BEATS AND LOVE

スピリチュアリティー、根本の癒し、ヒップホップ音楽とライフスタイルや考えあれこれ

精霊、カチナ、妖怪

こんばんは~!

お休みの方は午後、いかがお過ごしでしたか?

お仕事の方、おつかれさま~。



ほっとひと息、今日もブログのお時間でございます。

 

ときどきブログ内で精霊のことを書いていますが、

(未読でご興味ある方は、ブログ内検索をかけてみてね!)

きょうは「精霊、カチナ、妖怪」とタイトルをつけました。


このあたりのこと、とっても語りたい!

でも、うまく言葉にならない…ので、心にしまって、

見送りになってしまうことが多いのです(;´▽`A``

今回は、その幾分かの思いだけでも、なんとか言葉に表す試み。


まず、カチナ…については、

どこかの記事で少しだけふれたことがあったかな?


私は、他の興味とくらべて“特別に”深く、

ネイティブアメリカンアメリカインディアン)の文化に魅かれているとか、

自身がカチナドールを所有したいと思っているわけではないのですが、

ひと目見たときから、カチナが大好きです。


カチナって何?という方は、以下のサイトをご覧ください。↓

「カチナ ウィキペディア」

カチナドールのお店 KOKOPELIさんのサイトより、

「カチナの神話(カチナとホピの関わり)」


カチナについて、知的にあれこれ“思う”というのではなく…

カチナとただ繋がって感じる感覚というのがあり、

それは、私にとっては自分のルーツといった深い感覚なのです。


どうにも、言葉で説明のつけられようのない、

よろこびや、愛や、懐かしさ、故郷の感覚。

この深い、深い感覚を、

私なりに直観的に受け取ってわかったことは、

カチナというのは、たとえば人間のつくった「シンボル」などではなく、

実際に、別の次元に存在している存在であるということです。


上のリンクでご紹介しましたホピのお話には、

カチナが人々と一緒に暮らしていた時代のことが書かれていました。


これは創作や、“神話”としての伝承ではなく、

実際にそういったことがあったのではと感じています。

カチナが人々の前に姿を現していた時代もあったということです。


私から見ると、彼ら(カチナ)はいわゆる「宇宙人」ではなく、

古代文明の中には、別の星の存在、通称“宇宙人”と

関わっていたと思われる文明もありますよね!)

別次元の存在、という表現がしっくりきますし、

だからこそ「精霊」というのが落ち着く表現かな、と思います。


つまり彼らは「別の星」にいるのではなくて、

地球と関わっていて色々な手助けもしてくれていますが、

私たちとは違う次元、波動域に存在している、と。


私たちが信じているのとは違うやり方で、

この地球のことをよく知っています。


地球で活動している多様な存在のエネルギーの元祖というか、

その知識やあり方を、シェアしてくれる存在というように感じます。


…このくらいしか、言葉で説明ができないのですが(汗)、

私なりに受け取ったものの、何かフィーリングが伝わればと思います。


カチナとつながるときには、私がふだん使っている

「論理」の部分がパタッと閉じるようです。

その部分が自動的にとっても静かになります。

なぜ、いかにして、これがこうなのか。

そういう道筋をたどる考え方よりも、

ただ踊るとか、演奏するとか、ただ作るとかで、表現する。

そんな在り方になるのです。(そして、幸せです。)

☆☆☆

カチナに限らず、私は精霊、

国や文化によっては妖精と呼ばれるものも、

妖怪と呼ばれるものも、やはり好きです。

人間の、日常の目では見にくいものだからといって、

彼らの存在が「無い」ことにされることには、寂しさをおぼえます。


逆に、彼らの存在をも、慮っている人がいると、とても、とてもうれしくなります。

はじめてバリ島に行ったとき、

バリ島の文化が大好きになったのも、そこに一因があるでしょう。


存在自体すら認めないというのは、せつないものです。


目に見えるもの、物質としての形のあるものだけが、「生命」だというように、

多くの人が定義し、それを信じるようになったのは、いつの頃からなのでしょうね。

たぶん、そんなに長い時間でもない気がするのです。


私たちは毎日、空を見、風を感じ、天候の変化を認識しますが、

それだって生命の活動です。

風は、目に見えないけど“ある”し、人に影響も及ぼします。

星の光の光源は、私たちには触れないし確かめられないけど、

私たちは“ある”とみなします。

目を閉じて、動きが見えなくても、風の「方向」を感じることができるし、

水の粒々として確認できなくとも、湿度の変化を感じます。


ああ、それは、体の「触覚」でちゃんと認められるからね!

と、思う方もいるかもしれませんが、

これをもっと広げて、もっと微細な感覚にフォーカスするなら、

物質の形をとらない存在の動きがどんなものかも、わかります。


荒唐無稽な話は、そんなに荒唐無稽でもないのです。

むしろさかさまの視点からは、私たちの日常のなじんだ要素が、

荒唐無稽かもしれないのですね。


何より大切なのは、

この地球は生命体であり、

色々な存在が関わって協力し合っており、

「人間だけのもの」ではないということです。


人間の意識は、とてもとても環境に影響を与えます。

過去に人々が、精霊や妖精や妖怪を「形」にあらわして残し、

絵や伝承として語り伝えたことは、

私たちとすれ違っているかのようで、とても近いところにいる「住人」、

ご近所さんたちを紹介してくれている意味もあります。

そして、彼らへの親しみや敬愛の気持ちもあるのではないでしょうか。


姿には見えないかもしれない、そうした存在たちの、

「声なき声」を聴こうとする意志は大切と、私は思います。

話しかけたり、興味を持ったり、感謝したり。

あなたの思いつく範囲で。それでいいのです。


彼らの存在を認めることで、もっと、地球のこと、

ひいては私たち自身のことが、わかるのではないかな。


☆おまけ☆

妖怪を描いた功労者、水木しげるさんの、

水木プロダクションツイッターを最近見つけました。

近年話題になったドラマ等は見ていなかったのですが、

水木さんは私のリスペクトしている方のひとりです。

お元気そうでうれしいです。↓

水木プロダクションツイッター


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