感じたことは…



「相手にゆだねる」

やり方ばかりに傾いてしまうとき、


それは場合によっては、「自己防衛」

「自分の責任の回避」につながることもあり、


同時にそれは、「相手の力を信頼していない」

ということにも、つながるのだ、ということです。



信じているからこそ、出せるものがある。



ミルトン・エリクソンの行った「事例」を見ていると、

相手に、「表立って考えさせずに、考えさせる」

ことのできた人なのだなとわかります。


(相手の、「わかっている部分」に語りかけることができるということ。)



答えも、力も、相手の内にすでにあると知っているからこそ、

それを前提に、

「自分のインスピレーションに従って、引き金を引くことができる。」


自分の与える影響を、

相手が、相手なりに使っていけるということを、信頼しているのです。




私は、長いことそうありたいと思いながら、

どこかでやっぱり怖れてしまい、「私である表現」に、クッションを入れていました。


今ではだいぶ、怖れがとれたことがわかり、

望む姿勢に近付いてこれたと思います。^^



それも、こんな風に、ブログを読んでくださり、

ときには言葉を返してくれる皆さまがいるおかげです。


見る人がいると意識する、ブログという「場」を通して、

自分を眺めることができました。


今日の記事も、誰かの参考になりましたら幸いです



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