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ポジティブシンキングしなくてもいいけど、主語を私で考えてみよう

あっという間に8月ですね。
個人的にも集合意識的体感としても、9月頃からまたエネルギーがどぉっと変わりそう、というほのかな予感があり、どんな変化になるのか微かに構えるような気持ちがあったのですが、始まったばかりの8月の楽しさにそんな硬さも打ち消されました。
「現実という名の夢」を明晰夢として見つつあるような、色々な面白いことも起こっていて、良い月になりそう♪です。

今回のお話は「ポジティブシンキングしなくてもいいけど、主語を私で考えてみよう」です。

無理なポジティブシンキングと、自然と湧いてくるポジティブな見方

私は以前から、自分の感情や感覚を無視したポジティブシンキング、無理なポジティブ思考はやめましょうとお伝えしてきました。
それは単に、あなたの中にある恐れや、ネガティブな観念の「裏返し」の表現にすぎず、元にあるものを解決することには繋がらないからです。

物事の根本を見るとき、それとは全く別の「ポジティブ」な姿勢があります。
あなたが自らをチューニング(自分自身になる、揃うということ)すれば、おのずとポジティブに物事を眺めるようになるのです。

なぜなら、それがあなたの「本来のあり方」で、「存在」の自然な本質だからです。

そのあり方は正確にはポジティブでもネガティブでもないのですが、この世の概念で判定するならば、「ポジティブだね」というあり方になってしまうのです(笑)

本来のあなたにチューニングして生きる秘訣

そう聞くと、「では、自分自身になるということ、自分にチューニングするということはどういうことだろう?」と考える方もいると思います。
それについては、色々な機会に色々な角度からお話ししてきたので、ここでは説明しません。

ただ今回は、あなたの「現実」を眺めるときに、主語はどこにあるか?に気をつけることで、創造者である自分自身からぶれないあり方、をお話しします。

あなたの現実には、様々なことが起こります。

想定内のことも、想定外のことも、あるように思えます。
望んでいることも、望んでいないことも、
うれしいことも、うれしくないことも、
対処できることも、自分では抱えきれないと感じることも、起こるかもしれません。

そのとき、主語はどこにある?

物事に対して、色んな感情を感じることは、自由です。
あなたは、現実をどのようにでも「解釈」できます。

それらを制限する必要はありませんが、あなたが「自分自身にチューニングする」ことをしたいなら、
言い換えれば、あなたの見ている夢を、自覚を持った「明晰夢」にしたいのなら、このことを思い出す必要があります。

「これは私の創っている夢(現実)だ」と。

あなたの意識によってあなたの現実が創られていて、あなた自身が創造者であるのなら、現実に起こるあらゆる物事の総合的な「主語」は「私」ですね。

世界が、国が、○○さんが、会社が、システムが、家族が、神が……

という風に見ることのすべてが、本来、主語は「私が」になるのです。

主語が他者だと、他者のことを慮るつもりで自分の思考から出られない

私たちの多くが、「他者のことを考えて」生きるようにと教えられます。
それが自然と湧き上がる思いやりや優しさであるなら、問題はありません。

ところが、それとは違う、「他者主軸」の生き方をしてしまうことがあります。
そうなっているとき、冷静に見れば、「他者を慮る」つもりで実は自分自身の思考にはまっており、自己と他者とを繋げて考えていることに気がつきます。
例を挙げると、
自己犠牲の観念や、他者に認められること・満足してもらうこと、あるいは自分の思い通りにコントロールすることによって「自分が満たされる、生きる価値をもらえる」という錯覚に陥っていることがわかるのです。

他者のことを考えているようで、自分の観念を他者に投影し、その枠組みから出られません。
そのとき起こってくる様々な動機は「自分の中心」からではなく、「他者の観点(と自分が信じているところ)」からなのです。

そのように「自己―他者」を連結させて考えているとき、あなたは自分にチューニングできていません。

操縦席から降りて物事を何とかしようとしている状態です。
この記事も参考にどうぞ。「自分のエネルギー世界を把握しよう」

beats-and-love.hatenablog.com

すると、当然のことですが、あなたの世界は苦しみに満ちてしまいます。

なぜなら、何も「自分の思う通り」にはならないように体験されるからです。
しばらくはあなたの意に沿う現実が体験できたとしても、それはすぐに変化し、またあなたは努力しなければなりません。
他者や状況をコントロールするのは大変です。
あなたはいつも「考えて」、作為を施さなければならないでしょう。

あるいは、いっそのこと、「この世はままならず」とあきらめるしかないでしょう。

そういったとき、あなたの思う主語は?と確認してみると、
「私」ではないところにあることがわかります。

つまり、「私が」ではなく「○○が、こうした」、「△△によって、こうなった」、「□□はどう思い、何をする」などがリアリティーの軸になります。

主語を私として見るならば、私への絶対的な信頼が必要

そう見ることをやめ、この現実の何もかもを「私」を主語にして見るならば、まず、あなたはあなた自身を絶対的に信頼していなければなりません。

なぜでしょうか。

あなたが、自分という存在をどう見ているか、どんな存在だと信じているかが、そのまま現実の見方に投影されるからです。

あなたがもし、「自己とは、気まぐれで、信頼できず、悪意に満ちている」と考えているなら、主語を「私」にすることは狂気の沙汰です。
現実をそんな者が「創造して」いるって?恐ろしくって、とてもそんな風に考えることはできませんね。
そんな性質の作家がドラマ(現実)を描くと考えるよりは、別の何かに取り仕切られていると考える方が安心できるでしょう。

一方で、あなたが「私」本来の性質がどんなものであるかに絶対的な信頼を寄せているなら、あなたは「自然とポジティブに」あなたの現実に起こる物事を見つめることができます。

創造性に満ちあふれた、愛そのものである存在が、どんなシナリオを描くか。
それを知ることは、よろこびになるでしょう。
また、同時にそれは、あなたの「内側」を知ることでもあるのです。

本来の性質に沿った創造者の目で眺める

あなたが「今回の人生のあなた」以外の自分にフォーカスしようとも、あなたが「誰」や「何」になろうとも、「私」であることは続きます。

常に「私」であるあなた自身が、あなたの現実を創造しています。

すっかり「人間・登場人物」になり切ったつもりのあなたが、作者である自分になって自身の現実を眺めるとき、何が見えるでしょうか。 

あなたは自分を罰するため、苦しめるために現実を創っている、と見るでしょうか。
それとも、あなたをより良い状態へと促したり、幸福へ導くため、さらなる創造性を引き出し、よろこびを味わうために現実を創るでしょうか。

そのどちらの視点から見ようとも、自由ですが、
真実は後者、あなたの「本来の性質」に沿ったものです。

それ以外の自己に「なったふり」はできますが、あなた自身の本来の性質は変わりません。

そう知っているならば……

悲劇を創ったように見える「私」も、
争いを創ったように見える「私」も、
あなたの意に沿わないように見える状況を創った「私」も、

このように見直してみることができます。

「いや、待てよ。この状況をどうして私は創ったのだろうか。」

「この状況は本当に私の思う通り、“悲劇”でしかないのだろうか?
ただの“不幸な”出来事なのだろうか?“がっかり”すべきなのだろうか?
そう解釈しているときの自分は、どんなシナリオを信じてしまっているのだろう。

創造者の『私』は、どんな意図でこの状況を創ったのだろうか。
ここから受け取ることのできる、私自身の望んだギフトはなんだろう。」

こう、「私」を主語にして、信頼を軸に、眺めてみることができます。
この世にありながら、存在の本質を自覚したままの「私」の観点を持つことができます。

人間的な観点に縛られたままでの「ポジティブシンキング」はしなくてよい(ネガティブな観念とワンセットであるにすぎない)けれども、
主語を「私」に戻し、あなた自身の現実の創造者であると気づいてください。
そして、その性質の恩恵を受け取り、十分に享受しながら発揮してください。

あなたがあなたの世界をどう見るかは、そのままあなたの人生に反映されるからです。


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