こんばんは!
スピリチュアルカウンセリング個人セッションのご感想を紹介いたします。
「自己犠牲の観念にサヨナラ☆」という記事タイトルは、いつものように、
いただいたご感想の一部を象徴して私がつけたタイトルです。
今回ご感想をお送りくださったanamiemさんは、数ヶ月の期間の中で、
3度のスカイプセッションを受けてくださいました。
セッションは、ご自身の中で3部作のような感じで3回と決めていらしたそうで、
「最終章」の回には、2枠連続の長いスカイプセッションとしてお話ししました。※
(※スカイプセッションは1枠50分と、対面セッションよりやや短いので、
一度にもっと長くお話ししたい方は2枠を連続でお申込みいただけます。
詳しくは、◆「お申し込みのご案内」をご覧ください。)
どの回にも、ご相談内容・ご質問に沿って多岐にわたるお話をしたのですが、
元々ご自身の考えていたこと、感じていたこととの繋がりもしっかりと把握して、
早速、実生活に生かしてくださっているanamiemさんからのご感想です☆彡
☆☆☆
この度は、彼がフランスに帰って、私がフランスに遊びに行く前、帰国した後、
彼が日本に戻ってくる前、というタイミングで、セッションをお願い致しました。
私は、遠距離恋愛というものが大嫌いなので(なのにすることになってしまったんですね・・・トホホ)、今回も夫になった彼と数ヶ月も離れることに大いに不満を抱いておりました。
もちろん、実務的な面からやむをえないことも頭では理解できていたのですが、それでも嫌なことに変わりはなく、けれど、心のどこかで、彼だけの都合ではなく、私にも何かしら意味のある期間のはずだとも思っていました。
そして真実がどうであれ、私は、自分にとって意味のある期間にしようと、自分自身をみつめる機会にすることにしたのです。
masumiさんのブログやセッションでのアドバイスを道しるべとして、色々調べたり考えたりしながら、様々な気づきを得てきましたが、最近はちょっと大きな気づきも得るようになっていました。
昨日のセッションを終え、何かが予想どおり完結し、やはり計画されていた期間だったんだな、と実感すると共に、この時期にmasumiさんのブログと出会ったことも、出会うべくして、出会ったように感じております。
masumiさんのブログに出会ってから、他にも宇宙人やスピリチュアル系の情報を発信されている方々が、五萬といること初めて知りました。「世界って、知らないと、それらが存在しない世界に生きちゃうんだよねー」と、しみじみ思ったものです。
それでも、やはり立ち戻るのはmasumiさんのブログで、それは、疑問のすべてを自身の中の材料から解決していくという姿勢(?うまく表現できておりませんが、いつもmasumiさんが言わんとされていることです)に、深く共鳴し、masumiさんほど強く、そのことを大切にお伝えくださる方には、他では出会わなかったからなのです。
私も自殺は考えたことがあるので(というか、考えたことのない人のほうが不思議です)、masumiさんも大変な時期を乗り越えていらっしゃったのだろうと、想像するのですが、この出会いに感謝すると、masumiさんがその時期を乗り越え、これまで生きてきてくれたことにも、とても大きな感謝が湧いてきます。今だけでなく、大変な時期をがんばっていた過去のmasumiさんにも感謝をお伝え頂ければ幸いです。
ところで、私が自己犠牲の観念にあれほどまでに縛られていた、
ということは大変な驚きでした。
セッションでお話したように、頭では常にその観念に対してノーと言っていたつもりだったので、その観念に自分が左右されているとは思っていなかったのです。
でも、涙が出たということは、そこに執着があったということですよね?
こうしてみると、セッションでお話したように
「優しさや親切は自己犠牲の上で行うべき性質のものではない」
と(※anamiemさんが)伝えてきた私の回りの方々も、(第一に母ですが)、実は、私のやってきた自己犠牲が受け手側や第三者の立場から見るとどうなのか、それを私に見せるために彼らは役割を負っていたのではないか、とも思うようになってきました。
「そんなこと必要ないんだよ」なんて、えらそうに言いながら、彼らは私に気づかせるためにやっていたのか?と思うと、私が開放されてさえいれば、彼らも「お役目ごめん」になったのに(彼らには私とは関係のない、また別の理由があるかもしれませんが)、何をえらそうなことを言ってたんだか、という思いがします。
masumiさんがブログのコメント欄について、「masumiさんに送りたいコメントは、本当は自分に向けたメッセージでもあるのです」とおっしゃっておられたかと思いますが、まさにこの件についても、そうだったのか・・・、と非常に考えさせられました。
今後は、自分が他人に向かって発信しようとしている情報を、意識して自分側にも受信してみようと思っています。
再び、自己犠牲の話に戻りますが、それでも、masumiさんが、この命のシステムの中で、この世界ではとても深く根付いている観念だとおっしゃっていたとおり、今日も自己犠牲を礼賛する発言に出会い、昨日のセッションがなければ、「やっぱりそう思うよね。そういう人ってやっぱりすばらしいんだよね?」と絶対に思ってしまっていたな、と思いました。
でも、今日は、明確に「いや私はいいと思わないし、自己犠牲の上に差し伸べられた助けを私は必要としない。私の自己犠牲も誰も必要としていない」とはっきり心の中で思うことができました。
ちなみに、発言者には「その点について、今わたし、修行中なんだよね」と、同意ではない返事を返しておきました。
とても心がすっきりしました。
masumiさんとのお話を通して、自分は人と合わせようとは思わない、なんて思いながら、masumiさんに比べると、まだまだ、周囲、他者のエネルギーに右往左往させられていて、masumiさんにはぶれない核心があるな、と感じ、恐れ入りましたし、おかげさまで、自分の方向性がたしかに見えた気がするのです。
お感じになられていたかと思いますが、一度目のセッションでは、心の中が嵐のようにあれていて、なにかにすがりたいというか、そうしないと飛ばされちゃいそうな感じで、masumiさんを見つけた~!という感じだったのですが、今は静まって、自分がよりクリアに見えるようになった感じがします。
ありがとうございます。
今後もブログで、masumiさんの宇宙を楽しませていただきたいですし、また人生の節目には、お会いしに伺いたいので、よろしくお願い致します。
余談ですが、人と違うことに傷ついてしまう人たちは、「放っておけばいい」っていう(※セッション内での)表現が大好きでした。言葉を尽くして誤解のないようにと普段から考えられた表現を使われていると思うのですが、それがたまに、絶妙な場面でこういう単刀直入な言い方をされるので気持ちがスカッとします。ブログでもどんどん多用していただきたいです(笑)!
あと、ブログの絵文字もすごく感じが伝わってきて大好きなんです!
ぜひ今後も絶妙な絵文字をよろしくお願いします!
それでは、今後のご活躍をお祈りしています。
過ごしやすい季節になったので、どうぞ秋を楽しんでくださいね。
★anamiemさま★
☆☆☆
anamiemさん、ご感想と掲載の許可をいただき、ありがとうございました!
anamiemさんも書いてくださったように、
セッション中に思いがけず涙が出てくるときというのは、
本当は色々な思いや感情があるのに抑えていたテーマにふれたとき、
そして、その「封印」がゆるみ、解放されたとき!ということが多いです。
自己犠牲の観念は、私たちの人生に影響を及ぼしている観念の中でも、
全世界的によく見られるものと言いますか、様々な物事の中に根付いてますから、
それが自分の中にもあったんだ!と気づいて解放することは大きいですね☆
読者の方にも思い当たることかもしれませんが、
自分が犠牲になることと、奉仕(誰かのためになること)とが結び付いている、
これは、ひとつの「観念(BELIEF)」にすぎないので注意してくださいね。
◆「人間関係はメッセージ☆講座レポート&ご感想」の記事内でもそれにふれました。
他者を想う気持ちが元々私たちひとりひとりの中に自然にあるからこそ、
“自己犠牲の観念”を信じることが「罪悪感」や「恐れ」と直結してしまい、
その歪みから、本当に苦しい現実の経験が多くなってしまうのです。
anamiemさんからいただいたご感想のシェアをきっかけに、
もし、あなたご自身の中にも自己犠牲の観念があったら、見つめ直してくださいね。
anamiemさん、セッションのご感想だけでなく、
私やブログへの応援メッセージもありがとうございました!!
記事内の絵文字の使い方まで注目していただけたとは、幸いです!(≧▽≦)
いつも応援してくださっている皆さんも、ありがとうございます。
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