BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

エネルギーのお片付け!私自身の講座への思いも精査

今回の記事テーマは「エネルギーのお片付け!」と昨夜から心に浮かんでいて、その内容は、「余分なこだわりや、自分にとって『そうでなくてもいいんじゃない?』と思っていることを本音に沿って整理する」という、最近の私自身が行っていることでした。

それは行動レベルでも、引越しに伴って荷物整理をしていたことと連動していました。

物理的な面でも意識内でも、これまですでにだいぶそうした整理作業を行ってきたので、回を重ねてさらに絞っていくとなると「より一層ふるいにかけて、以前よりも精密に選ぶ」ということが見て取れます。

そんな中、そろそろ講座開催日の1ヶ月前ということで、6月17日の案内を昨日書き、ブログにアップしたばかりですが、そこにもエネルギーの「お片付け」したいポイントがありました。

そこで、ご案内記事を修正中です。主に内容面であり、日程その他の変更はありません。

その後、内容をブラッシュアップした記事はこちら
「6/17(日)のスピリチュアル講座ご案内」

beats-and-love.hatenablog.com

ここでは講座に対しどのようにエネルギーを純化していったかを書きますが、
中には、オンライン講座個人セッションにも共通の箇所があります。

双方向の流れ。自由に動く分の余地はマスト。

これから書くことは私のスタイルであり、講座とは……とか、スピリチュアルな○○とは……という意味ではありません。 

講座のお知らせ、案内文の部分はあんまり意味を感じないということ。

まず、変える必要を感じたのが、講座の案内文についてです。
日程その他の告知の役割以外に、内容について「説明を書かなければならない」と思って書いていたことが、今まで毎回自分には苦になる作業でした。

普段の記事を書くのと全く違って、そこに興味が持てないのは、心の中では書く意義を感じていないからです。

これはどうしてかというと、講座で当日行うことは、私の場合「双方向の出来事なので、予測できない部分があることは絶対」だからなんですね。
テーマを定める程度はいいとしても、プログラムは決めない方がいい。

これがたとえば、「○○養成講座」のような形で一定のテキストを用意し、それをカバーしていくということなら、ある程度のストラクチャーを提示しやすいかもしれません。

ですが、私は現在までそのタイプのクラスは開催していません。
毎回の講座内容は違うものです。

今年からスタートした明晰夢基礎」のオンライン講座も、全3回で行うことの骨組みは存在しますが、それも受講者によって必ず変動します。
参加者の夢への意識や、理解の度合い、経験の違い、すべて関わってきます。

明晰夢基礎~明晰夢に親しもう~」

beats-and-love.hatenablog.com

これは会場で行う講座でも同様のことが言えて、

私の方で、「今日はこれ、行けるかな」と内心温めているトピックがあっても、参加者と現場で生まれる方向性が全然それとは異なり、そのことは実現しないというケースがあります。

参加者とのクリエイション

もしそこで、参加者との双方向のエネルギーによって自然と生まれてくる流れを無視すると、予め決めた内容をきっちり進行するという形は取れますが、「教科書のページを順番にカバーしていく退屈な授業」のようになりかねません。(かつて学校でそんな経験をしたことはありませんか。)

ただし、これは人数とも関係してくると思います。
一例を挙げると、大勢の観客がいて、一方的にしゃべるようなイベントの場合。
参加者とのやりとりは直接的でなくなるので、主に、自分の話したいことを中心に話すという形になりやすいでしょう。 

イベント全体を多方向から見ていた経験

ここで過去の経験の話をしますと、昔、私は様々な講座やワークショップのスタッフ側として、また専門的な講座の講師のアシスタントや実習監督として、大小色んな規模のイベントを見てきました。

その大多数がスピリチュアル関連の内容で、主催する会社に属していた頃は、スタッフの仕事として、運営の一環として、各イベントの売上を考えることも義務づけられていたのですが、私はそれがかなり苦手な方で、赤字を出さないためにはこの人数、というような考え方を常に保つということができずに苦労していました。
それが得意で、採算を取るためにはこのくらいの人数を、などの発想をあらかじめ組み込んで企画できる人もいるのです。
私はむしろ、それよりも「講座の質」の方が気になってしまう癖がありました。

すると、経営上は赤字になってしまう「少人数しか集まらなかった講座」の方が、クオリティは高いということもわりとよくあったのです。
それだと会社だけでなく、固定給でない契約の場合は講師の方のお給料も少なくなってしまうんですけどね。

その当時の私のポジションは、講師のコンディションや要求にも気を配りつつ、参加者の方々のご要望にも耳を傾けつつ、会社のスタッフとしてイベント全体の評価も行うという、まさに全体を見ている視点だったのですが、クオリティー面では素晴らしかった講座が、売上が伸びなかった(参加人数が少なかった)ために廃止になっていくという姿も見てきました。

もちろん、例外もあるし、大人数のときは大人数のときで、活気があるという良い面もあるのですが。

そして担当者としては、講師の人柄もよく、内容もいいと知っている講座はベストを尽くして宣伝を工夫するのですが、不思議と「入る講師には入る、入らない講師には入らない」という感じで、担当者が変わろうが、宣伝方法を変えようが、人気の流れは覆されないものだったんです。

「人気」って、面白いものだな。そう考えさせられました。
それは講師のエネルギーや個性という側面からも読めるところはあるのです。
「人気は誰でも欲しいものではない」ということも一因になるし、ポップな……というか、「スピリチュアルが好きな人にウケやすいテーマ」というのもあります。時期ごとのブームもありました。

それらを先読みして、「人気の出そうな講座」の型を踏襲することはできますが、自分の価値観と異なったり、倫理観に反すると感じるものだと、絶対無理。やりたくないんです。

私が私である以上、どうしてもその仕事には葛藤が生まれてしまうと気づいたのに加え、私は「スピリチュアルイベントの企画自体に情熱は少ない方」だったので、そこから離れていったのは無理もない展開でした。

自分の感性を優先するのか、しないのか。

そんな私が、自分自身の講座を行う際のメリットは、組織の中の都合を優先する必要もなく、基本的には「好きなようにできる」ということです。

……そのはずが、やはり、「私はこう思っても、お客様のことを思うとこうした方がいいのではないか」ということは常々考えて物事を決めてきました。

しかも、どんなに考えても、それすらも結局は、自分の中での推論であることも多いのです。
先に書いた講座当日の流れについてもそうですが、自分が思っていたことと、現場で参加者の方々を見ていてわかることとのギャップはよくあります。

あれもこれもと中途半端にならないためには、自分の感性に妥協はしないという一貫した姿勢が必要です。
(逆に、あえてそれを抑えていく方針も世の中にはありますが、私の好みではありません。)

それで話を戻すと、ずっと「自分の感性には合わないけど、義務」と思って続けていたのが、講座案内に説明文を付けるという部分なのです。

書く以上は、なるべく自分にとってズレのない言葉で……と努力していましたが、至難の業。
読む方のフォーカスを定めやすくするために、この講座に出るとこんな効果がある!と示すといいとか、関心を持ってもらいやすいとか、かつて学んだことはあっても、本音では……
「そんなの、知るかー!だって、ひとりひとり感じ方は違うでしょう」なのです。

講師としての私が講座でどんなことをしたいと思っているか。それを書くのはありなんです。
しかし、人がどう受け取るか、どう役立てるかなどを項目にするのは大変、難しいことです。

「そうしたいと思ってない人に、そう思ってもらう」ほどの説得力を文章に持たせたくもありません。

シンプルに言うと、「自分の意志で、参加したいと思った人は参加してみるといいよ」という思いがメインで、それ以外特に主張したいポイントもないのです。

あなたのフィーリングで、一番惹かれることを選ぼう 

これは私の提供する他のメニューでも同様です。 個人セッションであろうと、オンライン講座であろうと。

「これと、これと、これを学べるのなら、行きたい!」とあらかじめ提示された情報から吟味することは、特定の技術を習得するときには有効な方法かもしれません。

もし、あなたが何かの作り方を学びたくて、
「材料の扱いから、一から知りたいな」とか、
「最低限、○○を作れるところまでは習得したい」とかの、
目的がはっきりしている場合です。

私からすると、「スピリチュアリティー」の分野は、これに該当しません。
例外として、経験者からカウンセリングを学ぶとか、特定のセラピーを学ぶとかの場合がありますが、そうした「養成もの」以外は、技術習得のための活動とは違うと思うのです。

スピリチュアリティーの分野において、「これに参加したら、こうなれるんだって!」という風に思わせることの方が、私には違和感ありありなのです。

だからこそ、フィーリングで、「これ、いいな!」、「参加したいな」と思った人に参加していただきたい気持ちがあります。

あなたの外側に用意された「人生に絶対にプラスになる講座があるはず!」なんて思い込みは持ってほしくないし、自分で惹かれたら行動する姿勢、経験したことは何でも活かせるという姿勢を持ってほしいからです。

好きなことにエネルギーを使おう。

端的に言うと、「霊的に目覚めるためには、この講座に出なきゃ!」とか、「セッション受けなきゃ!」なんて考え違いはしないでください。

それよりも、あなたが何に惹かれているか、何に魅力を感じるかが大事です。

たとえば、あなたに悩みがあって、「友達や家族とおいしいランチを食べて、お茶しながら話したら気が晴れるかも!」と感じるなら、セッションや講座を申し込むよりも、そうした方がいいと思います。

おいしいものを食べたら、旅行に行ったら、ほしいもの買ったら……元気になれる!気持ちが明るくなる!ハッピーになる!
あなたが心底そう感じているときには、それをしたらいいじゃないですかということです。

物質的なことは「俗っぽくて」、「スピリチュアル」な勉強は霊的、というのは間違いです。時間やお金の使い方もあなたの行動なのですから、そのときどきのあなたのエネルギーに沿うことが大切です。

自分の講座やセッションについて考えてみた場合、私の提供する内容は、消耗品を買うとか、伸びた髪を切るとかと違って、定期的に物理的なニーズが発生するものではありません。
それは私にも読めない、指定できないものであり、こちらから次回はいつとか、何回通っていただくとかのお話もしません。たとえ私が「この内容は、一度では終わらないな」とわかっていても、その方がどう感じ、その後どう変化するかもわからないからです。
また、お申込みのペースをお客様に任せているとはいえ、ひと月に何度もセッションを過剰にご希望されるような場合、それを承ることはしません(連続ものの講座や企画は別です)。

つまり、自身の主体性を自覚できる方へ向けた内容で、「これに参加したら○○に!」というタイプのテーマは掲げないし、その期待に沿う目的もありません。

こういうスタンスでいますから、講座の案内文というのは私の意図に沿うとほとんど不要で、そう感じていることにもはや従う気持ちになったんですね。先に書いた、当日に変動する余地を大切にしている件もありますし。

「余地」に関しては、もっと広げてもいいと思っているくらいで、前々から思っていることですが、沢山引き出しがあるのに、1回にひとつの講座テーマに絞ってしまうとそれが出し切れないという残念さがあります。
散漫にならない程度に、幅広い話ができるイベントにしたいと考えています。

私自身ももっと「好きなことにエネルギーを使う」という形ですね。

認識し切れていない意図、多次元的な気づき

さらに、多次元的な気づきという点からお話しをすれば、あるイベントに集まる人の「本当の動機」は、本人も自覚していないところにあることもしばしばです。

意識の中、自身の気づいていない領域からの、どんな意図によって参加しているのか。
それは、私たちにとっては「なんとなく」のフィーリングで起こることが多く、直観と呼ばれたりして、論理的に説明できないことがあります。

自分の思っている動機とは、本当の動機ではなかった。
後からわかるかもしれないし、わからないかもしれない。そんなことがあるんですよね。

多次元的観点を持ってしまうと、あまり「自分の認識と矛盾したこと」をできなくなります。ちょっとのズレも、違和感が大きくなるのです。

ですから、ここでまた、さらに精度を上げた「エネルギーのお片付け」。

あらゆる物事のプロセスひとつひとつのエネルギーも、ズレに目をつぶらず、シンプルに心と合わせながら続けていこうと思います。


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