BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

割を食う人の、なぜ!?~被害者思考から抜けるには~

グッド・イヴニング~。



昨夕の月。私のデジカメではこれが限界、きれいに撮れた方。(*´ω`*)ゞ




今朝の、朝日。この写真ではあまりよくわからないけど…




こちらの写真では、太陽そのものが雲間にまるく写っていました♪

(写真中央よりやや右上の雲の中にあります。)

こうして見ると、天体なんだなぁ~と改めて思ってしまいますね。


今回のテーマは、「割を食う人の、なぜ!?」です。


タイトルよりも、もっと多くを含んだメッセージなのですけど、

ちょうどよく全てを含むタイトルが思い浮かばなかったので、

このようにしました。


大切なポイントを示していますので、もし思い当ることがあれば、

あなたの人生にも当てはめて考えながら、読んでください。

☆☆☆

以前「支配と服従のウ・ソ☆」という記事を書きました。今回の内容と繋がっています。

beats-and-love.hatenablog.comその中にも書いた通り、

何かを強制されてしまう人、支配されてしまう人がいるとすれば、

まず当人自身が、人から“強制され得ること”を信じている人、

“自分には選択権がないと感じている人”なのでした。

さらに日常レベルでこのことを考えると、たとえるなら、

“いつも割を食う人”といいましょうか…。

理不尽な理由で、(本当は自分と関係がない場合ですら、)

人に当たられやすいという人がいます。

なんだか自分は人に当たられやすいのではないかとか、

感情のはけ口にされやすいな~と感じている方、いますか?

もしいらっしゃったら、これはあなたに役立つはずの記事です。


そういったあり方を、「ポジティブ(?)」に受け取ることもありですが、

(たとえば、相手の調子がたまたま悪かったんだ…とか、

こういうのも相性だから仕方ないんだよね、とか、

これは自分に、相手が甘えているだけなんだ、きっと相手はそれだけつらいんだ、とか…

いつか自分のしているこの我慢は、実る、とか!

理由はいくらでも“好意的に”考え出すことができると思います。)

あなたは、ずっとそういう状況を繰り返したいですか?


そんな傾向のある現実を体験することも、あなた自身の観念によるものにすぎず、

実際にあなたに罪があるからだとか、持ち越したカルマがあるからだとか、

避けられない「神の計画」だったとかそんな“必然的理由”などありはせず

自分で変えられるのだとしたらどうですか?


「この状況に、私は価する(釣り合っている)んだ」

「私は責められるにふさわしい人なんだ」

などのように、どこかで、

「自分はそのような仕打ちを受ける人間である」と、

自分のことを「信じている」ということに、気づきませんか。

そう、なんと自分自身が、心の中で、

自分はそうした扱いや状況にふさわしい人間だと決めてしまっているのです。

そういったあり方が、本当にあなたにとって「ちょうどよければ」、

あえて変える必要はないでしょうが、

それがもし苦しくて、変えたいと望んでいるならば、変えられます。キラキラ☆


もし、あなた自身がそういう“割を食う人”でなかったとしても、

周囲を見回して、そういう目に遭いやすい人と、

遭いにくい人がいるということがわかると思います。

理不尽なことをぶつける側の相手も、しっかり、

自分の言うことをまじめに聞くであろう相手」

「自分の相手をしてくれる相手」を選んでいるものです。

のれんに腕押し、スルーする精神の持ち主には、

そのような人はちゃんと、寄っていかないのです…(笑)


そうだったのか!(ノ゚ο゚)ノ

ならば、自己尊重をしっかりすればいいだけね!≧(´▽`)≦

と、思い当たるかもしれませんが、

もう少し、このテーマに関連して、さらに深い所について書きます。

☆☆☆

誰かから何かからコントロール(支配)されること、

自分の意に反して強制されること等を怖れている人の心には、

一見、「怖れている」ということで無力そうに見えながら、

被害者の役割を信じるその動機の中に、「裏返しの思い」があります。


それは、

「人が支配しようと欲するほどの何かが、自分にはある」

という自己価値への希求と、錯覚なのです。


他者が口出ししたいほどに、その人生をコントロールしたいほどに、

自分の人生は(他者にとっても)重要なのだ、という錯覚です。

これは本当の「自己肯定感」や「自己価値」とは異なっているんです。


「それぞれがそれぞれの人生に従事しており、主導権はそれぞれの“私”にある」

ということを見落とした上での、他者を基盤とした、自己の評価です。


たとえば精神世界・スピリチュアルの中でも、

宇宙人や、別の次元の存在というような、

あたかも「人間より力がある」かのような存在が、

私たちをコントロールしようとしているとか、

支配をもくろんでいるとの考え方がありますね。


これは、人間同士の支配・服従の場合も言えることですが…

他者をコントロールすることで、メリットがあると信じられるのは、

「自分には力がないと思い込んでいる存在」だけです。

自覚のある意識的な存在は、そのような錯覚の中にはおらず、

わざわざそんなことをするほど暇でもありません。

なぜだか、この理解がごっそり抜けおちていることが多いのですよね。

そうした妄想ができること自体、ある意味「自己中」とも言えます。

その発想が、見ている世界が、自分の周辺を中心に、すごく狭められているのです。

私たちにはもちろん、価値があります。

あるけれど、

それは「相対的」な価値や、「比較」に基づく価値じゃなくて、

皆が平等に持っている価値
です。

力ずくで… コントロールしてまで…

自分を動かそうとしているものがいる、と信じるのは、

視点を変えれば、これもまたうぬぼれだとは言えないでしょうか。


今日のお話はやや辛口テイストと感じられたかもしれませんが、

私自身が多かれ少なかれ、

人生の中でこういった「錯覚」を経たことがあるからこそ、

お届けしたいメッセージでした。


なぜ、自分の身にこのようなことが起こるのか?

その要因を外に探したり、自分より大きな力のせいにしないことです。

その道は、行き止まりだから。

答えも、変える力も、いつもあなたの中にあるんですよ。


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