BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリング、根本の癒し、ヒップホップ音楽とライフスタイルや考えあれこれ

存在していることへのピュアな受容。動物園の動物達との交流【アニマルコミュニケーション】

アニマルコミュニケーションにもっとフォーカスする!と決めてから、色々なことがパワフルに進行しているのを感じていました。

これまでしてきたこと(たとえば、人間の方々と交流するスピリチュアルカウンセリング)と、基盤は何も変わらないのですけど、
心底、自然界や動物、多彩な生物たちへの愛しい気持ちを持っていた自分にとって、
「何かできることがあるのであれば、いつかやらせてください」
と、アニマルコミュニケーションは「心から望んでいるが、先延ばしにしていた夢」のように、長いこと私自身の内側で線引きしていたのです。

でも、今年を過ごすうち、何かが到達点にきて、
今これを始めなければ、私は一体いつやるの?
と、スタートする時だと感じました。

現在はモニターセッション期間としてアニマルコミュニケーションのお申込みを承っています。※受付終了しました。こちらをご利用ください。↓

アニマルコミュニケーション・セッションご案内

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そして驚いたことに、私にとって大切だったこと、多様な生物との異種間コミュニケーションにフォーカスすればするほど、自己の様々な側面が繋がって一つになるのを感じるのです。

今年10月に第1回目がスタートした「テレパシー講座基礎」もそうだったのですが、
「テレパシー講座基礎のご案内」

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やっと、私の本当にやりたいことをストレートに行える時機がきたなぁと思いました。

これまで、「人間界のルールを自分も学んで知っているからこそ、それに理解を示し、いくらかそこへ寄せながら説明する。テーマも、その世界観の中で役立てられるように選ぶ。」
というところに気を配りながら、講座などのテーマを決めていました。
それは見かけ上、「他者」を想定した考えのようでありながら、実は自分の中に「現実とはそういうものだ」と思える側面を共有していなければ、持てない発想でした。

でも、今となっては、
「何が人々にとってより受け入れやすく、何が不思議だったり非現実的だったりするのか」
ということを、ほんのわずかでも自分の活動の物差しに入れる時期はもう終わったのだとわかりました。
私にとって、それを基準として選択する「リアリティー」が消失したのです。

私は、それを元に、生きない。

これは決意というより、自分の(この人生の現実における)自然な姿は何なのかという認識が、フルになったためでした。

動物によって気づかされた、存在していることへのピュアな受容 

ここで、アニマルコミュニケーションに関連するお話をしましょう。

動物園にいる動物たちとのコミュニケーション

私はこの間、何年かぶりに動物園へ行ってきました。
子どもの頃などは様々な動物に会えることがただただ楽しかった動物園ですが、かつても記事に書いた通り、スピリチュアリティーに目覚めて間もなかった頃は、動物園や水族館が一時苦手になりました。

その時期を振り返ると、自分ですすんで生物たちの状況について考えたつもりはなくとも、そうした空間にいるといつのまにか、車酔いのように具合が悪くなってしまっていたのです。
エンパス(共感能力者)とか、共鳴現象とかで説明できますが、当時の私は、その場に含まれているエネルギー的な澱みや、苦しみのエネルギーに共鳴してしまっていたのでした。

ただし、講座や個人セッションにおいて、あるいはブログで、よくお伝えしていることですが、私が学んだことはそれらの経験(様々な共鳴現象)を超えた先にある、自分の核にチューニングする静寂の状態であり、それこそを現在は基盤にしています。
物事を「よい・悪い」と判断し、そこから自分を防御するという発想ではありません。
それではきりのないゲームになるからです。
かといって、感じることそのものを、否定したり抑圧することでもありません。
むしろ、自分が何を信じていて、どんな感情や感覚にフォーカスしているのかを自覚することは助けになります。

この話題の本質は、12月15日の講座で扱います。↓

「内的静寂から生きる」12月の講座のご案内

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話を戻しますと、そういう時期も経て、今では動物園がとても苦手ということはないのですが、アニマルコミュニケーションの動機がなければ、積極的に行きたいとも思っていませんでした。

ところが複数のきっかけから気持ちが向き、久しぶりの動物園を体験してみてわかったことは、現場にいた最中でなく、後になって大事な気づきを得ることもあるということでした。

テレパシーについて深まる認識

その日はかなり混んでいて、ほとんどの動物の前に人垣ができており、私は途中から動物たちとコミュニケーションをとることを半ばあきらめていたのですが、帰宅後、それでもやはり意識で起きていた交流の内容が明らかになり、より深い認識を持つことができました。

それについて詳しく書く前に、テレパシー的な語りかけに対する、動物園の動物さんたちの反応ランキングをシェアします。

私の初回あいさつに対する、動物園の動物さんの反応ランキング

まず書いておきたいのは、動物さんそれぞれの個性によって、知らない人から話しかけられたらどうするかは変わってくるということです。

アニマルコミュニケーションの個人セッションのときには、私は動物さんのご家族からご依頼を受けていますよね。
つまりはメッセンジャーの役であり、元より「人間の家族」と話をしたいと思っている動物さんはその機会を受け入れてくれます。

一方で、今回のように私が訪れた動物園の動物さんでは、彼らとすでに親しい誰かの依頼というわけでなく、初対面の者が話しかける形です。

この違いは、先月記事で話題にした「テレパシーの難易度」と共通ですね。

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大勢の人が観覧している状況では、動物たちの「意識の集中している方向」も様々でした。

以下、私の語りかけに動物園の動物さんたちがどのように反応したか、です。

1.聞こえているけど、無視する
……完全に聞いていないというよりは、このケースが多くありました。
想像してください。たくさんのラジオが一斉に好き勝手な放送を流している中で、
「こんにちは!はじめまして、私こういう者です。ちょっといいですかー。」
と、誰かがあなたに話しかけています。
ザワザワの中、ちらっと聞こえているのですが、あなたはその人に注意を向けません。
この例の「ラジオ」とは、動物を見物している人間たちや、他の動物の思考です。

2.どんなヤツか一応見てみるか、と、こちらを眺める
……聞こえている上に、動作としてもこちらを見てくれるケースです。
とはいえ、動物さんの側から特にお返事があるとは限りません。
「珍しいな。テレパシーで(意図的に)話しかけてくるヤツがいる。見てみるか。」
そんな感じで、それまで眠っていたり、背を向けたりしていたのにこちらをはっきり眺めます。
鳥たちの場合、食べながら、飲みながら、飛びまわりながら、横目で見ていることもありました(笑)ありがとうございます!

3.他の人間たちの期待にこたえていて忙しい(お仕事中) 
……自分のお仕事に集中しているケースです。
一例を挙げると、自覚を持って、人間たちの撮影にこたえてポーズを取っている動物さんたちがいました。
気分によってやめることもあるのですが、彼らのプロ意識には驚きました。
これをお読みの方へ。そのように自発的に協力してくれている動物さんもいますが、ぜひカメラを向けるときには動物にことわって、そして撮らせてもらったらお礼を伝えてくださいね。

以上、私調べによるベスト3をご紹介しました。

もちろん、私がもし、その動物園に足しげく通い、動物さんに何回もご挨拶して回ったら、また違った交流が生まれてくると思います。
それは人間が時間をかけて相手に親しんだり、仲良くなったりするのと同様ですね。

テレパシーに時空は関係ない 

ところで、当日ではなく後日に実感したのが、テレパシーに時空は関係ないということです。

私はこの度の動物園行きで、それまで知らなかったある動物が心に残ったので、家でリラックスしながら回想しているうちに、その動物さんと自然に繋がりました。

すると、その動物さんは、とても大切なことを教えてくれたのです。

先入観、思い込みを自覚し、外す

このとき、私は動物園での自分の様子を振り返り、自身の心の中にある「ノイズ」をなくすことの重要性を再認識していました。

テレパシーを受け取るときに邪魔になるもの、それは先入観や思い込みです。

具体的には、私の心にはいまだに、
人間として、動物園の動物たちに申し訳ないと思っている気持ち(罪悪感)
があったことを自覚したのでした。

言葉にするなら、閉じ込めてごめん。自由を奪ってごめん。見世物にしてごめん……
自然の生態とは異なる環境、生活を強いることへの申し訳なさ。
つらい思いをさせているのではないかという心配。

どんなに「動物園」の意義をポジティブに捉える部分があっても、その思いは私の心から消えておらず、明らかに動物園の動物たちを見るときの「色眼鏡」となっていました。 

ところが、私が繋がったその動物さんは、テレパシーでこう教えてくれたのです。
きょとんとした、お顔で。

「私は、どこにいても、私だよ。

自分が自分であること。場所や条件に関係なく、ただ存在していることへのピュアな受容を、その動物さんのエネルギーを通して、学びました。

その感覚が圧倒的だったので、私は一瞬にしてわかったのです。

それぞれの動物の個性次第で、動物園での生活をどう捉えているかは、本当に様々なのだということが。

飼育員さんが大好き!という動物もいるでしょう。
自分のお仕事に、やり甲斐を持っている動物もいるでしょう。
ただ楽しんでいる動物もいるでしょう。
何かの不満を抱えている動物もいるでしょう。
その日そのときの思いもあるでしょう。

ひとつの型なんてなくて、色々なのです。


この内容は、次の記事へと続きます。
「テレパシーのお話。物理的な表現に囚われることから自由になる(動物園の動物達とのアニマルコミュニケーション、続き)」

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