今回は「コトバを超えて意味を受け取る」というタイトルで、ぷち不思議体験エピソードも一緒にお話ししますよ。
最近、書くお仕事(※“スピリチュアル分野”の内容ではない)の中で、資料として取材の録音を数人分まとめて聴く機会がありました。
すると、気づいたのが、日本人同士の日本語の会話でも、案外、聞き取れないところってあるんだ!ということでした。
聴いている私が、日本生まれ日本育ちの日本語ネイティブでも。
これは新鮮な発見でしたね~。
というのも、特に昨年から今年にかけて私は英語、おもにアメリカのラッパーのインタビューを聴くのを趣味にしていたのですが、ときどき「なに!?何て言った??」 という本当に聞き取れない箇所が出てきて、
そういうときには何度も細切れにして聴いてみたり、文脈から推測して単語をあててみたりしていたわけなんですよ。
「あ、こう言ってたんだ」と明らかになったときには、とても楽しくて。
うわー、すっごいリエゾンしてる!※とか(※言葉の発音が前の音と繋がって別の音に変化してること)、
ほぼ単語の中の一音しか発音してなかったんだね、とか、
息もれ程度しか音は聞こえていないんだね、とか…
ああ、生きたおしゃべりの音って、「文字」と違ってこうなるよね、と実感して面白くなったり、留学時代のティーンエイジャーの早口もこんなだったなと思い出してみたり。
…でも、それは英語だからという意識をどこかで持っていたんですよ。
ところが!
今回、録音された音声を聴いていて、なるほど、日本語もそうだと。
自分自身が参加している会話のときには、私たちは、「言葉の音」以外の色々なものをキャッチしていますので、音だけをプレーンに聴いているかというと、そうでもないんです。
たとえそれが直接相手と対面していない電話などの会話であっても。
たとえばあなたが「電化製品」について誰かと話をしていたら、おのずと、それについての文脈や単語、話の流れの「世界」に入りながら、話をしていて、相手とそれを共有していますよね。
会話に出てきそうな単語や流れを連想し、予測しながら話しているのです。
つまり、純粋にコトバという「音」だけを聞いているのじゃなくて、
意識、エネルギーを交換していて、本当は「音」として言葉が出る前に、わかっていること、やりとりしていること、共有していることってあるのです。
さらに言えば、相手の表情やジェスチャー、そしていわゆる「空気」も感じていますよね。
ところが今回の私の場合のように、その現場にいなかった者が、録音された音声だけを聞くと、そういった付随する情報が少ない状態で、普段はあまりしない純粋な音としての「日本語の聞き取り」に集中することになります。
すると、しゃべり方によってはやっぱり日本語も、前の音とつながってリエゾンしていたり、語尾が消えていたり、聞き取りづらい箇所っていくらでもあるのです。
自分は日本人だから文脈から「こう言ってるんだろうな」と察しがつくけど、しっかりキャッチしようと音声を聴き直したり、考える手間は同じ。
なーんだ、必ずしも「英語だから」難しかったんじゃなかったんだ!!
インタビューの聞き取りって、けっこう難易度高いんじゃん(笑)
と、私は気づいたのでした。
こういった難しさを「外国語」に結び付けていたのは先入観でしたね!
☆☆☆
そのことと関連して思い出した、あるエピソードです。
「不思議」と言ってもいいかもしれないお話。
私は昔、実家から都心への通勤をしていた頃、片道2時間くらいかかる上に満員電車という心躍らない条件だったので、そのストレスを和らげるべく、いつもウォークマンを持参して聴いていました。
電車に揺られて長い時間音楽を聴いていると、空っぽな気持ちで音楽に意識を集中しているせいか、音楽の色やヴィジョンが見えたり、体感ができたりすることに気づいたのもこの頃でした。それはとても楽しい体験でした。
そんなある日、私は、疲れて電車の中で立ったまま居眠りしていました。
耳にはイヤホンを入れたまま、音楽を再生したままで。
そのとき私が聴いていたのは「2Pac(トゥーパック)」の曲でした。
後述しますが、ある意味、伝説のようになっている、その当時でもすでに亡くなっていたラッパーです。(今年は彼の伝記的映画も公開されるそうですよ。)
私はずっとアメリカのヒップホップ、ラップ音楽が大好きでしたが、この頃は今よりももっとずっと曲のリリック(詞)を聴き取れていませんでした。
そして当時は今ほどネットで文字にされたリリックも見かけませんでした。もしかしたら私が知らなかっただけかもしれないけれど。
さらに、「聞き取れる」ということと「わかる」ということ、これも別物で、
たとえば、あなたがある音を正確に聞き取れたとしても、その「コトバ」の意味がわからなければ、内容は受け取れないですよね。
それと一緒で、英語の単語や文を聞き取れても、意味が理解できないということもありました。
音そのものの聞き取りと、その意味と。
当時は、リリックを「もっとわかりたいなぁー!」と思っていたにも関わらず、「でもやっぱり聞き取れない、聞き取れてもよくわからない」状態だったのです。
そのとき持参していた2Pacの曲についても、そうでした。
ところどころはわかるけど、ところどころわからないし、しかも聞き取れたところも、意味がつながらない。
ああ、大好きなラップの世界をもっとスムーズに理解できたらいいのに、と、よく歯がゆいような切実な気持ちになっていたものでした。
そんな中、その日は曲を聴きながら、電車の中で立ったままで居眠りをしていたのです。
座席に座っているのじゃなくて立った姿勢で眠っていると、体は一部「起きている」わけですよね。倒れないように、保って。
そのバランスが、独特の意識状態を生み出していたのだと思います。
ふと…
意識の片隅で聞こえているウォークマンの音声、2Pacのラップの声と一緒に、「意味」のかたまりが流れ込んできたのです。
それはなんというか、2Pacのカラーのかたまり、存在の持ち味、彼の個性のテイストがじかに入ってくる感じで、彼のうたうラップや曲の意味が押し寄せてきました。
意識の狭間、半覚醒状態で、私は、「ああ、彼はこういうことを言っていたのか!」と、理解しました。
それは、「言語化」した理解ではありませんでした。
テレパシーとも言えるし、非言語の受け取りとも言えるし、
でも、そのどれもが表現としてはしっくりこない感じです。
もっと直接の…形ではない…
その音楽をうたっていた、ラップしていた2Pacの空気や存在を、そのままキャッチした感じというか。共有したというか。
ちなみに、その歌が特別好きだったとか、私が2Pacの大ファンだったとかではないのです。
たぶんそのときの様々な条件や、ラップを理解したいと常々思っていた気持ちなど、かみ合ってそうなったんでしょうね。
言葉を飛び越えて「意味」だけがわかることってあるんだ、
言語の一音一音を受け取るんじゃなくて、「中身」だけをかたまりで受け取ることがあるんだ、
…ということを、夢の世界以外ではっきりと体験した出来事でした。
夢では、こういう情報の受け取り方はよくあるのです。
でも、起きている間の現実では滅多にないので印象に残りました。
☆☆☆
ところで、2Pacのカリスマ性は今でも語り継がれ、その人気は衰えず、若くして亡くなったために、(その亡くなり方や、銃撃された背景と「されていた」、当時のラップ界の東西抗争というストーリーもまたセンセーショナルだったために)かえって神格化されている印象もあります。
でも実は、私はそんなに2Pacは好みではないんですよね。個人の趣味では。
嫌いではないけれど、特に大好きとも思わないというか。
いや、かっこいいと言われるのはわかりますけどね、彼の存在のインパクトや、人々に与えた影響も理解できますし。
私ももちろん例外ではなく、彼の曲の中に好きな曲もあるし、とても懐かしい曲もあるんですけれども!
ただ、個人的に大好きか?というと、そうでもないのです。
声や波長、キャラクター、ラップの仕方など色々合う・合わないがありますよね。
俳優としても活躍し、その容姿も人気が高かった2Pacですが、私からするとその点も、「彼はハンサム…なのか。」と自分に言い聞かせないと、自分が自然とハンサムと感じる容姿ではないんだよなぁ(笑)
たとえば、あの時代に活躍していたウェッサイのスターの中では、私にとってはNate Dogg(ネイト・ドッグ)の顔立ちが「ハンサム」だと思うんだけど、どうだろう?!(スヌープドッグは完全に「犬」的なハンサムなので別枠。⊂^^U )
ここで、getty images から使用できるネイトの写真を参考に貼ろうと思ったら、アメブロでは禁止タグが入っていて貼れませんでした…残念。
代わりにこの曲の動画をご紹介します。
ブログにアップした別の曲でも登場したことがありますが、歌っているのがネイト・ドッグです。大好きな曲。
These Days --Nate Dogg feat. Daz Dillinger
☆iTunesではこちら。↓
★この曲が収録されているネイト・ドッグの名盤アルバム!(2枚組)
「G-Funk Classics 1&2」↓
そして、2Pacの曲からも、好きな曲を一曲。
(私が今回書いたエピソードのとき聴いていたのはこの曲ではないけれど。)
2Pacに負けず劣らず、スヌープが……輝いている!改めて今見ても、これは間違いなく名作。↓
2 of Amerikaz Most Wanted --2Pac feat. Snoop Dogg
曲自体は1分27秒から始まります。このミュージックビデオの冒頭は、パフ・ダディ(今はP.Diddy)と、ビギー・スモールズ(Notorious B.I.G.)の2人を、パロってドラマ化していて(劇中の登場人物の名前は「ピギー」と「バフ」になっている…)、当時の東西抗争※の背景を思い出させる作りになっています。
詳しく書くと長くなるので省きますが、その抗争は結局、思い込みというか、「でっち上げ」が多分に含まれていて激化してしまったんですけどね。
※西海岸のラッパーと東海岸のラッパーの抗争
★この曲が入っているのは、こちらのアルバム。
こちらも名盤で、2枚組。2Pac 「All Eyes On Me」↓
2Pacもネイト・ドッグも、もう2人とも亡くなっているのだなぁ。
あれから、あのときほどはっきり「意味がじかに入ってくる体験」はしていません。
でも、変性意識状態のときには起こりやすいことなので、興味がある方は、眠る間際にあえて普段は意味を理解していない言語の音楽を聴くなどして、実験してみてください!(笑)
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