BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

四の五の言わずに踊ろうぜ!遊び・数え唄的に捉えるヒップホップ

本題に入る前に、昨日ぶじ、抜糸が終わりました(埋伏親知らず抜歯手術後)!
順調に回復して行っているのを確認してもらい、これで大病院での診察は終わりでした。うれしい!

今回は記事にしたい候補のトピックがあれこれ複数あって…どれにしようか迷ったのですが、フライデーナイト!ということで、こちらにしました。

「四の五の言わずに踊ろうぜ!遊び・数え唄的に捉えるヒップホップ」

音楽と絡めながら、タイトルに沿ったいくつかの話題をお届けします。

まず、数ヶ月前に読んで共感して、いつかブログでご紹介したいと思っていた記事から。

「『ヒップホップという言葉に意味なんてなかった』―伝説の男たちが語る、真の歴史」

Red Bull Japanというサイトに載っているインタビューで、Storm, Crazy Legs, Mr. Wiggles, Buhdda Stretchというストリートダンスのレジェンド4名によるスペシャトークセッションが、2016年12月に「Red Bull BC One Japan Camp 2016」という催しで行われた模様を掲載しています。

私が面白い!と思ったのは、タイトルにもなっている「ヒップホップという言葉に意味なんてなかった」という話。

ヒップホップカルチャーについての色々な解説は巷に多くあるけれど、この方たちのトークセッションで語られている内容は、私には共感できるものでした。

とても良い記事だと思うので、詳しくはリンク先をお読みいただきたいのですが、トーク内容の一部を要約しながら抜粋します。

☆☆☆

○ヒップホップの用語がどう作られてきたかはあまり理解されていないし、その意味も、今は変わってしまっている。
○ヒップホップダンサーとは、パーティーダンサーやB-BOY、B-GIRLのことで、かつてはそこに区別はなく、一緒だった。今は区別されてしまっている。

○「ヒップホップ」は、カルチャーの名前なんかじゃなく、ただの「ラップするための語句」だった。MCが「ヒップホップ」という言葉を自分のバージョンでラップし※、それをダンサーに向かって言うと、ダンサーたちはウサギみたいにぴょんぴょん跳ねて(Hop)踊っていた。
※たとえば、The Sugarhill Gang の「Rapper's Dlight」では、このようなラップがある。「I said a hip hop the hippie, the hippie, To the hip hip hop and you don't stop.」(始まりの部分↓)

★The Sugarhill Gang--Rapper's Delight

アフリカ・バンバータ(「ヒップホップ」の名付け親と言われる)が1981年にNYの雑誌Village Voiceのインタビューを受けたとき、「このカルチャーは何て呼ぶのか」と尋ねられてもヒップホップとは答えていなかった。バンバータもまた、その答えとして(先の※印の例のように)ラップを披露してみせたのだが、後に出た記事ではそのラップの端々をとって「ヒップホップカルチャー」として紹介されていた。当時はそんな言葉を聞いたことはなかったから、(ヒップホップカルチャーという言葉は)変な感じがした。

○つまり、はじめは名前もなくただ「やっていた」ものだったが、ひょんなことからVillage Voiceという雑誌がそれを「カルチャー」として世に送り出した。

○ヒップホップカルチャーという名前が付けられたことに対しては、当時は自分たちは15歳くらいだったから、若過ぎて「声」を持っていなかった。単純に、何をしているかを説明する言葉ならもっと沢山あった。たとえば「JAM」と言ったらストリートのパーティー。NYならではのブロックパーティー、家でも公園でも日没後でもたくさん開かれていた。(ジャムという言葉はジャズから来ていてミュージシャンが集まってインプロヴァイズ(即興演奏)するものだが、それがヒップホップに取り入れられ、ただDJがいて音楽があって、そこに皆が遊びに来ているという形になった。)

多くの人が「ヒップホップ」という言葉を説明しようと試みている。「ヒップ」はイケてるという意味で、「ホップ」は跳ねるの意味であるとか、「ヒップ」と「ホップ」を区別して、それぞれの意味を探ろうともしている。でも、かつてはヒップホップという言葉に意味はなかったし、そういう風に分けて考えてもいなかった。それまで独立していたカルチャー(DJ, MC, グラフィティ, ダンサー)を一つにまとめる「定義」としてヒップホップという言葉が使われるようになっただけだ。

○このトークセッションでなぜ、「ヒップホップ」のボキャブラリーを非定義化しようとしているかというと、はじめはこれらの言葉は純粋なただの「遊び」にすぎなかったから。今はその(意味のなかった)言葉に色んな人が意味を見出そうとし、言葉がより力を持ち、人によっては人生で最も重要なものになってきた。だからヒップホップとはどんな意味を持ちうるのかということを考え始めた。でも、もともとはサウスブロンクスの若いギャングたちが遊びでやっていたもの。

○ヒップホップの価値が「MC(ラップ)」の側面だけに偏って捉えられがちになり、さらに、元々やりたいことを勝手にやっていけばよかったものが、たった一つの価値体系によって変わってしまった。それは世界で最も有毒なもの「お金」だ。

○ 元々はただ踊っていただけだったから、尋ねられても訳せない言葉がある。「無」に対して聞かれるようなもので、自分たちは答えを知らない。たとえばWu-Tang Clanの曲も意味なんかわからないように。それはNYスラング言葉遊びにすぎないからだ。

☆☆☆

要約と抜粋はここまでにして、これは私が感じていたことと同じで。
それらの思いは、これまでのヒップホップにまつわる記事にも色々な形で反映されています。(「雑記・音楽」のカテゴリにまとめてあります。)

元々自発的に起こったもの、純粋な「遊び」であったものに、後から意味を付ける。ルールができる。もっともらしく分析される。…というのは、よくあることですよね。

そういった傾向は、たとえばラップでも「強いメッセージ性があるものをより評価する」という「価値の基準」を設けるというように、さらにルールが上乗せされていくことがあります。それについての違和感は、この記事に書いています。
「メッセージ性を好まないということ」

beats-and-love.hatenablog.com

これは私個人の目線・好みからの記事ではありますが、多くの物事において、「本来ただの遊びであったものが何か他のものになってしまう」とか「それを分析したら面白さがなくなってしまう」ということはあって、そんな風にルール付けされて「変わってしまったら」、今度はそれはそれとして「体系立った別の何か」の誕生になるとは言えるものの、全部がそういう風に統一されてしまったらつまらないよね、と思うのです。

ですから、ご紹介したトークセッションの中で、ヒップホップ文化の当事者たちが「訳せないんだよ、言葉遊びなんだよ」と発言していたことは、すごくよくわかるし、改めてうれしいことだったんですね。

スヌープが、自分でもスヌープ語の意味がわからないと言っていたのにも共通してます(笑)ただ楽しいからやってるんだということでね。(該当エピソード↓)
「やさしい気持ちになるSnoopの料理番組と、男性性・女性性のブレンドの話」

beats-and-love.hatenablog.com

私は、ヒップホップの持つ自発性、ただ楽しいから湧き出てるという「遊び」の感じが大好きなんです。

その目線から、今回は、こちらの曲を紹介します。

Omarion feat. Chris Brown & Jhene Aiko--Post to be

ティーン時代はB2KというR&Bグループに属していたOmarionの2014年の曲で、このビデオは2015年にリリース。Omarion自身が共同監督を務めてもいるそうです。
Chris Brownと、B2K時代から一緒に活動していたJhene Aiko(お母様が日系アメリカ人)をフィーチャリング。 

この曲の、中毒性のあるこのサウンドに、最近すっかりはまっています。
しかも私、このダンス、すごく好き!

歌詞の内容は、こちら(英語)をご参照いただきたいのですが、ヒップホップによくある「俺、素敵だからさ」とアピールしまくるオラオラ系です。

genius.com

この歌の「post to be」は、「supposed to be」の意味で使われていて、様々な「そうなっちゃうよねー」が歌われているのですが、そのすべてが自慢。俺(私)がいかに魅力的かという。
お前の彼女、俺にほれちゃったけどしょうがないよね?俺に会ったらそうなっちゃうよね?俺かっこいいから。……という系統の内容が色々な表現で楽しげに歌われているのですが、これは「歌詞の意味に浸る」という聴き方のための曲ではありません!(笑)
そんな風に考えて聴いちゃったら、面白くないですよ(歌詞をよく聴いて、英語の言葉遊びを知るのは面白いですが)。

ラップやR&Bにありがちなこういう歌詞の曲は、私から言わせれば、いわば「数え唄」と一緒なんです。感覚的に。
踊りながら楽しむためにあるの。
数え唄のようなものって、言葉遊びをしながら数を数えていったり、振付があってみんなで踊ったりしますよね。昔なら、毬をつきながら歌う歌もあったりね。

そんな感じで、ただ楽しむためにある歌なんですよ。

ところが、日本人の感覚からすると、文化が違うから、「自分自慢」がなんでそんなに出てくるのか、「人の男/女をとるだの寝るだの」がどうして面白いのか、あまりわからない感じもあると思います。
これは、音楽じゃなくても、アメリカのギャグとか、テレビ番組とか、笑いのツボを見ていれば「あぁ、文化的に違うんだなぁ」ということがよくわかるでしょう。アメリカに限らず西洋諸国の中でも、文化によっては似た感性は見受けられます。

つまり基本的に、「肉食系」なんですね。恋愛も、捕食系。アピールして、なんぼ。
謙譲の文化が意識に根付いている日本の恋愛観とは、根本が違うのです。

その観点からヒップホップに表れる数々の「俺どうよ」「あたしどうよ」系の歌を見ていただくと、あぁその方向か、と納得できることでしょう。

で、そのイケイケの状態で、みんなでその感覚にのって楽しく踊っちゃおうという「遊び」でもあって、もちろん、まじめに威嚇していて、誰かの彼氏・彼女を奪ってやるんだぜみたいな本気の価値観とはまた異なるのですよ(ってわざわざ解説するのもバカバカしいけどさ 笑)。

ヒップホップには、記事前半にも出てきた通り「ダンス」の要素が欠かせません。
ダンスが楽しくなるノリノリの歌詞なんだ、ということも知っておくと、(それまで知らなかった方は)こういった曲への観点も変わるかと思いますよ。

そして、文化の土台にある「観念」の違いもね。
知っておくと、ラッパーやR&Bの歌手たちの打ち出している「イメージ」も、なるほどなってなりますよ。

☆☆☆

最後に、この曲にも出ているクリス・ブラウンですが、最近私は急に「クリス・ブラウン見直し期」に突入していて、今になってその魅力に注目しています。
というか私にとって、最近のクリスブラウンの方が、昔よりも味わい深い、と感じているからなんですけどね。

クリス・ブラウンはヒップホップが特に好きではない方も含めて、多くの人が知っているであろう有名人ですが。デビュー当時はまだ16歳の少年で、第2のマイケル・ジャクソンと騒がれましたよね。
デビューアルバムと2ndアルバムは妹が持っていたので、当時から私も一緒に聴いたりしていましたが、全体的に私の好みではありませんでした。歌も上手いしダンスも上手いけど、自分には心に響くものはなかったんですよね、その頃は。

でも、今になって初めて、「おお!」と、その輝きに思わず目を見張るようになりました。

人生の中で色々経験したクリスの「今」の方が、私には、昔のピカピカした才能あるアイドル的なクリスより、味わいが出て深みが増し、輝きを放っていると感じます。
それでようやく、「歌、上手い!踊り、上手い!」と、今頃びっくりしたりしてね(笑)

これは7年近く前の曲ですが。はっちゃけて終わろうかな!
クリスのうますぎるダンスにも注目。
Chris Brown --Yeah 3x


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