BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

全部はずすと

ときどき、波のようにやってくるこんな時期。
どんな時期かというと、ゼロに戻ってただ流れる時期。


そんなとき、自分の中の「もの言わぬ存在」をBig Up!(←ヒップホップ等に
出てくるスラングで、感謝するとか尊敬するみたいなニュアンス)

ぐにゃぐにゃに流動的な存在としての自分を、そのまま自由にしていると、
何も起こっていないのにエクスタティックになります。


ただ生きていること、それ自体が、よろこびマックス。

宇宙人の視点で、「地球って面白い!」と、全部をよろこんでる感じ。


その種明かしをすれば、自分の内面のあらゆる部分が、
くまなく踊るのだ。どれも、はみ出さず、置いてきぼりにされずに。



そんな風に過ごしながら、英語でいうと「slightly」スライトリー、かすかに、
でも確かに。外に見える現実が、

つまり政治だとか世界規模の、
いかにも自分は直接携わっていないかのような現実まで、
別世界に変わっているのを感じる。


あれー?
いつもだったらネガティブな目線からのニュースになりそうなことだけど、
ものすごくポジティブに発言している人がいるよ?とか、

ふだん批判しがちな傾向を持っていた人が、
人に寛容で、理解を示し、さらにほめたりまでしているぞ?とか。


SFみたいに、一夜にしてガラッと世界の姿が変わったりはしてない。
でも、確実に、前と違う。

希望のかたまり。
どの人も、どんな局面も、開花していく感じ。


同じ自分じゃない。同じ人はいない。同じ世界はない。

それでもさりげなく、さりげなく、今までの延長みたいな感じで起こる。



根底に流れるリズムが、体を揺すぶり、スパークしていく。
自由が、体の芯で広がっている。


世界…宇宙そのものが一体となり、鳴り響いて踊っている感じ。


両極という表現が、怖れではなくなる。
それらがバランスを取って、ショーを展開しているのを見ている。

ちっとも、よい、悪いではなくなる。

次は何?と、目を見張る、様々な形の映し絵に似ている。


この「私」ならば、包める。見たものを、そのままで。



ここでは新年ではないのに、
私は今朝、夢の中で新年の花火を見ていた。

クラスルーム(教室)の窓から、私たちは、それを見ていた。
夜空に、色とりどりの、色々な形の花火が次々と浮かんだ。

四角い花火とか、見たことのない形のものもあった(笑)

みんなで、歓声をあげながら、見た。


起きてから、「んー?バリ島のニュピ(バリ暦の新年)が近いからかな?」
なんて思ってみたが、今年は3月23日だそうだから、まだ先だ。

※私は一時期、バリ島に関連する夢をやたら見ていたことがあるのです。
それで、起きてからとっさにそう考えました。


何かの幕開けなのだろうか。
自分の中の「フタ」が、しずかにしずかに、開いていくのを感じる。

いや、その開口部は、いつだってあったのだが。



ただ根底にある愛以外、私をここに存在させるものはいない。

存在根拠は、それ以外どこにもない。

だから私は笑っていられる。

胸が苦しくなるほどのときめき、愛しさを、歯止めをかけずに流していける。


それらは、「体」という見かけを超えて、あふれる。
境界から浸透して、とどまることなく、外へ出ていってしまう。

「個の私」という存在を動かしている、背後にある力。


私の「形」をぱーんと砕いて、ひろがっていくもの。
障壁を、押し流すもの。


全部はずすと、あなたには、何が残る?

思惟上の枠を全部取ってみたら、一体何が?



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