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デッドライン~押すより完全に引くとき

今回のお話は「デッドライン~押すより完全に引くとき」です。

デッドライン(deadline)には締め切り期限越えてはならない線という意味があります。

そして「押すより完全に引くとき」の部分は、押すのをやめて引く「ふり」をし、何かを得るという駆け引きの意味ではありません。

これは、エネルギー的に、あなたの引きどきを見極めるためのお話です。

先週の記事、「自分のエネルギー世界を把握しよう」にも関連しています。

beats-and-love.hatenablog.com

ある状況や人間関係の中で、「あ、これ以上自分にできることは何もないな」とわかった経験をしたことはありませんか。

それは、あなたの気分や感情によって一時的にそう思うのではなく、そう「悟る」という表現が適しています。
あたかも、ピタッと目盛りがゼロを指している。あるいは逆の表現だと、ゲージがすでにフルに達していて、これで終わり、この物事に関してこれ以上先はないとわかる感覚です。

あなたの気分や感情がまだ、その状況や人間関係によってゆらゆら揺れる、動かされるようなときには、むしろ、エネルギー的にはまだまだあなたは自ら「そこに参加する気満々」の状態です。エネルギーレベルでは、積極的です。
すると、その状況の中でのドラマは続き、関わる人々とのエネルギーのやりとりも、あなたの現実の中で続くでしょう。あなた自身がまだ、そこから何かを欲しがり、何かを期待しているからです。

あなたがエネルギー的な「デッドライン」を自分の中で感じたときには、その状況や人間関係からは撤退しどき、手を引きどき、という内からの「サイン」です。

それは、その状況や人々に対して「愛が枯れた」とか「どうでもいい」と思うということとは違います。
それでも、「自分のできることは今はもうないな」と、わかるということです。

こうした直観に従うことは大切なのですが、たとえば「状況や関わる人々を思いやるつもりでの執着」、「義務感、正義感」、「損得勘定」や「体裁」など…様々な形態をとってあなたのその直観をくつがえそうとする、もっともらしい考えは「恐れ」からやってきます。

ただ実際のところ、はっきりこの感覚を味わうときには、そういった迷いすら生まれないほどピタッと心が静止して、クリアーで、深く自己一致した状態で悟ることが多いので、その瞬間には迷いは生まれないと思います。
しばらくして、日常の習慣的な行動に戻ったときに、ひょっとしたら前述のような、恐れから来る「説得」が自分の中で「揺り戻し」されてくることはあるかもしれませんが。


静かな「デッドライン」の感覚が示しているメッセージは、繰り返しになりますが、シンプルに言って、そのまんまなのです。

「この状況に関して、あなたにできることは、そこから離れることです。」
「もうそこから、完全に引くときです。」

具体的詳細は個人個人のケースで異なりますが、おおまかにいって、「手を引く、撤退する」ということを表します。

あなた自身のできることはすべてやった、という点もあるかもしれないし、関わる状況や人々全体を見たときに、これ以上あなたが関わることが適さないのかもしれません。

これは、住んでいる場所などに対しても、持つことがある感覚ですね。

それまで大好きだった土地でも、あなたの内側にとって「移る」時期がきたときに、「ここですることはもう何もないなぁ」と、突然空っぽな(終わった)感じが湧いてきて、引越しを考える、など。

このときに、過去の自分の感覚にこだわりすぎて、
あんなに好きな場所だったのに?
どうしてわざわざ引越すの?
…など、あまりに自分自身を疑いすぎると、あなたはにっちもさっちもいかなくなってしまいます。自分の中の議論が堂々巡りして、疲れてしまうのです。

これはたとえばの例にすぎませんが、どんな状況の中でもこういった葛藤を長く続けてしまうと、消耗は大きいので気をつけてくださいね。

エネルギー的に「すでに終わっている」人間関係や、「もはやあなたに適していない」状況の中で、引きどきなのに「押し続けてる(そこに参加し続ける)」と、あなたは消耗しますし、エネルギー的にも不調和です。

さらに困難になるのは、自分の直観を無視し続けて、「まだ頑張らなければ、まだ頑張らなければ、頑張ればどうにかなる!」と「その中で」何かしようとすることです。

もう押さないで!
引いて!
完全にそこから引くときだよ。

と、あなたの内側はサインを示しているのに、引かない。
すると、あなたは頑張るのに、状況はますます絶望的だったり、人間関係はどこまでも噛み合わず、一方通行や、もつれや、すれ違いが生じたりする。

これはひとつの「悪夢」の中にいるようなものです。
ところが、自分自身がその悪夢に、「アディクト」してしまっているのです。
まるで薬物に依存してしまうみたいに。

悪夢から覚めたいのなら、あなたがあなたの直観、内なる導きに従うことが大切です。
そのときに、他者を「一緒に味方につけよう」とか、「わかってもらおう」とか、しないこともポイントです。なぜなら、その発想が「悪夢へのアディクト」を持続させているからです。

他者からの「許可」がもらえるまで、自分は変われないと決めていたら、あなたは決して悪夢から覚められません。

あなたへ差し出されているどんな助力も、あなたが自分で目覚めると決めるまでは、一定のところまで達したら、あとはデッドライン。
あなたが自ら動くのを待つしかありません。
(見えないヘルパー存在の助力も、そうです。)

また、逆に、あなたが誰かを助けたいときでも、その人自身がエネルギー的に「許可」を出しているところまでが限界で、それ以上は、「越えてはいけない線」になります。


では、人と関わるときのエネルギー的な「許可」の様子は、どのように知るのでしょうか。

それは、この記事のはじめに書いたように、やはり静寂の中での「あなた自身の内なる精査」によってわかるのです。(相手のハイヤーセルフに尋ねる、相手のヘルパー存在に尋ねる、と言ったときでも、方法や表現が異なるだけで意味は一緒です。)

なぜなら、あなたの意識は、すべての意識と繋がっているからです。

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