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真実にご用心

こんにちはー(^∇^)


すでに、ゴールデンウィークに入っている方もいらっしゃるかな?

GW中のスピリチュアルカウンセリング、まだ空きがございますので、

この機会に!とひらめいた方がいらしたら、ぜひお申込みくださいね♪



さて、☆昨日の記事☆のコメント欄で、

greenさんがくださったご質問へ、ご回答をしました。えんぴつ


パラレルワールド(並行現実)」について、とても基本的でありながら、

私たちにとっては重要な違いを生む点についてのご質問だったと思います。


簡単にいえば、パラレルワールドがあるのはいいとして、

どのパラレルを体験するか、自分で選べるの?」

ということですね。

(答えはコメント欄をご覧ください。)



今日の記事ではこの流れから、

「真実」について、書いてみようと思います。


タイトルは「真実にご用心」です。


☆☆☆


前回の記事 を読んで、内容を理解してくださった方なら、

混乱する気持ちもまた、生まれたかもしれません。


色々な並行現実、様々なヴァージョンの私(世界)があるのなら、

一体、真実ってどうやってわかるの?

と。


すでに、前々回の記事「歴史はひとつだけじゃない」の回から、

この疑問を持ってくださっている方がいると、うれしいのですが


疑問を持つというのは、理解への大切なエッセンスですから♪キラキラ☆



ちょうど、記事では「歴史」を例に挙げましたので、

そこにフォーカスしてみましょう。ハート


私が昨日の記事で書いた「武将さん」のお話では、

ふれなかったことなのですが、

たとえば、歴史の中で語られていることが、完全な間違い

であることも、あります。


要するに、情報が誤って解釈されていたり、

改ざんされていることもあるし、

単に、他の事実があることを発見していないということもあります。



私たちは、「今体験している現実」のもとで、真実が何か、

それを見極める(識別する)ことはできます。※


(※例です。たとえば、AさんがBさんを殺したとしましょう。

AさんがBさんを殺すことを思いとどまったとか、

Bさんが別の行動をとったとか、幾多にもある色々な違いで、

AさんがBさんを殺さなかった並行現実もあります。

けれども、Bさんが殺された並行現実においては、

Aさんが殺したという事実はあるわけです。)


その意味で、

歴史で語られていることに、「誤り」を見つけることもあるでしょう。


たとえば、この現実にいる私たちにとって、

日本に原爆が落とされた過去があるという「同意(事実)」。

この出来事が、急に歴史から無いことになったり、

変わってしまったりは、しませんね。


ただ、その一方で、

並行現実を理解されている方なら、

当然、「原爆が落とされなかった日本」という世界も、

存在しているということに気づかれると思います。


このように、「真実」という言葉は、そう単純ではありません。

「真実」という言葉の奥深さに、気づかれたでしょうか。


☆☆☆


私が長年、書きたかったけれども書き控えていたことに、

イエス・キリストの話があります。


私自身のこの人生において、私は、

イエスが十字架にかかって処刑されたというお話を、

信じたことは一度もありません。


それは直感とか、ただ湧いてくる違和感というほかなく、

こういったスピリチュアルなことに目覚める前から、

聖書や一般に信じられている「あの話はおかしい」と、感じていました。


私はキリスト教徒ではありませんが、

聖書や、キリスト教に関わる機会は、わりと多い方だったと思います。

ブログを最初からお読みの方はご存知の通り、縁あって、

「ア・コース・イン・ミラクルズ」を独学していたこともありました。


それでも、ずぅぅぅぅぅっと、イエスは十字架にかかっていない、

それは歪められた話だ、と、
知っていました。


まして、

自分自身の「スピリチュアルな見方・魂的現実」を思い出してからは、


イエスのように「私」が何であるかを自覚していて、

意識の使い方に熟練しており、人々にそれを教えていた立場の人に、

あの「お話」は、どうやってもありえないのに…


との確信をますます深めていました。


キリスト教が打ち出すイエス像、

「自己犠牲」の概念自体が、とても残念に思えたものです。



そしてあるとき、出会った情報がありました。

私の心が示す真実、自分と共鳴するイエスについての歴史は、

この本の中に書いてありました。


「セスは語る」

セスは語る―魂が永遠であるということ
ジェーン・ロバーツ ロバート・F・バッツ 紫上 はとる
4931449034


2冊目の「個人的現実の本質」という本ともども、

私のお勧め書籍としていつも出していますが。^^


この中で、イエス本人が十字架にかけられていないことと、

それがどういう状況だったのかということが、説明されています。


そして、以下に私の言葉で書くことは、

セスの本の中でも述べられているのですが…。



実際に起こったこと(真実)が何であれ、

人々が、「これが真実なのだ」と信じた内容は、

真実と同じほどの効力を持つのだということ




「内面的ドラマ」が、実際の出来事よりも、意味を持つということ。


たとえ、イエスが十字架に磔になって処刑されていなくても、

人々がそうであると「信じた(合意した)」ドラマの筋書きの方が、

当時の人たちにはインパクトを与え、後世に語り継がれ、

残ったというわけです。


それは、イエスが実際に教えた部分と独自の形で混ざり合って、

ひとつの文化を成し、潮流を作ったのです。



そして、この現実の私たちは、

そのキリスト教の観念が生きている世界にフォーカスしています。


その意味で、それ(十字架にかかったイエスというお話)は、

もはや独自のリアリティを築いており、

「真実であるか・ないか」という議論が意味をなさなくなるレベルまで、

成長したとも言えるのではないでしょうか。


☆☆☆


「真実」に対しては、用心深くあってください。


それは、あなたの内から湧くものを疑うという意味ではありません。


むしろ、あなたの内から湧くよろこばしいものを信頼して、

それに沿った真実を見つめてみましょう。星


「世の中」では、それがにされているかもしれません。

あなたの内側から湧き出るものよりも、

外にまず、絶対的な「真実」があり、

それを信じるのが当たり前とされているかもしれません




あなたは「創造者」であるということを思い出してください。

(関連記事「磁力、創造のサイクル」



…それって、私が見たいように見てもいいということ?

自分本位に、恣意的にならないかな?

なんだか、おそろしく思えるのだけど…*1


もし、これがおそろしく思えるとしたら、

「私」とは何か、

自分の内側とは何かを、忘れてしまっているからです。


あなたの心に湧いてくるもの…

それがどこからやってくるかを、自覚していないからです。


あなたの内にある最も強い力は、

「存在」としてのあなたの本質に沿った力です。


いちばん自然な、素直なあなたを決して見くびらないでください。

「真実」を教えてくれますよ☆


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