BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

助けたいという気持ちを断念できますか?

はろー(・∀・)/

今日はこちらは、思いっきり初夏!って感じの気候でした。

みなさまいかがお過ごしですか~。



私は、しばらく前から、あるメッセージを受け取っています。

そして、“日常体験”の中でも、

実践としてそのことに気づかされるようなヒントがやってきていました。


今日はその内容を書きますね。(*^.^*)


タイトルは、「助けたいという気持ちを断念できますか?」です。


☆☆☆


ヒーラーやセラピスト、カウンセラーだったり、

そういうお仕事の経験あるいは勉強をしているわけでなくっても、

日常のなかで人を癒すことに興味や情熱がある人たちが、

私のスピリチュアル・カウンセリングにはけっこういらっしゃいます。


ブログの読者さんの中にも、そういう方がいらっしゃると思います。



生きていて自然と、根っから、そこに興味がいくのですね。

私自身もそのタイプなので、お気持ちがよくわかります。



それが今回の人生の中心的な興味になっている場合、

自分でほどこした、「体験プログラム」と言うのでしょうか…


自分自身で、人生の早い時期から、

「自分を癒す必要のある体験」をしてみて、実際に経験して、

自らそれを乗り越えることで実践勉強をしていたりします!(笑)


少なくとも私の場合、そういう自身の体験を培ったことが、

どんな「勉強・知識」よりも活用できるリソースになり、

今、役立っていることは、言うまでもありません。


それは、誰かに自分の体験をそっくり投影するという意味ではなく、

詳細や、うわべの状況はちがっていても、

本質的なところで何が起こっているか理解できる、ということです。



そして、最近私が受け取っているメッセージでもあり、

ようやく本当の意味で実感できるようになったことは、


「助けたいという気持ちを断念できるか?」

ということが、ポイントになるのだということです。


☆☆☆


そのメッセージにはっきり気づくきっかけは、

意外なところからやってきました。


少し前の記事、「実際に体験したい?それとも夢に見ていたい?」

の中で、トーベ・ヤンソンムーミン谷シリーズの小説を挙げました。


私はこのシリーズの小説を全巻、ご紹介した文庫で持っており、

どうもこのところ、1冊読んではまた1冊と、間はあいても、

読み返したくなる衝動がたてつづけに起こっていたのです。


そしてそのたびに、あらためて目を見開いてしまうほど、

そこには豊かな叡知が込められていることに気づくのでした。


今日はこの1冊をご紹介します。


ムーミンパパ海へ行く」

ムーミンパパ海へいく (講談社文庫 や 16-7)
トーベ・ヤンソン 小野寺 百合子
4061381113

新装版はこちら↓

新装版 ムーミンパパ海へいく (講談社文庫)
トーベ・ヤンソン 小野寺 百合子
4062769387


私がこの物語を最初に読んだころは、

この本の良さが、本当にはわかっていませんでした。


それなりの感動はあったのですが、

他の物語にくらべると、なんだか暗い話だな~との印象が強く、

すこし重苦しい本という気すらしていました。


ところが、歳月が経過して、あるとき読み返して以来、

この物語の魅力と奥深さに気がつくことになります。



そこには、私たちの固定された「ほのぼのイメージ」の、

ムーミン家族はいません。


それぞれのキャラクターの性格は同じなのですけれど、

それぞれの「暗い側面」や「葛藤」も描かれます。


彼らそれぞれの思い、悩み、家族のバランス…

そして周囲の自然や、人間(精霊たち)との関わり。


この物語では、ムーミンパパの思い入れから、

家族はムーミン谷の居心地のいい我が家を捨てて出航し、

海の上にある島の「灯台」に住みつくことになります。



こんな風に「物語」で、

(しかも主人公はムーミン達であり、「人」が出てこないというのに)

人間の心の深淵を、こうも描けるものなのか…


と、私は心底驚嘆し、読むたびに発見があり、

何度読んでも感動の波が押し寄せてくる作品なのです。


今日は、本の内容が記事の本題ではないので、

お薦めとして挙げておくだけに、とどめます。



私が、これらムーミン谷シリーズの小説を読み返すことで、

浸透してきた気づきは、


そこに描かれている、抜群の、人間への信頼とバランス

と言えばいいのでしょうか。


物語の中に描かれている彼らは、誰かのことを


どんなときに何としてでも助けて、

どんなときに手を出しちゃいけないか をよく知っています。



介入すべきときと

見守るだけにとどめるときの違いを心得ており、

その距離感が抜群なのです。キラキラ☆


また、こういうときはどんな励まし方が有効か…とか、

そっとしておいてほしい人にはそっとしておいてあげるというマナー。

その感覚もすばらしく、


ムーミン谷には、けっこう気むずかしい人や、とげとげしい人、

臆病だったり、ひと癖もふた癖もある変わり者がやってくるのですが、


それでも彼らはその性格を尊重したまま、

(ときにはなやんだり、喧嘩をすることがあっても、)

共存しているんです。


そして、そうこうしているうちに「あっ」と驚くような、

相手の美点や才能がわかったりもするんですね。ニコ


☆☆☆


こうして、私は生活の中のさまざまなインディケーション

(示唆やしるし)のおかげで、

自分の中に築かれていく新たな態度に気づくことができました。芽



「助けたい!」と、強く思うこと。


それが自然に湧いてくることを否定する必要はありませんが、

今の私は、がむしゃらに「なんとかしたい」と思ったり、

「こうなってほしい」という願い は、持たなくなりました。


下線をひいたところは大事なので、意味を詳しく説明します。バラ


それは私が、ヴィジョンを持っていないという意味ではなく、

むしろヴィジョンを確信しているからこそ、願わないんです。


それぞれの持つ力を、わかっているから。

大丈夫だって、確信しているから。



「願う」というのは、「それが実現しないかもわからない、

不確定なので、念ずる、願う。」という側面があります。


「知っていること」については、「願う」ことができません。



「助けたい!」という気持ちが、切に切にのぼってくるとき、

よく見れば、そこに「力の欠如」を信じていることがあります。



私は決して、人の心の中に芽生える「助けたい」という気持ちを、

否定するわけではありません。

それは尊いものだと思うし、実際に何かを変える力があります。



ただ、そのときに、「不足・欠如・痛み」

そういったものが動機になっているなら、錯覚が混じっているのです。


そういうとき、見るべきなのは、

「外の状況や対象となる人」なのではなく、

自分自身の心なのです。


私が、何を信じているか。



自分の中でそれがほどけたら、ちょうどいいバランスがわかります。

自分にできることは何なのか、不必要なことは何か。


たとえば、あなたの心が重くなりながら、

なにか負担を感じながら、

「必要とされている」と思って手伝ったり、

義務感を感じて助けたりすることは、おすすめしません。


また、罪悪感から「助けなければ、何かしなければ」と思うのも、

アンバランスです。


そういうときは自分の心をよく見てみてくださいね。


その識別ができるようになると、違いは大きいですよ。キラキラ☆


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