BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

意図せずして…は本当か?

こんにちは~

今日も太陽がサンサンです


きのうの夕刻のお空もにぎやかでした~♪

出先だったので携帯電話で撮影しました☆一緒に楽しんで!


はい、鳳凰

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舞い踊る天女様!

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夕日を浴びて輝く、見事なさざれ雲!

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雲を眺めているだけでも楽しいですね(^∇^)!



今日のお話は、「意図せずして…は本当か?」です。


これは前回の記事「学んでるプロセスを早く抜けるには」に書いたことと、

関連しているので、未読の方はそちらもぜひどうぞー。


☆☆☆



スピリチュアルカウンセラーやヒーラー、霊能者の世界でもそうですが、

たまに、何かのプロのお仕事をしている人で、


「意図せずしてこうなった」

「決して、自分で望んでこの道に入ったわけではない!

(なりたくてなったんじゃない!うう)」


と、話す人、いますよね。



これ、私もわかるんです。



自分としては嫌に思ったり、途中、抵抗もしたんだけど、

結局こうなっちゃったのー!え゛!


と、そんな風に言いたい気持ちにも、共感できます。



私も、最初からスピリチュアルな世界に興味があったり、

「なりたくてなりたくて」スピリチュアルカウンセラーになったわけではありません。


むしろ、自分の症状に悩んで、

それを何とかしなければ生きられないという必要から、

いつのまにか足を踏み入れていた「精神世界」です。芽


いったん入ってしまったものの、

そこからなんとか離れたくてしょうがない時期の方が長かったです。



でも、こういう表面上の見方から一歩進めて、

自分自身の深い所をさらってみると、


「やっぱり現実の展開は、いつでも自分の意思なのである」

と、わかるんですよね。



たとえば、「指導霊・守護霊様が…」「神様が…」と、

自分の他に「指示する者(強制する者)」を作りたくなる発想もわかるのですが、

それは、真実ではないですね。




この現実に起こっていること、すべて、

「自分自身の意思でないものはない」。



こう眺めると、現実というのはすでにそのままで、

あなたにとって有用な「鍵」をたくさん含んでいるのだとわかりますよ。



☆☆☆


もう、この段階を通り越している人もいるかもしれませんが、

もしあなたがまだ、「自分は何をしたいのか?」と迷っている人だったら、

こんな可能性についても目を向けてみてください。↓


あなたが、「絶対にそんなことはイヤッ!」と、反発していることの中に、

やりたいことがあるかもしれない。


(((゜д゜;)))…。


抵抗の中に答えがあることがあります。




私は、自己紹介で書いたように、

精神世界の活動を始めるきっかけとなった、自分が初めて受けたセラピー、

精神科の医者や心理カウンセラーではない、

とあるスピリチュアル系のセラピストの方と会ってから
、治癒の道を歩み始め、


その方のもとで同じセラピーを学んだり、自分でセッションを始めたり、

その方の「お薦めする海外からの講師」のセミナーを扱っている会社で働いたり、

と…、ある時期までは、

「私も先生のように、人を助けられるセラピストになりたい!」キラキラ☆

と熱心に思って、できる限りの行動をしていました。



ところが、過去記事を色々ご覧になっている方々はご存知のように、

「精神世界・スピリチュアル」というものの、(その頃関わった世間での)実態に、

ものすごーく違和感を感じ、疲れ切った揚げ句に、幻滅してしまいます。




その結果、


もう、自分でセッションなんかしなくていい。

スピリチュアル・精神世界をうたい文句にする何にも関わりたくない。


そう決めて、会社を退職してから全然別のジャンルの仕事を探していたのです。



でも皮肉なことに、その頃にこそ、

ずっと記録につけていた「夢日記」を見直したことがきっかけで、

自分自身の意識の「目覚め(再誕生)」が起こってしまうのですが…


それは別のところにも書いたので、置いておいて。



その期間は「色々なことを取り戻す」期間だったようで、日々の生活の中で、

独自にインナーチャイルドや内なるアーティストに働きかけていました。

(当時の自分流に言えば、「ハイヤーセルフ指導のもとそうしていた」という感じ。)



そして、その流れの中で、

ある楽器の音楽家に「弟子入り」するという展開がありました。


結局その話は、一度決まった後に先方の都合で頓挫したのですが、

その頃に自分で言った印象に残っている言葉があります。


それは、「弟子入り」の話がちゃくちゃくと進んでいる頃、

私だけでなく、まだ先方も盛り上がっているさなかだったのですが、

ふと、私の口から、


「私の人生のシナリオには、○○の楽器演奏者に弟子入り、

というシナリオは無いんです!!」


という言葉が出ていたのです。



それは、そのときには、

「人生には予想もつかない、驚くような展開があるものですね。」

という意味で言ったつもりでしたが、自分の発言ながら妙に心に残りました。



そして、実際、私はベストを尽くしたけれど、

その人の弟子にも、その楽器の演奏者にもなりませんでした。



当時、会社を退職した後にも親しくしていた外国人の講師の夫妻、

体外離脱を使いながら「意識学」を教えている人たちでしたが、

その妻の方が来日したとき、お茶をしながら近況報告していて、

こう言われたことがあります。


「友達だから正直にいうけれど、

もちろんあなたのやりたいことを応援したい気持ちだけど、

あなたの人生プログラムを見ると、

あなたの人生は、芸術家や芸事をやるためにあるのではないと思う。」



そのとき私はものすごーくショックでした。 はい!


だって、精神世界関連のあれこれからは一刻も早く決別して、

音楽の世界で、自己表現をしていくんだと本気で思っていたから。


やりたいことが見つかって、情熱を持っていたから!



でも、アドバイスをくれたその相手は、人としても信頼できる人で、

よっぽどのことがない限り、このような「個人的なアドバイス」はしないのです。

決して、その発言によって私の意思をくじこうとか、

何か強制的なアドバイスをして操ろうとかする人ではないということを、

十分よくわかっていました。


その意見によって私の考えや行動を変えるということはしませんでしたが、

結果は、長い時間をかけて、その通りになったというわけです。



これは皆さん、「誰の意思によって」だと思いますか?

やはり、「私の意思によって」なんですよ。にっこり



その後、同じ人と、人生のことや仕事のことについて話していて、

その文脈の中で、ぽつりとこう言われたことがあります。


「You are very close to us.」(私たちと、とても近い。)


彼らはいわゆる私利私欲と関係なく、本当に純粋に人々へ「意識」について、

熱心に教えて、そこにコミットしている人たちだったので…


その言葉はうれしいと同時に、私には少し「ぎょっ」とするような、

自分の知らない自分に気づかされたようなインパクトを残しました。



その当時、それは私には少し怖いことでした。



同時期に、私の友人の中でもダントツに霊感が強い、

「サイキック」と呼べる女性とお茶していたときのことです。

(彼女は今、結婚してお母さんです♪サイキックを仕事にはしていません。)



これからのことなど、お互いに悩みも含め、あれこれ話していました。


すると彼女が一言、私に、


友「またセラピーをしたらいいのに。」


Σ(゚д゚;)


友「もうセッションしないの?したらいいと思うよ。」


言われた私は、どうしようもなくプンスカしながら、


「もう私は、精神世界には関わりたくないっ!

セラピストなんてもう全然興味ないし、セッションもしたくないもん!」

(◎`ε´◎ )


と、語気荒く答えました。溜息



…数年後、紆余曲折しながらも情熱を取り戻しセッションを再開していた私に、


「あのとき、セラピーまたやったら?って言ったら、すごく怒ってたよねー

くすっ☆(^m^)」


と、言って彼女は笑っていました。きゃー



ちなみに、笑い話のようですが、あせ


私はその後も懲りずに、「最後のダメ押し」のように、

まだスピリチュアルを専門に扱う世界から抜けようとした時期があって。

アンチ・スピリチュアルを掲げる人の会社に勤めたことがあります。あえて。


結局、体も壊して数ヶ月で退職したけど、めちゃめちゃ苦しい数ヶ月でした☆


私、どんだけ抵抗したんでしょうね。アハ!(^_-)☆



と、まぁこのように、

本人は別の方向を向いてみたり、「いやだいやだ」と口では言っていても、

結局気づくとその軌道にもどる、ということがあります。星



「葛藤」してるとき、そのどちらかがニセモノだからっていうわけじゃなくて…


自分の中に余分な観念がインストールされていたり、

それによって引き起こされる怖れがあったりで、


よーく心の中を正直に見ると、


「進みたい方向は、本当はずっと同じままなんだけど、進めない!」

という状態のことがあるんです。ガクリ



それを後になってから、深く観察することなしに表面的に見てしまうと、


「私はずっと嫌だったのに、人生の展開が勝手にこうなった!」

と、結論づけたくなるのでしょうね。




こういう話をしたからといって、あなたのやりたいことを、

「どれかひとつだけに」絞るために話をしているのではありませんからね♪


あなたのひかれることが複数あったとして、

「仕事になるとか、特定の形をとるどれかだけが“本物”で、

後は“ニセモノ(無意味)”」ということはないですから。


全部に情熱を持っていたっていいんですよ。

最終的には、どの要素もが、あなたを構成しています☆



私の場合を例にあげれば、


たとえば子供の頃は“表現すること”が好きだったので、ばくぜんと、

書く仕事(絵や文章)か、表現(歌や演奏、演技など)

のどれかの仕事に将来つくのだと思っていて、

今のような仕事はまったく、候補に描いていませんでした。


ですがその一方で、振り返れば、


高い建物の窓から下を見て、

「なぜ今は空を飛べないんだ?本当にこれは現実なの?」

と、真剣に考えてみたり、


通学途中のコンクリート塀を手でさわって、

「これが、意識をするだけで(気で)簡単に砕けないのはなぜだろう?

なぜ、このように固いままなのだろう。」

と、物質が意識で変化させられない不思議をしみじみ感じたりしていました。



子供の頃から自分の描く漫画には天使を登場させていたり、

魔法が出てくるストーリーが大好きでしたし、


今自分のしていることを見ると、

これらの要素すべてが合わさっていて、

「ああ、なるほど!」と、納得します。^^




誰もが、自分の人生を自分でクリエイトしています。


「意図せずして…」と思うとき、まだ、自分の意図の表面だけしか、

認識できていないのかもしれません。



なにごとも、あなたの「意に反して」いない。バラ


すべてが「意に沿っている」という目線から、

ぜひ自分の意識の中身を調べて、現実を捉え直してくださいね!キラキラ☆



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