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作者の視点、小説と現実

こんばんは。

この記事は、少し前に書いた「本と波長の話」からの続きです。

未読の方は、そちらを先にお読みください。


 


小説が、どうしてそんなに「書き手の波長や観念」を醸し出しているのか、

あらためて観察してみました。


ノンフィクションや実用書のような文章よりも、

小説の方が(フィクションでありながら)ずっと、

書き手の心の中が読み手に伝わりやすいのはなぜなのか。


それは、

あらゆる描写に、作者が世界を見る視点が滲み出るからです。

それが風景であれ、状況描写であれ、人であれ。



小説の中の現実を伝えるために、全てにおいて、用いる言葉で、

作者の視点によるナレーション、実況中継がなされているのです。マイク




たとえば、あるシーンを説明するのに、言葉で、


…なところが、きたなげだ。

…な○○が、△△の状態である。

…きもちのよい、□□で…


などと描写したときに、

読者は、作者が方向指示している目線(描写している枠内)で、

そのシーンを見るように強いられます。


もちろん、読み手の想像の世界の中でどのようにそれが描かれるか、

その差異はありますが、方向付けはすでに作者によってなされています。


つまり、ある人の作品世界の中では、

その人が描写している切り口から、世界を眺めることになるということです。


作者の視点を借りて、その世界を体験する、と言ってもいいでしょう。



スポットライトをあてる場所も、フォーカスする箇所も、作者次第。

(映画撮影もそうですね。)

そしてまたそれを「どう」受け取り、表現して伝えるかも、作者次第なのです。



それがゆえに、小説は、

作者の感性や価値観と自分がシンクロナイズ(同調)していないと、

心地よくは読めないのですね。



たとえば何かのインストラクション(指南)のための文章なら、

できる限り感性による個人の色付けを抑えて、そこにある、

万人が捉えることのできそうな事実を描写しようとするでしょうし、


たとえば絵ならば、心眼で見える世界を忠実に、絵として再現します。

もちろんそこに描き手の見方も反映されるわけですが、

言葉で描写するよりは、自由度がもう少し高いと言えます。

「絵」をどう見るかは、それぞれの見る人に、ゆだねられるからです。



言葉で描写するということは、

描写する人がどんな「枠」を用いるかという選択を、

よりあらわに(明らかに)していると言ってもいいでしょう。



ところで、私がなぜ、

この話をもう一度、記事として書いているかというと。



小説に対するこの説明は、

私たちが体験している現実にも当てはまるからです。



あなたは、あなたの観念、感性(感情や感覚)、思考によって、

あなた自身の描写する小説世界を、自分のリアルな現実として

体験していると言うことができます。



皆、ひとりひとりがそうしているのです。

それぞれの見方で、それぞれの人生体験という小説を描いています。


そこで大切なのは、「著者」が自分自身であると、気づくことです。



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