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BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

発達障害、ASDについて

こんばんは。今日は雑記です。

発達障害、ASDについて」とタイトルをつけましたが、

私は発達障害についての専門家ではありません。

ただ、以前から関心があって本や情報を読んだりしています。

ですから今回は、このテーマにまつわるメッセージやアドバイスなどではなく、

私のつぶやき、「雑記」として読んでください。


 


私はまず、発達「障害」という呼び方にも抵抗を覚えてしまうのですが、

(医学的にはそう診断されるのだと知っていても、)

大勢の人が「普通と定めている」基準通りではないという点で、

異なる傾向や特徴のある方々もいることを広く認識するために、

そういったラベルが意味を持つこともあるのだろう、と考えました。


今回話題に取り上げる「ASD」とは、

過去にも記事でふれたことのあるアスペルガー症候群など、

自閉症スペクトラム」を指すのですが、たとえばご本人も、

ASDと診断されることで「そうだったのか」と腑に落ちたり、また、

ご家族など周囲の方たちも、そう理解することで新しい接し方ができる、

ということもあるそうです。


逆に言えば、その認識がなければ、

何がいけないのだろう?どうしてこんな風になってしまうのだろう?

と、悩んでしまうこともあるということなのですよね。



私の周囲、家族や友人には、ASDの人はいませんでしたが、

大人になって社会に出てからの経験では、

「もしかすると…」と思う人には、ときどき出会いました。


とはいえ、

連続するものの濃淡を指す「スペクトラム」という言葉にある通り、

たとえ“普通”と診断される範疇であっても色々な傾向のある私たちですから、

私が出会った人たちも、かなりその傾向はあるのだけれども、

「診断」的にはASDではないという結果になるのかもわかりません。


いずれにしても、私がこのテーマに自然と魅かれるのは、

私たちはあたかも「共通の認識」を持っているかのように見えて、

本当はそれぞれ見ている世界は異なるのだ。

ということを、普段から実感しているからなのかなと思います。

ASDの人たちはそれをよりはっきりした形で思い出させてくれているだけだ、

と感じているからです。


たとえば、これは映画なので現実とは異なる部分もあるかもしれませんが、

こちらの記事、↓

「ひとりひとりの適応を考える♪映画『シンプル・シモン』を見て☆」


の映画を見たとき、一緒に観賞していたパートナーと私とは、

2人とも、それぞれ異なる点においてですが、

アスペルガー症候群の主人公の気持ちやこだわりを

「この傾向は自分にもある。」とか、

「わかる気がするなぁ」と、共感しながら眺めていました。


自分たちの場合には、それが社会生活を遮るほど極端には表れないだけ。

なぜかといえば、色々と後天的に「学習」しているから、

周囲に合わせ、調節(適応)することが自然とできているのです。

(ASDの方はこだわりの内容も、「度が強いレンズ」でものを見るように、

局所集中型になりやすいようですが、その点はここでは除きます。)


社会や周囲の人々と「折り合いをつける」ということを行っているからこそで、

まっさらな状態だったらこうなのかもしれないな、と思う部分もあり、

「暗黙のルール」を守れているだけの違いじゃないか、とも言えます。


その気持ちは、最近偶然読み始めたこちらの連載記事↓

「現代ビジネス 奥村隆『息子と僕のアスペルガー物語』【第1回】」


を読むことで、ますます強まっています。


息子さんの診断がきっかけで、ご自身もASDだと気づいた著者が、

ご自分の経験や息子さんについて綴っているのですが、

夢中になって読んでしまいます。おすすめです。


☆記事一覧のリンクはこちら↓

「奥村隆『息子と僕のアスペルガー物語』」記事一覧


空いた時間に少しずつ読むのを楽しみにしているのですが、

けっこうなボリュームがあるので私もまだ読み終わっていません。


この連載を読んでいても、私はつくづく、

人と人との「コミュニケーション」に思いを馳せてしまうのです。


本人にはまるで悪気がなくても、意図とは違うことでも、

それぞれの意識の中に持っている「地図」や「ルール」、

あるいは、「何が見えているかという景色の違い」、

それによって、コミュニケーションは誤解を生みます。行き違います。


私は、今回のパートナーとの間でも、日常生活の中でたくさん、

そういうことを実感しました。

「あうんの呼吸」でわかりあえる間柄だったら、この経験も無かったでしょう。


最初の頃はわからなかったことでも、後になって経験を重ねるうち、

「なるほど!この人はこういう構造で世界を見ているのだな」とか、

「ここに焦点を合わせて解釈するとこうなるのだな」とか、

やっと理解した違いも色々とありました。


タイムスリップできたら、よりよい関係を築くためのアドバイスとして、

過去の私にその情報を教えてあげたいですが、

それができないのが現在進行形の人生ですね。


人と人との関係性の中で、相手は自分と「異なる地図」を持っている、

「違ったルールブック」を参照している、その内容を知らなかったばかりに、

いくら言葉で話し合っても理解することができず、いさかいになってしまう、

ということは沢山あります。


それはお互いに、ということですが、

私はもっと、自分と異なる世界を持つ人のことを知りたいと思います。


ASDの方のものの見方や経験を知ることは、そのとてもいい勉強になり、

ASDと診断されない人々の間でも、いかにひとりひとりが本当は、

「自分の解釈の世界で生きているか」ということを思い出させてくれる
のです。


そしてまた、「空気を読める」人々に共通する合意というものが、

いかに「ただの作られた合意であるか」ということも、ね。



さらにこれは、私なりの「広い視点」で感じていることですが。


人々があまりに集団の「言葉や態度上での暗黙のルール」に従いすぎ、

何かを壊さないようにと「空気を読み過ぎる」風潮が強まるとき、

実は、社会には極端な集合的偏りが生まれてしまいます。

それは人類全体にとって「きつい」ことです。


すると、その傾向を自然と守れない・理解できないという人たちも多く登場し、

だんだんと社会全体に彼らのあり方が認識されることで、

集合的なあり方も中和されていく。

そういう形で、全体のバランスを取っているのだということも感じるのです。



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