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生きる事が大切なわけじゃない!

今日のテーマは、「生きることが大切なわけじゃない!」


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ただ生きるために、生きている。

肉体を維持するため、食べるため、生活するため、

最低限の義務を果たすため…


もし、そんな風に「生きる」ということを解釈したら、

生きるということは、なんとつらいのだろう、

と、私は思ってしまいます。


いやいや、そう思って生きているとけっこう、

それに散りばめられて楽しいことも起こるしさ…

それで十分じゃない?と、言える方もいるかもしれません。



でも、世の中には、そのように

「命を維持するために生きること」には、むなしさを覚えてしまい、

それのみを「原動力」にすることがどうしてもできず、

自らの存在意義や目的のようなものを模索している人もたくさんいます。

(世間的には「皮」をかぶっていても、その皮一枚めくると、

似たような思いでギリギリの人も、案外多いのではないでしょうか。)


ただ生きることを「原動力」にできない、かといって「皮」もかぶれない、

それをそのままあらわしてしまっている人々は、

社会的にはのらくらしていると見られたり、

無職やニートや誰かのすねかじり、仕事の長続きしない人と見られたり、

夢見がちで現実を見ていない人と分類されたりするかもわかりません。


でも一方で、そういう彼らは、

「生きるために生きること」を第一意義に据え置くことを疑わない人たちに、

何かを教えてくれている存在でもある
ということに気づきませんか?



もしも私たち人間にとって、「ただ生きること」そのものが大切で、

それが存在の第一意義であるならば、

なぜ、自殺をする人が後を絶たないのでしょうか。



人間は、ただ生きること、肉体の命をつなぐことを、

人生の第一優先にするようにはプログラムされていません。


私たちの存在にとって、それよりも大切なことがあり、

「生きること(命を繋ぐこと)」とは、その“手段”
なのです。


目的と手段、この順番を間違えないことは大切です。



私が思うに、これからの社会、

「生きるために、食べるために、働くのが当たり前!」

と心から感じてそう動くことができる人は、減っていきます。


それより、

どうして生きなければならないのだろう…?

この疑問に答える必要が出てくるのではないでしょうか。



そのような状態は、かつての価値観を持っている人たちから見れば、

もどかしかったり、嘆かわしかったりすることもあるのでしょうし、

一方では、やむをえずであったとしても、そういう彼らが何を考えているか、

どんな活動を広げていくのか?ということに興味を持つ人もいるでしょう。



とにかく成人になったら、お金を稼ぐ手段としての職を得て…

色々あってもその職で我慢して、頑張って、貯金をして…

○○才頃にはマイホームを購入して…リタイアしたら悠々自適に…


と、かつてならば何かのCMにでも出てきそうな、

「庶民的だけれど確かな幸せ」

みたいなものが、崩壊しつつあるんです。

(いや、もう崩壊しているかな…?)


その価値観には、とっくにヒビが入っていて、

メディアが演出する「素敵な世界や幸せのカタチ」は、

決して私たちの本音を反映してはいないということ、

場合によってはそんなイメージを植え付けるための広告だということ、

多くの方が気がついていますよね。


さて、

生きるため、食うため、

そこに一心にならなければならなかった時代が過ぎると、

今度は、「モノ」の豊かさは享受できるからこそ、

それを目的にすることはできない世代という、次の段階
に移ります。


これは自然なことですね。

私たちはいつでも変化していて、新たなチャレンジも生まれて、

それまでとは違った価値観や考え方が登場します。星



ひとつのたとえ話にすぎませんが…

「生きるためになんでもしたよ」という人が、

物の豊かな時代に生まれ、食うに困らず住む家もある若者を、

「あまったれるな!」「もっと本気出せ!」

と、お説教することは簡単です。


ですが一体、生まれたときから食べるには困らなかった、

物は確かにあふれていた、その環境で育った者の、

別の種類の悩みや困難を、どうして同じ視点から理解できるでしょうか。


彼らの悩みは、彼らの悩みです。

彼らのチャレンジに、彼らの視点から思いを寄せたことがあるでしょうか?


それは「“私だったら”こうする!」という発想では、見えないことなんですよ。

参考記事「同じ人間なんだから!に注意しよう」


もちろんこれは、「世代」という分類で分けられる話ではなくて、

本当は、それぞれの環境、それぞれの時代、それぞれの人生…

個人個人のレベルで違いがあって、


ある人の生きる「チャレンジ」がどんな種類のものかなんて、

絶対に、その程度や度合いを他者と比較することなんてできない
んです。


「本気出せ!」と言うその人は、

自分の思う“本気の形”を相手にそのまま投影して、けしかけているけれど、

そう言われている相手は、日々ずっと、本気で生きているのかもしれない。


だから…


あなたのチャレンジを、

どこかの飢えている人や、戦地にいる人や、もろもろの苦境にある人と、

くらべないでください。


世界に関心を持つことは大切ですが、それは、

「状況的には自分なんか…」

と、比較するためのものではありません。


全部を同じ舞台に並べて「比較する」ということはしないでください。


私たちそれぞれが、個々の背景や目的や個性を持ってここにいます。


あなたが、自分自身のそれを満たして「本当に生きる」ことを考えてください。

あなたがそうすると、それは確かに、“世界”に伝播します。


世界を背負わなくてもいいですから、

あなたは、あなたの内側にあるものを「どう人生に生かすか」

ということをないがしろにせず、集中してください。


そのことを、より「尊く」見えたり、より「正しく」見えたりする、

いかなる活動や思想とも比べる必要はありません。

そんなことをして、自分を卑下することはやめてくださいね。



あなた自身の情熱や、描いている目的や、

内から湧いてくる「引かれるもの」を、どんなに小さくても尊重して…

あなたがまずそれを評価し、大切に育てていくんですよ。


なぜなら、

あなたが「ほんとうに生きている」と感じるために必要なこと!

それはあなたにこそ特有のことで、他の人がわかることではないからです。



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