BEATS AND LOVE

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意識内で信じている構造は、そのまま現実に表れる

色々な整理、準備、そして内面の構造のアップデイト期間に入っており、有益な発見が多いと同時にエネルギーが大きく動いています。

今年に入ってから、取り扱うエネルギーも大きくなったという実感を記事でも書きましたが、それに伴う「工事」を想像してください。

たとえば私たちの暮らしの中で、使用する電気の契約アンペアを上げるとき、電力会社の方に作業に来てもらいますよね。 
ブレーカー等の交換だけで済むこともあれば、配線や設備ごと変えなければならず、もっと大がかりな作業が必要になることもあります。

あるいは、こう想像してください。
あなたがチューブだとして、そこに水が流れてきます。
多くの水を流したいのですが、チューブ内がごみや堆積物で詰まって、実際に水が通れる面積は狭くなっています。
すると、そのごみや堆積物を取り除いて、十分な水の流れる元の広さに戻す必要があります。

人生のサイクルに沿って、こうした作業を定期的に行っていますが、その度に認識する内容がこちらです。

「意識内で信じている構造はそのまま現実に表れる」

 現実に表れるという「作用(法則)」には慈悲・無慈悲はない

あなたの経験している現実は、あなたの内側にあるものの反映です。
このことは、あなたが眠っている間に経験している身近な現象、「夢」もたとえに用いて説明してきました。

ところが、私たちは自分の内側にあるものを必ずしも自覚していないので、外の現実が自分の意識の反映であると聞くと、こう考えてしまうのです。

「そうだとしても、どこまで?」

どこまでの範囲が自分の意識による創造で、どこからがそうでないのかを考え、
あるものについては納得がいくが、別なものについては「これは私の意思から離れている」と感じるのです。

逆に言うと、私たちの自己認識が広がれば広がるほど、
自分の内側に精通すればするほど、「外と内の対応関係」にはっきりと気づきます。

外部のものがあなたに情けをかけたり・かけなかったりするわけではない

その理解を持つと、たとえばですが(※現存の何かを指していません。私が例として適当に思い浮かべたキャッチフレーズです)、
「神に愛される方法」とか「宇宙を味方につける○○」などの表現が誤解を含むこともわかります。そういった言葉だけをそのままに受け取ってしまうと、何かの「外部の力」いかんで、あなたの人生が変わるかのように錯覚するという点で、です。

あなたの経験する現実はあなたの意識の反映であり、それが映し出されるという
作用(システム)そのものに慈悲や無慈悲、属する感情はありません。

わかりやすく説明すると、

「重力は俺を愛しているのか?」
と、悩む人はあまりいないのではないかと思います。
ただ、この地球生活の中で、重力がかかっていることを経験的に理解し、受け入れています。
重力が自分を好いているかどうかとか、敵か味方かとはおそらく考えていないはずです。

この生活の中では、水差しからコップに向かって水を注ごうとすれば、水は上へ向かっていったり、バラバラに四方八方へと飛翔して行ったりせず、コップの中へ流れていくという作用をあなたは信頼しているのです。

同様に、「意識の内にあるものが外に表れる」ということについて、
表れるものが良いものと感じられようと、悪いものと感じられようと、
あなたにとってラッキーと感じられようと、ひどいものに感じられようと、
表れるという「働き」そのものに感情や好意、悪意など挟まれてはいないのです。

当たり前の話に思えるかもしれませんが(笑)!

あなたがかわいがられているから、何かの「力」によってラッキーが授けられた♪とか、
あなたは天から見放されているので、不幸が続くんだ……などの、
人間らしくはあれど根本的に外れている「思い込みによる解釈」には気をつけてください。
(他の存在が関わる場合にも、あなたの観念や意図の「外」にあることはできません。)

現実は「反映」であり、そこに慈悲を見い出そうが、無慈悲を見い出そうが、
システム自体はシステムにすぎません。

あなたにとってどう見えようと、ある出来事や状況をどう受け止めようと、
色々な「味付け・解釈」が発生するのは、常にあなた自身の内側からです。

映るものから学ばないなら、変えられない

先に説明したように、私たちは「まさか、このことは違うだろう」というように、
自分の意識から映し出されたものに対して安易に「例外」を認めてしまいます。

そして、目の前にある観念に、同じように従い続けるのです。

見ようと思えば明らかにここにあるのに、
それを「透明で見えないもの化」してしまう「根拠」をたくさん持っています。

これは物理法則だから。これは科学や医学でこう言われているから。
これは私の経験上、こうだったから。これは誰もが知っていることだから。

そう信じることであなたは「自分がそれを信じている」という自覚を外に押しやります。
「根拠」は外にあるふりをするのです。

あなたが信じている何もかも、それら自体は「良くも悪くもなく」、
あなたが信じ続けたい内容であるならば問題ありません
その通りあなたの経験を形作ってもいい、と自分で感じていることであれば。

問題となるのは、「それらに信頼を置いている自分」自体を見えなくすることなのです。

あなたが信じている。
信頼を置いている。

その「主体」が誰かを見失うことです。

あなたが力を与えたものは、あなたの現実では「事実」になります。

このことを、私たちは面白いほどに何度でも、忘れてしまうのです(笑)
忘れなくなればなるほど、この現実を「明晰夢」として経験する時間が長くなります。
関連記事「現実を明晰夢にすること」

beats-and-love.hatenablog.com

この現実を、眠ったまま経験しているときには

現実を、自覚を持たない「眠ったままの夢」として経験してしまうのは、
現実というスクリーンの背後に、その現実を創っている者(投影している者)の存在を隠しているからです。

スクリーンを凝視して、その「中で」生きていると、あたかもスクリーン上の世界に登場する全ては本物に見えます。
映画などの経験を振り返っていただけばわかるでしょう。

それぞれの登場人物、そこに映し出された世界、すべてがいきいきとしています。
それを創った者を忘れていられれば、あなたはその中に没頭して、「経験に翻弄される者」の立場でいられます。

それが望みであるのなら、そのままでいいのです。

でも、私たちが「人生に対する苦しみや、何かを変えたいという気持ち」を持つとき、
大きな者から、
「お前は分をわきまえ、体験に徹するように生まれたことを受け入れなさい」
などとは言われません。 

むしろ背後にいる「それを起こしている者」
創造者である自分に気づくよう、自分自身が促しているのです。

夢の中では意識の内容が即時に反映される

最後に、私が眠っている間に夢の中で最近経験したことを書きます。

☆☆☆

その夢の途中、私はトイレに行くと、洗面台の前にある一面の大きな鏡を見ました。

このとき私は、日常の現実の「私」と同じ感覚でいました。
女子トイレに入り、そこにいた他の人々も同じ大きな鏡に映っていました。

ところが、鏡に映っている私の姿は、今の「私」と同じではありませんでした。
女性ではあるものの顔立ちも違っていましたし、何より、釘付けになったのは、目です。

鏡を覗き込んでいる私自身の大きな目……
(人間の顔ではあるけれど、なに人とも言い難い華奢な感じの顔で、目がかなり大きめ)

その目の中の「瞳」の部分が、地の色はペールベージュに近い色で、とても鮮やかなトーンのブルー※が絶妙に美しく入り混じっていたのです。

地球人の瞳では見たことがない色で、度肝を抜かれました。

※ブルーの部分は昔行った別府「地獄めぐり」の「海地獄」の色を思い出しました。
写真はこちらべっぷ地獄めぐりサイト様「海地獄」のページ

www.beppu-jigoku.com

もっとよく見ていたい美しい瞳の色だったのに、そのとき私は、
こんな目の色は地球人にはない……どうしよう!心の中でうろたえ、焦ったのです。
とっさに、外でどう扱われるだろうかと考えました。
すると即時に私の目の色は、普段通りの黒い瞳の色になっていました。

何度も鏡を見て確認しましたが、それからはもう、鏡に映る私の目はいつもと同じ色だったのです。

☆☆☆

夢の世界では、自分の強く思ったことはすぐに現実(現象)として表れます。
ですから、それをわかっていれば「ああ、自分はこのようなことを信じているんだな」ということを現象を見ながら確認できるのです

そういう形で自分の制限となっている観念(信じていること)を知ることにもなります。

そして、起きて活動している「こちらの現実」でもそれは同じなのですが、
反映されるスピードが違うだけなのです。


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