BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

スピリチュアリティーはどこにでも宿っており、境界はない

9月30日の講座が終わって以来、次回の講座に向けて、準備しています。

ひとつの講座が終わると、次の講座への目に見えない「流れ」を把握しますが、
タイトルのスピリチュアリティーはどこにでも宿っており、境界はない」という言葉通り、改めて、しみじみ思うことがあるのです。

それは今までも自分の中にあり、これからも無くならない姿勢なのですが。
今回は、それを言語化してお話しします。

「スピリチュアル」という分野に、何を期待していますか。

“スピリチュアル”と呼ばれる分野に興味を持つ方の中にも、色々なきっかけ、動機があることと思います。

私個人の場合は、元々は趣味や興味、好奇心ではなく、その当時の自分に必要であったから、いつの間にか足を踏み入れた分野でした。
つまり、はじめは、いわば「常識的」と広く認知されている枠組みの中で、人生の問題を解決しようとしていたのですが、そうしている間は望ましい結果や効果は出ず、答えを得ることはなく、自ずと「そこにおさまりきらない」範囲を学ばざるを得なくなったのです。
自分自身を生きるために。

そんな経緯でこの道に入った私には、あまり、娯楽的にスピリチュアル分野に接する感覚はわからないし、そういった姿勢に違和感を覚えることが多々ありました。

もちろん、娯楽のように楽しむ「部分」もあっていいし、どんなところから惹かれても構わないのですが、その「中身」、本質を見ようとしない姿勢には、まったく共感できません。

たとえば、「私のオーラの色は何色?」ということを知りたがった人がいたとして、その人にとって「オーラの色」を知ることにどんな意味があるのか、ということです。
これはその質問自体に問題があるという話ではなくて、「動機」の違いを明らかにするためにお話ししています。
少なくとも、「その色が何を意味しているか(何の表現なのか)」まで理解しなければ、ただ人から伝えられて「○○色なんだって!」と鵜呑みにするだけなら、まるで「今月の運勢」を雑誌で見るかのような「外まかせ」の姿勢になってしまいますよね。
一方で、その興味をきっかけに、「知覚とは何だろう」、「エネルギーとは何だろう」ということや、「私はそれによって何を知りたかったのだろうか」という自身の内側へ意識を向けることができるなら、話は別です。

この違い、わかっていただけるでしょうか。

なぜ、こんなお話をするかというと、ただ「スピリチュアル」という分野を特別視して、普段の「この現実」とは異なる「何か神秘的で不思議なもの」であるという風に思い込むのでは、あなた自身の中にある叡知や、能力を使うことはできないからです。

まるで何かのいちジャンルや特定のカテゴリのように「スピリチュアル」と呼ばれている側面は、あなたの現実の一部どころか、土台を作っているものですらあるのです。

だからこそ、「分野」としてそこに関わっているつもりでいるとき、「何を期待しているか」という、あなた自身の動機を見つめることは大事です。

現実の中に、分けて隔離できる「部分」は何もない

ぜひ思い出していただきたいのは、いわゆる「スピリチュアル的なこと」を人生から分けて、あたかもレクリエーションのように、日常とは別物のように扱うとき、あなたは自身の一側面を不自然に分離させているということです。

たとえ不思議に思える現象や、今は理解できない事柄があったとしても、「今」のあなたから離れて存在するものは何もありません。

現実との繋がりを見ること。その姿勢を失わないこと。
「現実」は、あなた自身の意識の反映です。

もし、現実の中の「特定のものをジャンル分けして、別のところに置く」ということをすると、あなたはあなた自身の内にあるその部分を隔離することになるのです。
あるいは、そこに余計な「観念」を上乗せしてしまいます。

でも、あなたの中では各部分が妨げられることなく「スムーズな交流」 を行えることが必要なのです。あなたという存在全体で生きることが欠かせないのです。
エネルギーが自由自在に行き来して、栄養が行きわたるイメージです。

情報や知識そのものより、自分の内側の感覚に注目する

「外」に見える情報や知識も、あなたの「内側」が伴って初めて、生きた意味を持ち、あなたの血や肉になります。

本を読んだり、ネットで情報を見たり、人から話を聞いたりする「だけ」では、いくらそれをまる暗記できたとしても、たとえ人に解説できるほど詳しくなっても、それはあなた自身のものになってはいません。

スピリチュアリティーに関しても同じです。
それらをただの「ルール(決まりや規律)」にしたり、「知識」にしたりしても、あなた自身は自由になっているでしょうか。かえって、負荷が増してはいないでしょうか。

自ら実感を持って、理解したり、認識したり、実用できるようになって初めて、それはあなた自身のものになり、活用され、「現実」に根付きます。

セオリーを理解していても、本当には「わかっていない」ということはよくあるものです。

そんなときには、焦りは禁物です。
もし、あなたの心が動くなら、本当に理解したいと思うなら、ふさわしいときに「思い出す」ことや、「自身の腑に落ちる」ということが起こるでしょう。

あなた自身の内側の感覚に、いつでも注意してください。
そして、決してそれを自分に対して「誤魔化す」ことがないように。

あなたが、あなたの感じるそのままを「今、受け入れる」ということが大切です。

もし、「わかっていないのに、わかっているふりをする」という姿勢を取ったり、「恐れから何かを戒律のように守る」ということをすると、自分を見失います。

スピリチュアリティーはどこにでも宿っており、境界はない 

結局、あらゆる「スピリチュアルな学習」は、あなた自身を知るためのものです。
あなた自身の内にあるスピリチュアリティーを実感するためのものです。
あなたは、宇宙の神秘や、数多ある世界や、物事の仕組み、未知の事柄などを、「客観的に」学ぶ意欲があるかもしれませんが、そこで必ず発見するのは、自分自身のことなのです。

あなたが経験しているすべてのもの。
生きていること、全部がまるごと。
あなたの「スピリチュアリティー」の顕現です。 

スピリチュアリティーが宿っていない状況や物事などありませんし、何かを分け隔てる境界もありません。

別な言い方をすれば、あなた独自の「日常」の中に、知りたいことのヒントがあるし、必要なアイテムも揃っています。
それを認識できるかどうかなのです。

今ここにある現実との結び付き

そのように「外観(形)」は、個人個人で異なる表現を持つということがわかると、何かの型を定めたり、一般化することは難しくなります。

講座の話になりますが、私が今後、記事で予告したようにさらに特定のトピックにフォーカスして、「夢、明晰夢、体外離脱」についてや「異星人(宇宙人)」について扱ったとしても、もし、私がただ「これこれは、こうこうこうなのです」とお話しするだけであるなら、あまり意味がないでしょう。

あるテーマについて、参加者のひとりひとりが意識内で認識しているのはどんなことか。
何を思い、感じているのか。すでに経験したことは何か。
人生を、どのように見ているか。
そういった諸々と結び付いて、初めて意味を持ちます。

中でも、特に異星人の話をこれまでテーマに持ってこなかったのは、そこと「ふだんの現実」との結び付きを、どれだけの人が現在(自覚できるレベルで)感じているだろうか、と疑問に思っていたからです。

現実離れした話でもなく、噂話やSFとしての娯楽でもなく、「今」の自分の中にあるそれを、どれくらい感じているか。

世間に出ている何らかの「情報の解説」は、私のやりたいことではありません。
そのようなものは、前述の通り、実感を伴わなければただの「知識」だからですね。
また、私自身の経験であっても、その説明をしたところで、聴き手の内側にそれと呼応するものがなければ、「ふーん、そうなんだ」と、自身のものではない架空の知識を増やして終わりになってしまいます。

そのようではなく、ひとりひとりの中にすでにある情報を引き出すシェアリングや、自己内に「今もある」他の文明や様々な存在たちと交流するための機会にできるだろうかということ。

扱いたいテーマではあるものの、どうもそこがまだピンと来なくて、機を見計らっています。
でも、かつてあった「時期尚早」であるという思いは、徐々に消えてきているのです。


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