BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

チャレンジ気質・結果は私の中にある

こんにちは☆

すっかり秋の気候になりました。
私の住んでいるところは、昨日に引き続き気持ちのよい晴れです

昨日は、電車で1時間ほどのところに住んでいる
友人の家へ遊びに行ってきました。


過去に書いた

「幸せオーラは伝染する」
「共鳴!赤ちゃんヒーリング」

の記事の友人です。


赤ちゃんはますます大きく、本当にかわいくなり、
遊び心が出てきて、元気いっぱいでしたハート


ちなみに、このブログの「ブックマーク」で紹介しているネットショップ、
「ベビーメイト」は、また別の友人がはじめたお店なのですが、
ふたりとも、私がある会社にいたときに出会って以来の友達です。

そして、友人同士も知り合いなのですが、
彼女たちはお互いに知らないままに、
なんと同じ年の同じ月生まれの赤ちゃんを生んでいました♪


そういうわけで、なんだか一気に、私の周りで赤ちゃんの話題が花咲き、キラキラ
いままでまったく知らなかったその世界について、
少しは私も知るところとなりました。


☆☆☆

さて、話を戻しますね。芽


友人と色々な話をして、戻ってきて、そして今日。

心の通った友達と話した後は、こういうことがナチュラルに起きますが。バラ

いつのまにか、また一枚、何かが剥がれちゃったみたいに、
いままで見えなかったものが見えてきました。


すごくなんでもない、自然に、なのに劇的に。

ああなるほどな、と、浮上してくるものがあるんです。


そしてそれは自分の「要(かなめ)」、大事なところだから、
ハッとします。


☆☆☆

今回私が気づいたのは、自分自身の“チャレンジ気質”に対する、
ものの見方です。

この場合のチャレンジ、「挑戦」というのは、
競争という意味はまったく無く、
ただ、

難しくても、困難でも、やりたいことはやる

という意味です。
(逆流でも川をのぼるシャケみたいな…あせ


私は、自分のこの気質を知っていましたが、
そこに価値を与えていませんでした。

いや、負の価値を与えていました!

そういう自分に罪悪感すら持っていました。


「やめたらいいのに」
「どうしてわざわざうまくいかないことに挑戦するの?」

「人生もっと楽に生きられるのに」 etc…

そんな周囲の声に、したがうことのできない自分。

そうだろうか、あえて私は自分を生き辛くしているのだろうか。


「そんなの不可能だよ」

そう言われても、どうしても引けない自分。


私の人生の中には、そういう局面が多々あります(笑)


そして、「結果」を残していれば、それはそれで「説得力」があるのでしょうが、
私は、そういうことを言う人たちに示してみせられる
「これだよ」とわかりやすく見せられる結果(形)はさほどないかもしれません(笑)


ただ…


今回、私は、気づいたんです。

自分の苦しみだとか、心の流れを邪魔しているものがあるとしたら、
この「チャレンジ気質」そのものではなくて、

「周囲の言う通りにあきらめることはできなくて、
挑み続ける、道を切り拓きつづける自分」

に対する、

私は間違っているのだろうか!?

という、気持ち(負い目)と、

「結果」についての誤解による、ジャッジ(裁き)だということに!


☆☆☆

結果は私の中にある。


私の中に残っているもの、
私の中に蓄積されているものを、
私は、人に「これですよ」と見せられない、

示せないかもしれない。

でも、確実に、この中に、ある。


それは、心の器に足された深さや、色彩みたいなもの。


それを認めたとき、私は、
目からウロコが落ちるような感覚になりました。


あ、私、結局、結果を気にしてたんだ。

みんなに見える結果

という形で、特定の状況という姿で
(じつのところ、それが何なのかすらわからないのだけど 笑)

達成されなければ、「正しくない」のだと、信じていたんだ。


☆☆☆

精神世界のセオリーの中に、よく、

「流れにのっている」状態の話が出てきます。

そういうときは色々なものがスムースに流れ、
人との相性もよく、シンクロが起き、うまくいっている感覚があり…キラキラ☆


「楽=正しいことの証明」

そんな風な、価値判断を、いつの間にか私は採用していた。


だから、進みたい道を進んで難しい体験をする自分のことを、
それ自体がいけないことだというように、強烈にジャッジ
していたんですね。

まるで、わかりやすく簡単なものの中にしかいちゃいけない、みたいに…。
抵抗にあったら、わるいことだというように…。


…こうして気づいたことを、友人にメールで打っているうち、
どんどんまとまってきました。


このことは、たとえば、

「苦しくない仕事なんてない。
嫌なことも、やらなきゃ生きていけないんだ」

とか、

「闘って、苦労して、勝ち取らなければだめなんだ」

という考え方とは違っていてミッフィー


こういうことなんです、

「たとえ難しかったり、困難をともなうことでも、
やりたい私がいるのかもしれない。

それならば、挑戦そのものを純粋に楽しんだらどうか。

結果(外の状況としてどんな風にあらわれるか)を気にするより、

自分の内側の結果(挑戦している中身そのもの、内面の変遷)を、
見つめ続け、そのプロセスを楽しめばいいんだ。」


挑戦する自分を、自分が認めてあげる。


感覚的なことで、なかなか言葉にしがたいのですが、
価値を置く場所がちがうということなんです。

言わんとしていることが、読んでいるみなさんに伝われば、
うれしいです。


そしてね……これを書いてから、

あっ、前々回の記事から内容がつながっていたんだな~!

と、気づきましたよ。


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