読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

流れに乗って行こう

急に暖かい日が続いたと思ったら、今日は雪もちらついたみたい…

寒暖の差が激しくてびっくりしますね!


今日のテーマ「流れに乗って行こう」は、

一昨日から昨日の朝にかけての体外離脱体験について交えながら、

お届けします。


160214_02.jpg 


「素面になるのが止まらない」という記事でもふれましたが、

最近の私は、自分の書くこと、表現の姿勢にも変化を感じています。


たとえば以前だったら、内心で思うだけに留めておくとか、

親しい者との間だけの「ぶっちゃけトーク」に限定していたことも、

書こうという気持ちが出てきて「ドア」が開いた感じなんですよね。


本当は、そういう部分(自分や人の本音)が一番、面白い

と、常々思っていました。

それらをぼかして、ソツない、無害な文章に仕上げてしまうことは、

まるで食品の精製を繰り返して、元来のうまみ成分を薄めてしまうみたい…

という、物足りなさも覚えていたのです。


とはいえ、ただの偏見や個人の好き嫌いに終始する内容なら、

さすがに記事としてわざわざここに載せる必要がないので、

その匙加減にはこれからも注意していきたいものですが。みどり


私が自然と抱く感想は、一見すると(実際はどうかわからないけれど)、

世の中の大多数が支持する意見とはけっこう異なっていることが多いので、

そのまま書いたら、地雷踏みそう?と怯える気持ちも以前はあったのです。


でも、そんな恐れの気持ちもいつしか消滅しつつあり、

たとえ少数派?と感じることでも、それを書くことで、

「私もそう思ってた」という人々とエネルギーレベルで繋がれる

ということを今では実感しています。



また、☆昨日の記事☆で例に挙げたことのように、

どなたにも、人生には悲喜こもごも、色々なことがありますが、

ご本人の人生に起こる事象は、必ず乗り越えられるからこそ、

自身のプラスになるからこそ、自分で「起こして」いるもの。


それを思い出すと、自然に湧き上がってくるものに逆らうより、

「流れに乗って行くこと」が、

自分自身に波長を合わせることに他ならないとわかるのです。


チャレンジと感じる出来事があっても、

私自身がこれを仕掛けているんだと見据えると、恐れも薄まっていく。


この実感は、夢や体外離脱の経験にも象徴的に現れていました。


☆☆☆


昨日の朝、明け方まで窓に叩きつける激しい雨が降っていたのですが、

私は寝ている途中に「体外離脱」していました。


全体をよく覚えている体験ではなく、まるで夢の延長のような感じで、

はじまりを記憶していない体外離脱でしたが、

その体験の中で私は、☆講座☆の現場で参加者へお伝えしたことを、

自分自身が思い出して実践するという場面もありました。

教えることは、学ぶこと 

とは、本当だなぁ~と思いました。

人に教えることで、自分自身の学びを強化することになるのです。


体外離脱中の活動では、壁などの固体を通り抜けられるところと、

通り抜けできないところがあるのを相変わらず不思議に思ったり、

高く飛ぶ練習をしていたり…と、普段とあまり変わらない感じでしたが、

いつもとは違う点がひとつありました。


それは、「電線」


私はよく、夢や体外離脱の経験の最中に屋外で空を飛んでいるとき、

電線をとても邪魔だなぁ…と障害として感じているのです。


なぜ、電線がそんなにも邪魔かというと、

ひとつは、「当たったら感電しそう」という恐れ、思い込みがあるから。

もうひとつは、そういうときに自分の飛べる高さが、

ちょうど電線に当たりそうな高さまでで、それよりあまり高くは飛べないのです。

それで電線をよけるように気をつけながら飛ぶことになります。


※補足…該当するのは住宅すれすれに張られている低い電線ではなく、

ビルの4、5階くらいの高さの電線や、鉄塔などのより高い位置にある電線。

もちろん、最初からはるかに高い高度を飛んでいるようなときもあります。

その違いが一体どんな点であらわれるのかはまだよくわかりませんが、

体外離脱ってその程度の高さしか飛べない!ということではありません。


このような理由で、

電線がまるで自分にとっての「障害」や「限界」として体験されていたのです。


これを、「私の意識の世界の象徴」と眺めると興味深いことがわかります。



冷静に考えれば、夢や体外離脱体験の中では電線にふれても感電しません。

それなのに、日常の意識の思い込みの延長で、

電線を「怖い!」と思ってぶつからないようにしたり、

触るとしても、こわごわ触る、ということが繰り返されていました。


ところが今回の体験中は、「これを触っても大丈夫。感電しない」と自覚して、

飛びながら手で電線に触れたり、邪魔なときにはつかんで幅を広げたり
しました。


相変わらず、電線よりはるかに高くまでは飛べていませんでしたが、

恐れることなく電線をくぐったり、興味深くそれに触れてみたりしたのです。


いつもは怖かったのに、今回は平気だな~

と、そんな自分を観察していました。


電線が、私自身の「限界」「障害」の象徴なら、

これまでは感電を恐れるという形でその影響を恐れてきたわけですが、


今では、その恐れがなくなって、自分で扱えるものになってきたということでしょう。



恐れは、恐れのままであり続けることの方が難しい。

自分に起こる変化を信頼して、「流れに乗って行こう」!(^∇^)



2つのブログランキングに登録中です。
クリックありがとうございます!


精神世界ランキング




人気ブログランキングへ


スピリチュアルカウンセリング個人セッション
対面、スカイプ、電話でお話しします

「個人セッションについて☆」

広告を非表示にする
サイトポリシー
Copyright©2011 BEATS AND LOVE All Rights Reserved.