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BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

自分を優遇できますか!?

☆前回☆につづき、今回も日常のおバカなお話から、

「自分を優遇できますか!?」のテーマについてお伝えしやしょう。


花金なので、明日はお仕事お休みの人も、そうでない人も!

お好きな飲み物でも飲みながらリラックスしていただければ幸い。

アルコールも可。居酒屋「素火里酎有(すぴりちゅある)」へようこそ!

ちなみに、このような文を書いている私はしらふですのでご安心を…。



~いつからか ビールが大好きになった~

大人になって、このことにふと、気づいたあなた。仲間です。


今年の夏、私と妹は「ビール大好き同盟」を結成しました。

いや、私がたった今ネーミングしたのですが、まさにそう呼びたくなる2人でした。


別に、おしゃれに流行りのクラフトビールだの、海外ビールだのを、

飲み歩いたというわけではありません。

(妹は、ちょっとその分野にも手を出していたそう。)


気に入ったビールをそれぞれ自分の家で飲んでいただけですが、

思い思いに「今日もビールうまい!」の報告メールだの、

ときには長電話しながら、お互いにビールを飲み始めてみるだの、

私たち本当にビールが好きだね、って笑い合う、

つつましくもときめくビールライフを送っておりました。


しかし、です。


引越してしばらくの頃の私は、習慣で“第3のビール”?を飲んでおりました。

気分は、完全にビールを飲んでいるつもりでしたが、

正確には分類上リキュール(発泡性)とかいう表示のもの。


そのいきさつを解説しましょう。


私は元々、味覚が鋭敏というか、味の違いはすぐわかる方で、

発泡酒第3のビールが出始めた頃も、

「ビールとぜんぜんちがう…!」

と感じており、好きにはなれませんでした。


しかも、原材料の純粋さに注目した場合、

なるべく余計な混ざり物がない方がいいという好みもあって、

自分で選ぶならば、発泡酒類は飲まないというスタンスだったのです。


ところがどっこい、ビールに準ずる発泡酒類はどんどん進化を遂げ、

お値段もビールより安く設定されている、その相対的な感覚から、

みるみる「ビールはちょっと高級」みたいな位置付けに変化したのであります。

(私の周辺に限る感想かもしれませんが…。)


以前一緒に暮らしていたパートナーは晩酌をする人で、飲める人でしたので、

私もそれまで以上に飲むのが楽しみになり、

日々気軽に飲むには、節約のためにも第3のビールでいいのではないか…

という彼の意見で、いつからか2人で気に入る味のものを探し出し、

それを2種類くらいアマゾンでケース買いするということにしていました。

暮らしているエリアのビール類の値段設定が高めだったから、という事情も。

(地域によって値段がけっこう違うんですよね。)



そんな風に生活しているうち、私は習慣にすっかりなじんで、

かつては「値段が高くても私はビールを選ぶ」と思っていたことすら、

忘れてしまう
くらいでした。それなりに満足していたんです。


たまに、好きなビールを個別に買ったり、

実家が何かのギフトでいただいたビールをお裾分けしてくれたりすると、

やっぱりビールの方がおいしいなと感じることもありましたが、

でも、第3のビール類もだいぶ進化を遂げているから不満はないよね…

と、わりとそう思うようになっていたのです。

原材料も、これならいいんじゃない?と思える商品を選んでいたし。


だから、そのときは、他のチョイスを考え自分を疑う、

ということすらもはやなかったのです。



その後、一時的に実家に越していた期間も、

父も私とは違う種類ながら第3のビールを愛飲していましたので、

お酒をまったく飲まない母が、

「せっかく飲むならおいしいの飲んだらいいじゃない。

普通のビール買ってきたら?」

と言ってくれても、いやいや、これでいいんだ…

味もけっこうおいしいし、ビールを買うと倍近くの値段がするんだもの、

と、相変わらず私は私で自分のいつも飲んでいるメーカーの、

同じ第3のビールを選び続けていました。



その頃は、買い物に行くと、「たまにはビールにしようかな…」

と、ビールの6缶パックの前でちょっと立ち止まるのですが、

「いや、でも特に不満はないんだから!けっこう値段違うし、こっちでいいや。」

と、今までと同じ第3のビールの方を結局カゴに入れていたのです。


でも、その頃には不思議と、

慣れていたはずの味にだんだん違和感もおぼえはじめてきていたのです。

前より不味く感じるようになったというか…よろこびが感じられないというか…

同じ飲み物なのだから、「飽きたのかな?」程度に思っていましたが。



そんな過程があって、現在の場所へ引越し後。


暑い時期で、食欲も減退していた私は、

心からビール(正確には第3のビール)の恩恵をありがたいと思っていました(笑)

麦芽が私の栄養になってくれる。サンキュー!と感謝しながら飲んでいました。


ところが、です。


短い期間に、なんと3回も! 飲んでいた第3のビールを、

家の中の、それぞれ違う場所で、派手にこぼすということが続きました。

ちょっとこぼしちゃったぁ♪とかじゃないんです!

漫画のちゃぶ台返しで、「こんなん飲めるか!」とやってるような勢い

カッターン!と、派手に全量をぶちまけてしまう。


ビール類をこぼしたことがある方はご存知でしょう…

けっこう始末が悪い。ぷんぷんと匂うし、べたべたするんですよね。

はるか昔、レストランでアルバイトしていたとき、宴会の後片付けをしながら、

ビールの匂いってけっこう強烈だなー!と感じていた、それを思い出す匂い。


床やテーブルや、そのときこぼした場所を何度も拭いてきれいにしながら、

「あれ~!この間もこぼしたよね?(-"- ;)

こんなにビールをこぼすこと、今までなかったのに…」

と、考えていました。


最後にこぼしたときは、なんとテーブルの上に置いてあった携帯までもが!!

ビール漬けに…。

必死で拭き取り、丁寧にきれいにして事なきを得ましたが、

届かない隙間に入ってしまったと思われるビールの匂いが、

しばらく携帯から漂っていましたね…。



3度目にそうなったとき、私が気づいたこと。


「これを買うのはもうやめろということでは?」


そう思ったのは、この近隣は価格設定が高めなのに業を煮やして、

第3のビールでもこれだけ高いのなら、なんだか選ぶの嫌になってきた!」

という理由で、ときどき普通のビールを買うようになっていたからです。

そして、普通のビールを飲むときには同じように過ごしていても全く静かで、

こぼしそうになったことも、こぼしたこともなかったからです。



私はいつも、見えない存在たちに向かって、

お酒を飲むときには感謝の気持ちを伝えて、彼らに「乾杯」します。

そんなことも相まって、

「これは、ひっくり返してこぼす、という形で、

もう第3のビールは私には合ってないよ~と教えてくれているのかも」

と、感じたのでした。


もっと言えば、見えない存在たちが関わっていると思う必要もなくて、


この出来事に対して私がそのような解釈をした、

そんな風にひらめいた、


ということに意味があるんですね。


そこで、よく自分を振り返ってみると、


○このところ、ずっと選んでいた第3のビールが、

どうしてかあまりおいしいと思えなくなっていた。

○それにも関わらず、習慣でやっぱりそれを買い続けていた。

○習慣というけれど、それを選び続けていた動機には、

全部ビールにするのは贅沢で、何本かは安い第3のビールも混ぜよう…

という、自分の理性が働いていた。

○でも、体のことを考えても、自分にはビールの方が合っているようだ。

そういえば元々の自分は、発泡酒第3のビールは好きではなかったな…。


これらのことが、素早く浮かんできました。



このときからです、私が躊躇なく、飲みたいビールの方を買うようになったのは。


この話は、「発泡酒第3のビール vs ビール」

…という良し悪しのお話ではありません。

どっちが体にいいかとか、高い方を買えとかのテーマではないんです。



私の場合は、自分の本心に従ったら今はビールの方が良かったのに、

節約意識で「代替品で満足できればそれに越したことはない」と、

いつのまにか考えるようになっていた、その考え方に気づいた
というお話です。


そして、元々の自分の好みに戻った、というお話でもあります。


たとえばビール仲間の妹は、色々なビールも試しますが、

レッド・アイ」を作って飲むのが好きで、

そのときにはトマトジュースを濃厚で良いものにすることが大事、

ベースのお酒は第3のビールの気に入ったブランドにするのがちょうどいい

という好みを教えてくれました。

ビールだけで飲むときには普通のビールをチョイス、というように、

味をみながら使い分けているそうです。


私も最近、期間限定の第3のビールで心惹かれ、気に入った味があって、

それは今でも買っています。


ただ単に、自分の好み・自分自身の本当の望みに従えているかどうか

ということだけなんです。

ここ数日テーマにしている話題ですけれども。



あなたの体が感じること。惹かれるもの。直観が示すこと。


それに素直に従うためには、

「自分を優遇できますか?」


あなたが、あなた自身を優遇してもOK!

自分にはそれだけの価値がある、と認めて許可する必要があります。



私たちは、様々な理由を見つけて、「自分に対してケチ」になります。

意外と、自分を冷遇します。


でも、そんな風にしていると、

誰かが自分の好きなようにしているのを見たとき、腹が立つかもしれません。

咎めたい気持ちになるかもしれません。


日常のささいなことの積み重ねで、それは起こります。

私たちの人生はほとんどが、“何でもない小さな事柄”から、

そういう要素の繰り返しから、できているのですから。


子供優先にしているお母さんが、旦那さんが好きなものを選んだのを見て、

「ちょっと、私はいつもまず、子供のためを思って我慢しているのに…!」

と、ムカッとして責めたくなったり、

家族のために頑張っているお父さんが、奥さんが羽根を伸ばした姿を見て、

「まったく、俺は家族の将来を思って、休日返上で仕事しているのに…!」

と、イライラして機嫌が悪くなってしまったり、


そんな日々の小さなことも「サイン」になります。



思い出してください。


誰かを思う心や、目的に向かっていく気持ちと、

自分の直観を信じ、自分自身を大切にするということは、

両立することができます。


ただ、まず、あなたがあなたを満たすことからなんです。



それができずにアンバランスになるときは、「観念」が関わっていて、

私たちがよく採用してしまう「足枷になる」観念は、


「誰かが幸せになると、誰かが不幸になる」

「誰かが満たされると、誰かが不足する(誰かのものを奪うことになる)」

「自分“だけ”、幸せになってはいけない」
…など。


こういった不足ベースの考え方で、その罪悪感後ろめたさによって、

自分に対して我慢を強いたり、小さな出し惜しみを習慣にしたりして、

そうすることがあたかも何かのためになっているかのように考えるのです。

心は、じわじわと疲れていくのに…。



でも、それらの動機の元にあるのは、あなたが信じている「ただの観念」。


クリアーに、あなた自身に戻ってください。

自分というたったひとつの拠点にチューニングしてください。


大きな意味で…存在はひとつであり、

世界には「私」しかいません。


これを究極的に理解すると、あなたが最大限あなたでいるということで、

あなたは本当に「人のためになる」生き方・活かし方ができるし、

さらには、“いい○○”や“お手本になる△△”に合わせなくても、

今でも、存在するだけで「全てのため」になっているとわかるのです。



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