BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

ラップと、音楽の持つシャーマニックな作用

前回に続き音楽の話題。「ラップと、音楽の持つシャーマニックな作用」について語ります。

私は主にアメリカのブラックミュージック、中でもラップが大好きなのですが、自分の好みを振り返ると、そこにこんな要素を見出すことができます。

○生来、言葉遊びや詩の性質が好きであるということ。
○リズムを感じるのが好きであるということ。

○「繰り返し」のループする音楽が好きであるということ。

どれも絡み合っているのですが、特に3つめの項目を中心に、意識やエネルギーとの関わりをお話しします。

慣れ親しんだ音の物差しを見直す体験

私は幼少期から音楽教室やピアノのレッスンに通って音楽に親しんでいましたが、そのせいもあって、長らく西洋音階が基本の「物差し」として身についていました。
絶対音階もあるので、自然とドレミファソラシドで音を聞き取ってしまいます。

たとえば、学生時代にトランペットを演奏していた時期があるのですが、トランペット(B♭管)で奏でる「ドレミファソラシド」は、ピアノで音を合わせるとシのフラットから始まる、「シ♭ドレミ♭ファソラシ♭」になりますよね。
でも、これも、「ピアノの音を基準にする」という物差しが存在しなければ、そのように解釈することはありませんね。

現代では、音楽を学ぶのに西洋音楽の基礎ルールが便利なもの、必要なものにもなっていますが、その「型」を身につけるということは、他の「型」を自然と採用しなくなるという側面も作り得るんですね。

それに気づいたのは成人した後の、あるときのことです。
とある民族楽器に惹かれて、見よう見まねで奏でていたことがありました。マイナーな楽器だったので、習える場所もなかったのです。

昔の録音された演奏資料などに耳を澄ませながら、どういう音階を取るのか、どんな風に演奏しているのかを聴いていたのですが。
そのとき、音楽について根本的に見直す体験をしました。

色々な文化の楽器にふれている方はきっと実感されていることと思いますが、
音階というのは人間が決めたもので、ある音階に含まれる音と音との区切りの「中間」にある音は、本当は無数にあります。音はグラデーションになっていて切れ目なく存在し、そのうちどの音を「取る」かで、音階という「形」が決まるのです。

また、1つのオクターブ内にいくつの音階を存在させるかも、人が決めていますね。
たとえば、西洋音階のドとレの間には半音、つまりドのシャープしかありませんが、ドとレの間に3つの音を取って、その形式で音階を定めることも可能です(西洋音階より1オクターブ内に多くの音が存在する形)。

民族楽器を奏でるとき、そういったことを初めて考え、西洋音楽で身につけている概念を一旦リセットしなければならないのでは、と思いました。

自分の、すでに板についてしまっている音感を基準に、「ミの半音下よりもわずかに上の音」というように、本来なら西洋音階の枠組みではない音をマッピングして再現していることに気がついたからです。
そうした音の地図、目盛りが自分の中に存在していると、自動的に利用してしまうものなんだと実感しました。それが役立つこともあれば、足を引っ張ることもあるかもしれません。

楽譜は存在しない演奏

また、音楽を学ぶのに、楽譜を用いない文化も多くありますね。
誰かの演奏を聴いて、覚えて、体得するのです。 

私の言及した民族楽器もそうでしたし、たとえば旅行をきっかけに好きになったバリ島でも、伝統的な音楽を奏でるときにはそのようでした。

バリ島では、特に「演奏家」を専門の肩書きにしていなくても、楽器を演奏できる人が多くいます。
宗教的行事、お祭りが多いバリ島では、その都度ガムランなどの楽隊が演奏しますが、普段は別の仕事を持つ人が楽隊として参加し、演奏していることが多いそうです。
「音楽家」という職業を選ばなくても、音楽を演奏し続けているということで、芸術が日常の一部なんですね。

そこには、バンジャール(共同体。町会や寄合のようなもの)ごとに、子どもの頃から楽器を練習しているという背景があるようです。
もちろん個人の得手不得手があるので、誰もがそこで演奏技術を習得し、大人になっても演奏し続けるわけではありませんが、それぞれの才能を生かしてパートを割り振ったり、練習ではお手本を見て・聴いて学んで、皆で息を合わせるという経験を重ねていくのです。

「楽譜」はもちろん便利なものですが、そのように体験的に学ぶやり方は、音楽の本質により近い気がします。

これら複数の体験を経て、今まで自分が「こうである」と学んできた音楽の概念が、限定的であったことに気づかされました。
そのルールの中に不自然な箇所もあるのでは?もっと音楽は自由なものなのでは、ということに意識が向いたのです。
自分がかつてピアノに感じていた、言い表せない違和感についても、納得がいきました。

繰り返しがいざなう変性意識状態

その頃から、自分自身が惹かれる音について、より明確に認識するようになりました。

私が出会った民族楽器の曲調もそうだったのですが、私はループするような音、同じメロディやリズムが繰り返される音楽が非常に好きなのだとわかりました。
それを聴いたり演奏したりすると、らせん階段を降りていくように、意識状態が深まっていくのです。そして、意識が拡大します。

さて、「変性意識」という言葉は、人間が「これが日常意識である」と思い込んでいる状態に対する「変性」という意味なので、私はあまり好きな言葉ではないのですが……
説明のためにその言葉を用いると、シャーマンが音を媒体として使うのは、音の繰り返しが、人間を変性意識状態にいざなうからだということを、自分の体験から認識しました。

また、その頃、昔のタヒチで録音された、西洋化される前の伝統的な歌のCDを買って聴いて、その実感はますます深まりました。
タヒチでも、シャーマン的な立場の人が一人で、もしくは二人のかけ合いで、あるいは村全員の合唱で……歌やリズム、かけ声を使って、伝統的な行事を行っていました。
世界の各文化に、形は違っても、音を利用した歴史があり、そこでは楽器や声を使って人々を一定の意識状態にいざなっているのです。

同様に「ラップ」もまた、その形態を含んでいると私は感じていました。

ラップによって起こるエネルギー状態

おそらく、ラップがあまり好きじゃない人にとっては、「歌」が含まれているトラックでない限り、ラップの曲は単調だと感じることもあるのではないでしょうか。

それは各ラッパーや曲の表現によっても違いますが、それを差し引いても、背後に流れる音楽も「同じメロディのループ」が多めだし、ラップのリズムやフロウも、「繰り返すトーン」が多いことは見て取れます。

これが実は、シャーマニックな歌や演奏と同じ作用をもたらしているのです。

私は、自分の好きなラップを聴いていると意識が拡大したり、深度が深まったりしているのを感じます。また、エネルギーの循環が起こっていることにも気づきます。

あなたに合うどんな音楽でもそれは起こり得るし、人それぞれの好みがあるのでラップに惹かれない人にはおすすめしませんが、客観的に見ても、ラップはシャーマニックな要素を多く含む音楽だと言うことができます。

これをたとえば、「お経」や「声明(しょうみょう)」で考えていただくと、それを唱えたり聴いたりすることで変性意識状態を体験したことがある方や、体外離脱時にその音を利用したり、自然と聞こえてきたりといった経験をしたことがある方もいるのではないでしょうか。

ラップは、シャーマンの祭事やお経や声明のような世界を「聖」と捉える人にとっては、「俗」と見なされることも多いかもしれません。二元的な見方における、対極として。

それは、ラップの内容が「日常密着型」で、人生と切り離した表現ではないからです。
「俗」と見なされる部分、たとえば性的な表現や暴力的な表現にしても、それも人間の世界の一部です。それらをときには戯画化し、詩にして、ダンスにして、表現しています。
私がラップから受け取るエネルギーは、「聖」なるものと同一なのです。

シャーマニックなラッパーたち

どんな音楽の創り手もそうですが、ラッパーにはシャーマニックな素質を持つ者が多くいて、いわば神がかっている人が、ときどきいます。

そういった人たちは、オンとオフを使い分けるように、人間でありながら、音楽に「なる」のです。
音楽にのる、のではありません。「のっている」ということは、音楽と自己とがまだ分離していますよね。

ことラップに関しては、私はその表現を見ていると、ブラックミュージックとしてのラップ、という点に自然と思いが向かうことがあります。
そこには、黒人文化に受け継がれる民族的な遺産とも言えるものが感じられるからです。
もちろん、ヒップホップ音楽として、色々な国、色々な人々のラップがあることは素晴らしいと思っていますが、私自身が魅了されているラップの多くは、黒人文化の持ち味を感じさせるものなのです。

その持ち味の中に、音楽を表現しているというより、音楽になるという才能が含まれていて、それは後付けの何かではなく、生来のものと感じるんですね。ダンスしかり、体の動きなどもそうですが。

私の大好きなラッパー、Lil Wayneなどはまさにその筆頭です。
彼は、「I AM MUSIC」というタトゥーを顔に入れていますが、それは私からすると非常に納得のいくタトゥーです。
彼が音を奏でるとき、彼と音楽という分離はなく、彼が音楽になっているからです。
まさに、I am Music。

生きるように、呼吸をするように、音楽がある。
ラップを聴いていると、そのことを実感します。
生活と、人生と、別々じゃない音楽のあり方を、私たちはずっと知っていて、「音楽」が何か特別な分野になったのは、歴史を通して見たら最近のことなのではないでしょうか。

たとえばもし、「音階によって作られた曲」を音楽と見なすなら、「音楽は好きじゃない」という人もいるでしょう。
でも、そういった人たちも、ほとんどの人が「言葉」を通して音を使っています。

さらに言えば、物理的に「音」を出さなくても、私たちはエネルギーの音をやりとりしているのです。心の中で発生する音です。

あなたがこの物理的な現実からフォーカスを外したら、あなたにとって有効なのは、意識内で起こす音、あなたの心で発する音です。
物理的な言葉や音は、それを「表現した」二次的なものです。

最後に、たくさんある大好きなラップの中で、地味に気に入っているこの曲を紹介して終わりにします。

Destroyed -- Lil Wayne feat. Euro

Lil WayneのMixtape「No Ceilings 2」に収録されている曲。
Euro(ユーロ)はYoung Money所属のアーティストです。

Euroについてあまり知らなかったので調べたところ、ロードアイランド州出身。
ロードアイランドには高校留学時の研修で1ヶ月滞在し、Euroの住んでいた街にも行ったことがあるので、なんだか嬉しくなりました。ロードアイランドは小さい州なので、そんなに街がないんですよ!(笑)

2人のラップのかけ合いがすごくいいし、それぞれのラップに聴き入ってしまいます。トラック全体の調和もさいこー。

ところでこの曲は違いますが、最近の曲は、タタタ、タタタ、タタタ、タという感じの3連符みたいなラップの仕方ってすごく増えましたね。Lil Wayneもときどきやっているけど。

色んなラップのリズムも流行もあっていいと思うけど、それ一色になるとちょっと嫌ですね。
私は昔風のラップも大好きなので、そっちの流れに乗らないラッパーの曲もミックスして聴いていますよ。

ラップといえば、前回紹介した「Paper, Scissors, Rock」の曲で、あまり詳しくふれなかったけどBig Seanのラップのリリックも、さらっとして感じるけど実はうまいなと感心していました。
前回の記事↓「音楽てんこもり。~R&Bの好みを振り返る編~」

beats-and-love.hatenablog.com

翌日、Lyricsのサイトでこの歌の歌詞を文字で眺めていたらより良い訳が浮かんできたりして、記事内の説明もちょっと修正していたんですが。
そのとき、Big Seanのリリック、簡単なようでいて味があるなぁ……!と思ったんですよね。

クリス・ブラウンの曲でラップがそんなに多くないから、これだったら翻訳もいけそうです。(ラップは複数の意味をかけあわせている語や韻を踏んだ表現が主なので、翻訳すると面白さが消えてしまうため。)

まとまった時間ができたときに訳したら楽しそう。そしたら記事に載せますね!


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