BEATS AND LOVE

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癒しの基本・自覚すること

この数日間、自分の中で「徹底して“見る”」ことにした事象があった。

それで書きたいことが出てきたのだけど、

これは、現世的な言い方をすると、「人を癒したい!」

という自発的な強い衝動がやまない人向けの記事だと思う。



「癒し」が起こるのに、必要な条件がある。

誰か1人は、「気づいて」いなければならないのだ。

究極的には、もちろん、私1人でせっせと自分自身の内を浄化し、
ものの見方を改めればいい。

でも、それをしながらも、「共有すること」は思いを強化してくれるから、
興味のある人は聞いてほしい。


この世界でずっと私が疑問に思っていたことは、
たとえるなら、

血をだらだら流したまま笑って、それがないふりをして、
平気な顔で、
「私は痛くないですから!」
と言い張る人が多いということだった。

「あなた、血が出てますよ!
失血死しちゃいますよ!
それ、今すぐ手当が必要じゃないんですか!?」

それに気づいたこちらがそう思っても、

「本人がいいって言ってるんだからかまうなよ!」
「何も起こってなんかいないよ。痛くないって言ってるじゃないか!」

という態度がたくさん見られるのが、この世界だった。

まるで、みんなで目をつぶってるゲームみたいに。


「癒し手」になりたい人という衝動が止まらない人は、
この「嘘」を子供の頃から見続けてきて、
その人の表面と、
その下で泣いている心と、
二重の現実に苦しんだのではありませんか?



「癒し」が起こるには、
幻想を「無」に返してあげる必要がある。

そのとき、
ここが大切なのであるが


「間違ってる」
ということを、認識してあげる必要があるのである。

つまり、

痛いもの、もつれているものを、見ないふりして
「そんなのはね、無いよ!」
と言うのと、

しっかり見て、
「無に返します」
と、そう、もう本当にそれは要らないんだよ、と、
自覚するのとは、大きく違うのである。


(ところで表現的には私は、
「目覚め」という言葉にはちょっと違和感を覚える。
なんだかそれだと一時的な行為のように感じるからだ。
むしろ、「自覚」という言葉の方が継続的でふさわしい気がする。)


それで、あなたにとって、

癒しが必要に見えた対象(相手)に、
それを知らせる必要はない。


(もちろん、場合によっては、内なるメッセージが、
相手に何か伝えるように教えてくれるかもしれない。
そのときは、それが最適なのだから、そうするまでである。)


ただ、あなたが、自分の内を浄化することで、
この夢をコンプリートさせたいと願う人間なら、

あなたは正しく見る必要がある。
幻想の中における、その人の苦悩から目をそらしてはいけない。

幻想の苦しみをまずは「見て」、
受信して、
それでやっと、
これは幻想だから、「無いんだよ!」と、解放できるのである。


この違いは大きいと、私は思う。


たとえですが、こんなお話をします。

天界の存在がいるとしましょう。
彼らは、彼らのメンバーが始めた、
「人間体験(アバター)」の幻想世界を知っていますが、
彼らの位置からは、直接手を出せません。

でも、それがもつれすぎて、
「交通整理」する必要があることを、知っていました。
それで、幻想の中で何が起こっているかをしっかり受け止め、
彼らと連携、協力する意志を携えたまま「人間体験をする」
アバターを、さらに送り込むことにしました。

また、「送られる信号」は、
「人間世界体験」をしている誰もが、
聞く耳さえあれば受信できるように、
彼らはいつでもメッセージを放送しています。


だから、
生まれながらにそういうことをやりたくてたまらない人(笑)、

このブログを読んでくれていたら、


逃げないで、まずは自分に与えられたものを「受信」
受信し、気づくことは私たち側の仕事だ。

この興味深い人間世界の中で起こることをしっかり見つめて、
当たり前に泣いたり笑ったりしながらも、
一緒に生きていこうじゃありませんか。


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