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スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

本心をそのまま慈しむことに慣れよう♪Day4

こんにちは!


今日は4日目、「本心をそのまま慈しむことに慣れよう」をテーマに、

お届けします(*´∇`)ノ♪


☆☆☆


「本心をそのまま慈しむことに慣れよう」

という今日のタイトル、別の表現に変えると、


「観念を調べる作業は 魂の声に沿って行おう」

と、言うこともできます♪キラキラ


これはね、私たちがもし、自分の本心の中に…

「否定的なものや、正しくないものがある」

という風におそれてしまって、


自分自身に、自分の正直な気持ちの一部を隠したり、

自分の中には「OKなもの」と「OKでないもの」があると分け始めると


まるで「自分自身とつながってない」ような感覚になってしまうんです。



自分自身のことなのに、一見わからない、見えない、

あたかも感じることができない領域をつくってしまいます。



なので、観念を見る作業をするときには、バラ

自分の本心をそのまま、愛情深く慈しむ

という姿勢を大切にしてください。ハート



あなたにふだん影響を与えている、

どこかの…誰かの…価値観、とか、

家族に…外に…社会に…通用するか否か、とか、

そういう、習慣的に採用している基準(ものさし)にも、

あなたの本心を見るときには、邪魔させないようにしてください。



たとえば、あなたには何らかの望み・希望があるのに、

それ自体を、

「私は○○できない」と、信じていたとします。



私が、スピリチュアルカウンセリングでときどき目にするケースでは、

この、「私は○○できない」自体を、真実として

(要するに、自身の決まった運命や、神の意志・魂の声として…)

受け入れるべきなのか!
と、悩んでいる方がいらっしゃいます。


ウォーニング!(注意)ですよ☆(^∇^)


「私は○○できない」

これ自体も、観念 です。

はい、単に観念のひとつです☆


まずはそこに気づきましょう~♪ヾ(@°▽°@)ノ



自分が望んでいることや、素直な本心の、

本質や詳細、中身を掘り下げるという形で

それを深める
ことはいいですが、^^


望んでいること自体をしつこく疑ったり、

否定したりは、決してしないこと!



本当にそれ望んでるの?間違ってるんじゃないの?

それって本心なの?気は確か?

そう思ってること自体が間違ってるんじゃないの…ねちねち

という風に、自分をいじめないでくださいな。(;´▽`A``


何かが出てくるたびにこういう「尋問」を自分にやっていると、

「魂の声」が聞こえづらくなってしまいますよね…。


こんな基本的なことが、

足かせになっていることがけっこう多いんです!



このテーマに沿った私の例をお届けします。


☆☆☆


私は、今のような活動、

スピリチュアルカウンセラーとして仕事をすることに、

けっこう長い間葛藤がありました。


今のブログを始めるよりずっと前、

セラピーであったり、エネルギーヒーリングであったり、

同じ質のことを、別のやり方で表現していたときから、

同じベースの葛藤を持っていました。



今ならばわかるのは、

私は、私の本心を慈しんでいなかった。

その正当性を疑っていたからこそ、起こった葛藤なんです。


どんな風に「心の中で対立」していたのでしょう?

それは、こんな内容でした汗


「私」の意識の中に、世界も、他者もあるということは

私が人を癒したいと思ったり、手伝いたいと思ったりすること自体が、

「癒される人」、「援助が必要な人」を、

つくり出すことになるんじゃないか…


こんなことで葛藤していました(^▽^;)


要するに、自分の内から湧き上がる「情熱」自体に、ケチをつけた。

どこか間違ってるところがあるんじゃない?って。



なので、実際に“外の現実の体験”として

「それって間違ったやり方なんじゃない?」と感じるような、

クライアントさんを依存させるタイプの人やメソッド・構造だとか、

この分野で活動している人たちの様々な問題点を目にして、

「精神世界・スピリチュアル」そのものに幻滅してみたり…


本当に自分がセッションを続けていたいのかどうか、

わからなくなるという“不確かさ”の感覚が周期的に訪れたり…


この情熱は隠れ蓑で、もっと他の夢があるんじゃないか?との、

不安から、色々と自分を探ってみたりもしました。


こういったすべてが、

「その仕事に向かう自分は間違っているのでは」

という怖れ・疑念の観念に沿ったもの。


私の本心、素直に湧き上がる気持ちは、

こういうこと(セッションやメッセージを伝えること)に関心がある自分を、

活かすように活かすようにと一貫して導いていたのですけどね。



昨日の記事に書いたような生活上、経済状態の理由からも、

「自分の道はこれじゃないのかもしれない。」

ということを、何度思ったか知れません。


ところが、それにもかかわらず「情熱」、

内にある炎の方は全然消え去らなかったので…


ついに、疑いよりも、

「素直な気持ちを信頼できる自分」の方が勝てるほどに、

育ってしまったというわけですヾ(@^▽^@)ノ


そして「意識の指揮者」である自分を調べることを、思い出しました(笑)



この例のように、

自分が希望していることや、

心から湧き上がってくるアイディアそのものの方を信頼できないと


どんな理由を使ってでも、それ自体を疑って揺さぶったり

自分自身が、その成就を邪魔しようとしたりします。


「観念」は、どれも真実らしく見えたり、

それを支える「理由づけ」を持っていたりするものです。



この例で挙げた、私の葛藤(青文字で書いた部分)も、

私の活動において、

「本当の癒しって何だろう?」とか、

「ひとりひとりの意識の力」を深く見つめるためには有意義でしたが、

私の持っていた他の怖れと相まって育ち過ぎていたと言えます。


それは、根本的にいえば、自己価値の否定、

自分のあり方や思いを、

そのまま認めてやれないということだったんです。


この例も、どなたかのご参考になれば幸いです♪


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