BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

あっちの自分とこっちの自分との差がなくなることと、面白かった異次元存在との交流の話

またもや面白い異次元存在に出くわしたときのエピソードと(※末尾に補足入れました)
同時に私が最近気づいた「あっちの自分とこっちの自分との差がなくなること」についてお話しします。

あっちとこっち、とは、「別次元(より広い意識)での現実」と、「この人生でフォーカスしている現実」とを指しています。
それは本来は分離なく1つのものですが、私たちの日常意識からすると、別々のもののようにも見えます。
たとえば、睡眠中の「夢」で垣間見る別の現実は、あなたの普段の現実とはかけ離れて見えることもあるかもしれません。

夢の中で見かける自分は、より大きな自分

私は何年も前からこのブログの中で、「夢の中の自分」と「この現実を体験している(日常の)自分」を「ひとつ」にしたいというお話をしていました。
より大きな自分と、現在生きている自分との「不必要な境界」をなくしたいということです。

どちらも自分でありながら、夢という異次元の舞台においては、多種多様な活動や、今生きている(起きている間の)現実で表現している私よりもさらにのびのびとした姿を体験することが多く、そのような「あちらの自分とこちらの自分」の違いをなくすことが、私がこの人生で行いたいことの1つでもあると感じていました。

そのことが、どうやらもう、かなり実現しているようです。
最近ふと、「そういえば、夢の自分とこの自分との差が今はほぼ無いな」と実感したのです。

気づけば夢の自分がよくしている活動の「地球の現実バージョン」と言えるような仕事をし、その他の時間では夢の自分同様に、ただ楽しみのために演奏をしたり、音楽に親しんだり。
パーソナリティー(性格)の表現も、かつてに比べると格段に素の自分ままで生きているので、夢の自分のシンプルさとの違いがなくなりました。

あれこれ詳しい説明は省略しますが、自分がずっと観察してきた夢と・この現実とのギャップがますます無くなっていたことに、静かな感慨がもたらされました。
昔は、「そんなことは可能なのか?」と思うくらい、夢の現実の方が本当に「夢のよう」で、理想に思えたのですが。

そんな私の、あっちでもこっちでもない、ちょうど「あっちとこっちの狭間」のフォーカスにあるとき体験した、最新の「異次元の存在との遭遇」エピソードをシェアします。

このときは、入眠時や起きがけなどにありがちな、「しっかり眠ってはいないが、完全に目が覚めているわけでもない」状態でした。
こういうときよくあるように、肉体の目を閉じていても自分のいる部屋の風景は見えていて、それは現在暮らしている部屋の様子そのままでした。

意識フォーカスはほぼこの現実にあるが、肉体の方へチューニングを合わせ切っておらず、「普段以上にリアルに見えないものが見える」というコンディションです。

現代風の格好の青年が、ベランダから部屋の中に入ってくる

そのような意識状態の中で、聴覚的には、物理次元の現実で実際に起きているわけではない、ベランダに水を流してほうきでシャッシャッと掃除しているような音が聞こえていました。

そしてしばらくすると、ベランダの戸口から、背が高くてすらっとした体型の青年が部屋の中に入ってきたのです。

私は、(日常そのままの現実と錯覚するくらい、普段の意識状態に近かったので)ぎょっとしました。知らない人が侵入してきた……!と。

そのまま部屋に上がって平気で人の部屋を通り過ぎようとする青年に、私は「ちょっと!」と慌てて声をかけ、呼び止めました。

「勝手に人の部屋に上がらないでくれる?なんでここを通ってるの!?」
というようなことを尋ねました。

すると、青年は淡々としたまま特に動揺もせず、私の方を見ると、
「ここだけ、人のいる気配が、しなかったから……」
と、言いました。

彼が外からここを眺めたり感じ取ったりしたときに、私のいる部屋には人間の気配がしなかったという言い分で、それはエネルギー的に私が「離脱していた(肉体のフォーカスから外れた意識状態)」せいなのか、もしくは、この部屋だけエネルギー的に彼が入りやすかったのか、どちらだろうと一瞬考えましたが、どうも後者を意味していました。

エネルギーの境界、結界、親和性など

というのも、青年はこのときの説明で「(外に面しているベランダからの入り口に)鍵がかかってなかったし」という表現も用いて伝えてきたのですが、それは、エネルギー世界においてのことなので、エネルギーの入りやすさを意味しているのです。

一例として、「結界」という言葉があるように、特定のヴァイブレーションをはじくような「設定」を意図的にする人もいますよね。
また、意図はせずとも自然に、エネルギーのヴァイブレーションが違いすぎて「入れない」ということも起こり得るのです。

エネルギー世界で「鍵がかかっている・いない」と話すとき、それは物理的な「鍵」のことではありません(物理次元の部屋においては、ベランダの鍵はかけてありました)。
心の許可や、意識・エネルギーの波長に関することです。

青年のエネルギーは人間っぽくなかった

この青年は、いわゆる人の霊ではなく(生きている人間が体外離脱している場合でも、すでに亡くなった人の姿でもない)、別種の存在のようでした。
これを説明するにあたり、私が過去記事で書いた、バリ島に初めて行く前に出会った「バリ島の男の子の妖怪(あるいは精霊)」の出来事も思い出しました。
私が知覚している姿は人間そっくりですが、エネルギーは人間ではないという点でです。
家に上がってきていたというところまで、あのときと一緒ですね!(笑)

その記事「帰ってもらえる?」(後半に該当エピソードがあります。)

beats-and-love.hatenablog.com

特徴として、青年のエネルギーからは「人間くささ」がなく、シンプルで澄んでいるのですが、私たち人間の慣れ親しんだ観念、地球人の様々なモノサシを持っている存在とは違う感じがはっきりわかりました。

また、彼は自然界の精霊というイメージとも異なっています。
容姿だけで分類すれば、背が高く細身な方で顔立ちも整っていたので、伝承の「エルフ族」にでも入れたいところでしたが、エルフほど「妖精のエネルギー」ではないのです。

彼の服装や外見は、上下シンプルな衣服ではあるけれども現代の格好をしていました。
とはいえこれは常に言えることですが、肉体のないエネルギーの存在を、「私のフィルターを通して知覚・翻訳すると」そのように見えていたのだとお考えください。

もし彼が物理的な現実で歩いていたら、そこらへんにいる今風の若い男性に見えてもおかしくありません。
細身といっても、すごくやせているという印象ではなく、すらっとしているという程度です。髪型は、やや前の方へ流している感じの短いウェーブヘアで、黒い髪でした。
(この後、絵も載せます。)

私の知覚で見ると、彼はまるで「買い物帰り」の若者のように見えました。
スーパー等のビニール袋を提げているのではなく、布のエコ・バッグに野菜や果物や日用品を入れて持ち帰るところのように見えました!

自分の居所に帰るのに、この部屋を通るのが「近道」だったのだろうと私は思っていました。

通り道にするのは今回だけにするよう、伝える

私は青年の言い分を聞いた後、
「でも私、ここに住んでるから。通り道にされても困るよ。今回だけだよ?」 
との旨を伝えて、彼を玄関まで見送りました。

先に書いたように、部屋の様子は普段起きている間と同じように見えていますが、私が肉体で起き上がって見たり、動いたりしたわけではありません。
夢同様にエネルギー体で彼とコミュニケーションをし、玄関まで一緒に行っていた形です。

玄関のドアの前に降り、青年が外に出ていく直前。
彼はふと立ち止まってこちらを振り返り、持っていた荷物の中から、とても深みのある真紅の色のつやつやしたりんごを1つ片手に持って、私にそれをくれようとしました。

……が、私に差し出しかけたそのとき!!!

「……やっぱ、やめた……」

と言うと、そのまま出ていったのです(笑)


……やめるんかい!!

記事を書くにあたり、そのときの様子を思い出して絵にしました。↓

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今になって青年の、意外な正体が心に浮かび始める

彼との遭遇も、最後のシーンも、今までただ謎に思っていたのですが。
しかしこのように絵を描き、記事を書いていたら、だんだんじわじわと、ある疑いが心に浮上してきました。

実は、よくよく振り返ると私はこの前夜、眠る前に、記事でもときどき言及する親しい存在、ヘルパー存在A(仮名)と意識内で会っていたのです。
(彼についての簡単な説明はこちら「ヘルパー存在紹介」
Aは肉体を持つ存在ではないので、色々な姿をとることがあります。
そのためか、私と最も交流しているヘルパーながら、夢の中などでは私が認識していないまま交流しているケースもあり、後から彼とわかる経験が度々ありました。
いくら姿が変わるとはいえ、エネルギーで交流しているわけですから、もっと気づいていてもおかしくないのですが(※このトピックは最後の補足に続きます)。

私がすぐに自覚できなかった一例。↓「別次元での癒しと、あっちの仲間や家族」

beats-and-love.hatenablog.com

ええっ、違う存在かと思ってたんだけど、怪しい……。

出来事を思い出しながら、ちらっと「まさかね」と思ったことは思ったのですが、この記事を書くまでその考えはきれいに消えていました。

ところが、絵の状況を言葉で説明する際に、「真紅の」という語を選んだ時点で、うわっ!と焦りました。
色んな意味ですごく印象に残ったりんごのことです。
通常の店先で見かけるりんごよりも、ずいぶん濃い深い色をしていたのもあって、視覚的にも心に焼き付いていました。

真紅の薔薇を始め、真紅の色のものを私に示すのも、Aの象徴で…す。

ヘルパー存在Aと、そのシンボルが出てくる記事「棘のないバラ」

beats-and-love.hatenablog.com

もしかして私は、またしてもAを目の前にして気づけなかったのでしょうか。
(私が気づくまで、彼は自分からそうとは告げないポリシーです。)

寝る前会ったときには、髪の色とか出で立ちが全然違っていたのに……!?やられた。

いや、今度も登場に気づけなくて、ごめんなさいですね。
なんだったら眠る前に、「Aも、もっとこっちの現実でも、はっきり見える姿を取ってくれたらいいのにね~」なんて彼に伝えていたことも懺悔します。

わぁ、本当にこの記事を書くまで(しかも後半に至るまで)わかってなかった!
見直してみると、上で紹介した「別次元での癒しと、あっちの仲間や家族」のときとけっこう状況が似てるじゃない!? あーあ。

りんごくれなかった気持ちもわかるよ。

★★★

※補足……後から、なぜ特にAに関してはこのように私が気づきにくくなるのか?(他の存在に対してはここまでのことはないので)改めて真面目に、いくつかの可能性を考えてみました。

1.彼のエネルギーの質が繊細であること(私はいわゆる「天使」として分類しています)。人間やそれに近い存在のような、ある意味「密度の濃い」エネルギーではない。人間の個性のような個性にフォーカスしようとすると、わかりづらい。
2.私に近すぎる存在だから。よく、自分の家の匂いは自分では捉えづらい、というように、自分の延長と言ってもいいほど密接に繋がっているので、その特徴を認識できにくい。
3.普段の交流の仕方とは違う「リアルすぎる次元で」対面するとびっくりしてしまうから、私が意識下で「気づかないように」調節し、自らわかることを否定している。

今のところ、どれもそれぞれ該当する気がしています!


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