BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

あの世

さ、こちらは、今日2つめの記事です☆(*^∇^*)ノシ

(1つめの記事は☆こちら☆


予告していた、夢のお話です。



この夢には登場人物として、著名な方が出てきますが、

「私のみた夢である」ということをおことわりしておきます。




昨日は、楽しいことも色々とあった1日だったのですが、

私はとても疲労していて、なかなか眠れませんでした。


浅くうつらうつらして、また目が覚める、

そんな状態のときは、あきらかに

「現在の自分の、心象風景が夢になったもの」を見ていました。


つまり、ふだん通りの夢、

自分の悩みや感情がダイレクトに反映された夢です。



そちらの諸事情は省きますが、

そんな風に夜を過ごしながら、私は、ぼんやりと

「そもそも、私はなぜ今の仕事をしようと思ったのだっけ。」

と、考えていました。



それから、自分の内なるガイド、

サポート存在たちと繋がる必要も強く感じていました。



この2つの意図が反映された結果、

眠っている間に、これから描写する世界に繋がったように思います。


☆☆☆


<以下、私のみた夢の話>


同行者たちと一緒に、私は、地球を見ている。


地球といっても、私たちが認識している

「まるい星としての地球」を眺めているわけではなく、

だだっぴろい野原や、山などの、

たくさんの緑のある風景を見ているのだ。


私はその景色を「外から」見ているというか…

その景色に対して、自分はあきらかに大きいし外側にいるのである。


大きな、大きな自分が、

「パノラマ」の大地を覗いているような感じ。



それでも、私は、

すごく細かいところまで、そうしようと思えば見ることができる。



たとえば、犬の散歩をしているおじさんと、犬。


その2者を見ることができるだけではなく、

なんと、犬がトコトコ歩いて「地面に足をつけるとき」、

その、大地と足がふれあうときの感触まで、体験することができる。



それは、とても「愛しい」としか表現ができない。



私はそのように、「地球」のあらゆるものを愛しい…と感じていた。


1羽の鳥に、フォーカスすることもできる。


私はとても大きくて、遠くから見ている地球はとても小さいのに、

1羽の鳥を感じ、はっきり見ることもできるのだ。



そんな風にして、私は地球を愛し、外から体験し、眺めていた。



次に、気づくと私は、

通常見るより巨大な植物や野菜が育っている場所にいた。


それらの植物は、とても立派で、見事なのである。



そういう場所を見学して、石の階段を降りていくとき、

一緒に見学していたパートナーがやさしく手を引いてくれた。


(※これは夢から覚めてから気づいたことですが、

このように地上より巨大な植物や果実、花が出てくるというのは、

私が体験した「あの世」の夢の特徴なのです。

また、それらの色彩はとても鮮やかで、

色変わりしながら光っているように見えます。)



私たちは、まるで何かの「ツアーご一行様」のように、

バスで次の場所に移動していた。


窓から風景を見ていると、

旅館やホテルのような建物が立ち並ぶ場所へ出た。


その街中に、圧巻の、とても高さのある見事な滝が流れている。



うわー!こんなところに滝!?え゛! キラキラ☆


と、思っていると、バスが横を通り過ぎてみればそれは、

なんと高層ホテルの建物の、凝ったモニュメントなのであった。

(建物の片面が流れ落ちる滝になっている。)


私の後ろの方の席にいた男性も、

「あっ!すげぇ滝!!……と思ったら、ホテルか。」

と、同じように言っていたのが聞こえたのでおかしかった。



つぎに私たちが案内されたのは、これもすごいサプライズで、

いきなりプールの中だった。


服を着たまま…!?と思っていたら、どういう仕掛けか、

全員、その下にいつのまにか水着を着せられていたのである。


どうやら、プールに出る前の暗いトンネルで服をはがされ、

そのときに水着も着せられていたらしい。

気づくとレジャーランドのようなあかるい水の中に、

おそろいの黄色い「館内着」みたいな水着姿で入っていた。



それを楽しんだ後、今度はさらに別の場所へと、

案内は続いたのだけど…


私はそこで、同行者たちとはぐれてしまった。



彼らが背を向けて別の方向に去っていくのを見ていたが、

私はそちらへ行くべきでない、行けない、という強い何かがあり、

呼びとめることはできなかったし、彼らも振り返らなかった。



私は途方に暮れてしまい、自分の行く先にある、

案内所のようなところに向かって行った。



そこでは、銭湯でいうなら番頭さん?(笑)

レジャー施設でいうなら館内スタッフ?のような人がいた。


どのグループのご一行様かをチェックした後、

鍵を渡したりしている。



私は、スタッフに、

「どのチームにいたのかわからないんです…」

というようなことを言って、おろおろしていた。


スタッフの机に置いてある一覧表のようなものをみて、

自分のチームの名前らしきものを探すが、よくわからない。


担当スタッフの人(恰幅のいいおばさん)は、

ちょっと困ったように、この施設についての説明をしてくれた。


「いい?この建物は、81階から地下15階まであって…」

(※数字の部分は、忘れちゃったので仮の数字です。)



私はそれを聞いて、ますます戸惑ってしまった。

なんて広い施設なんだろう!泣

こんな大きい施設の中で迷子になった、心細さを覚えたのである。



スタッフのおばさんは、私のその様子を見て察したらしく、

親切にこう提案してくれた。


「そこにある建物のお湯から、

もうすぐよしもとばななさんのお兄さんが出てくるから、

声をかけて一緒に歩いてごらん。何か教えてくれるよ。」



おばさんが指し示す方を見ると、すぐそこに、

小ぢんまりとした黒いかわら屋根に木の柱、木戸に玉石の床のある、

日本風家屋がある。


そこの中で湯を浴びることができるようだ。


私は、ありがとう!と言って、

おばさんに促されるまま、そちらに行きかけたが、ふと、

その、教えられたよしもとばななさんのお兄さんという人と、

私はまったくの初対面だということに気づき、

紹介者であるおばさんの名前を聞いておいた方がいいと思った。


おばさんは何という名前ですか?


と、私は「スタッフの○○さん」と覚えておくようなつもりで、

苗字を尋ねたのだが、おばさんは、

「○○○」

と、私の本名(姓ではなく名)と同じ名前を答えた。


思わず、


「えっ、私も○○○というんです!」

と、答えたが、おばさんはいいから、というように、

そのまま行くよう促して去っていった。


☆☆☆


ここで、登場したよしもとばななさんについて、

私の背景を述べておきます。


最近、私がばななさんの本を読んだということは無いのですが、

もちろん著名な作家さんとして知っているほかに、

昔の本を何冊か持っていました。


それと、以前の仕事の関係で、ご本人に会ったこともあり、

私が何度も仕事を一緒にしたことのある知人は、

ばななさんと仲の良いお友達でもあります。


ただ、私が「会ったことがある」というのは、

勤めていた会社のイベントに参加されていたのでお見かけした、

というだけで、個人的に会ったことがあるわけではありません。


そのとき私はスタッフとして仕事していたので、

参加者としてお見かけしていたのはもちろんですが、

たまたま入ったトイレでバッタリお会いしたことが印象に残っていました。



と、まぁ、これだけの背景なのですが。


夢のつづきにもどります。


☆☆☆


スタッフのおばさんにそう聞いたものの、

私は、「ばななさんのお兄さん」という人が、

一体どんな人かまったく知らないということに気づいた。


(※実際のばななさんにはお姉さんがおり、お兄さんはいない。

そのことを、夢の中の私はなぜか思い出していない。)



それでもその、日本風家屋の木戸の近くに立っていると、

すぐに1人の男の人が、湯上りの体(てい)で中から出てきた。



その方を見てびっくりした。


ばななさんのお父さんの、吉本隆明さんだったのである。


湯上りだからか、丹前のようなものを着ていた。

(私は着物に詳しくないので、本当は何だったかあやしいですが。)


(※私は、吉本隆明さんのご本を1冊も読んだことがなく、

ほぼ何も知らないのですが、

さすがにお顔は写真で拝見したことがあります。)



そのまま私の横を通り過ぎて、つぅ…と、去ってしまいそうだったので、

私ははっとして、声をかけて一緒に歩かなければ!と思い、


「こんにちは!」


とご挨拶すると、隆明さんは振り返って、


「よう!」

と、私に挨拶すると同時に、


掲げた手を手刀のようにして、

手の側面で私の右肩を強く、ぽーん!と叩いた。



それは、現実の(こちら側の)私の右肩にも響くほど、

しっかりとした感覚と痛みをともなった。


まるで、「気合いを入れる」とか、

カルロス・カスタネダドンファンが背中を押して

「集合点を移す」とか、

座禅で背中を竹刀でびしっ!とやられるときみたいだと感じた。



座禅のあれについて調べたら、警策(けいさく)というそうです。

文殊菩薩の手の代わりでもあるそうです。

曹洞宗では、夢と同じく、右肩だけを打つのだとわかりました。

参考◇警策 ウィキペディア◇



そのまま隆明さんは去ってしまったので、

私は、行ってしまった…と思ったけれど、

気づくと私の手もとには、広げた本があった。


その本を読みながら、広間を歩いた。



夢の視点では、本を読みながら同時に、

館内の景色を眺めることができる。



そうやって歩きながら見回してみると、

この建物はとても広く、天井が途方もなく高く、

水の流れている壁やら、バリ風の上品な装飾やらで、

とても美しい大広間なのだった。


とても居心地がよく、どんな滞在客も満足しそうな場所である。


そして私は、なぜか寝転ぶような、

上下さかさまの視点になって、天井を見ながら、

本を読み続けた。



その本の内容は覚えていないが、

文字を追っていくと、

魂から絞り出るように、涙がほとばしった。


ただ泣くのではない、

魂からあふれる何かを涙で絞り出すかのように、

次から次と、だらだら泣けて泣けて仕方ないのだ。

(もちろんこちらの肉体でも涙をたくさん流し続けていました。)



その本の内容は、私の魂に関わることだとわかっていた。


<夢はここまで。>


☆☆☆


起きてから、この夢の体験は、

かつても何度か訪れたことのある、

「あの世」

の体験の1つであることに気がつきました。



寝る前に私が発した疑問や意図が、

自分の魂の根源に近いところに、

連れていってくれたのかもしれません。



冒頭でお断りした通りこれは私の夢なのですが、

意識の中にこういう場所があることを私はもう疑っておらず、

私たちは“死んで終わり”ではないと知っています。



そこでお会いした方も、その方の発している感じから、

すでに亡くなっているご本人を体験したのではないか?

と、個人的には、感じました。



また、前半の、地球を眺めているときの自分の感覚は

言葉で説明しようとしても表現しきれないものですが、

やはり今の私の中にあるものなのだと認識しています。



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