BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

死者の目線で

今宵も皆さま、こんばんは(‐^▽^‐)

ときどき書いている私の感覚、「死者の目線」について、
今日は書こうと思います。*☆*:;;;:*☆*:;;;:


☆☆☆

生死の感覚、というものがあるとすれば、
私はその境界が薄いタイプなのではないか…と、思います。

昔から夢の中でたくさんの人生や存在、その感覚を体験していたことにより、
「この設定の、この現実の、この人生オンリー」が唯一の私だとは、
あまり思っていませんでした。


正確には、それが“ただの「夢」ではない”というひらめきがあったときから、
その感覚がこの現実にも融合されるようになり、
今ブログに書いているような諸々のことも根付いた、表面化した…
という感じです。



そういうわけで、日常の中でも、ふとしたシフト、
目線の位置のずれ、というのを体感するときがあります。

それは、意識のグラデーションの中の、どの位置に合わせるか、
ということになるかと思います。

ふだんのギアの位置、というのがあるとすると、
それがターン!と、移動するときがあるのです。


そういうときのことを色々な言葉で私はあらわしていますが、
そのひとつが、「死者の目線」です。

あたかも、すでにこの現実に、今のような肉体という表現では、
参加していない人…

そんな感覚で、今を眺めているときがあるのです。

自分がすでに死んでいたら、
ちょっと別の位置からこの現実を眺めていたら…、

という風にも言えますね。


そういうわけで、映画『シックス・センス』の中で、
主人公が最後に気づくオチがありますが、
実際に私の身にそれが起こっていたとしても、たぶんあまり驚きません(^-^;)  

(『シックス・センス』を見たことがなくて内容を知りたい方や、
オチが何だか思い出せない方は、適当に検索してみてください☆
これから楽しみたい方のために、ここに書くのは控えます)


☆☆☆

「死」から見る。
終わりがあると考えるのは、スパイスだろうか。


☆☆☆

その目線から見ているとき、たとえばこんな風…

うるさい小言を言ってくるあの人は、

→(あぁ、彼女/彼の経験から成る価値観で、
彼女/彼なりに、私のことを思ってくれて、心配してくれて、
そう言ってくれているんだな。ありがたいな…。)

こう変わる。
愛しさから見える。心がひらく。


なんというのでしょうね、ひとつひとつの些細なことが、
みな貴重に思えて。

一瞬一瞬、存在しているということが、ありがたくて。


苛立ちや、ここちよく思えないことでさえ、

生きてる。
ここにいる。
あの人も、この人もいて…
こうやって感じる、体験することができるよろこび。


こんな風に。
いったん死んで、望んで、生き返らせてもらった人みたい。

色々いやなことがあっても、その感覚はゆらいで、こうなります。

体験させてくれてありがとう。
これもまた、いい。


人に対しても、こう思います。

あなたが存在してくれているだけで。
こうして今、生きて、あなたがいるということが、

私には、何より愛しい。
ありがたい。よろこびなんだと。


降り注ぐ。
この気持ちは、本当にこの現実から“チェックアウト”したとき、
やはり感じることではないのかな…と思う。

別の位置からこの体験を眺めたとき、湧いてくる気持ちかもしれない。

私はそう思う。


☆☆☆

昔、直感の鋭い友人に、こう言われたことがあります。

「Mちゃん(私の本名)って、半分死んでる感じがする。
それは失礼な意味ではなくって、半分はここに属してない、
精霊みたいな世界にいるというか…」

それをきいて私は、

半分死んでる!?それって、私に生気がないっていうこと!?

などと、不快に思ったりはしませんでした(笑)
むしろ、そうであろうよ、と、納得していました。


彼女の言わんとしていることはわかりました。
そして私以外にも、多くのそういう人はいるでしょう。
(そういう人は、そういう人なりの、バランスがある。)

私がこのブログをはじめるとき、
vanillatreeというニックネームを選んだのは、
以前、死のことについて書いた記事あたりでふれたかもしれませんが、
バニラクリーム色の光として認識していた、
大天使アズラエルが関係していました。

大天使アズラエルは「死の天使」と呼ばれ、
名前の意味は「神が助ける者」だそうです。
今調べて初めてわかったのですが、一説によると、
書くこととも結びつけられているということでした。


これ以外にも何度かブログを書いたことのあった私は、
今回、また新たに始めるなら、どんなことを書くだろう?と思いました。

それについて考えていた頃、
「死」というのはひとつのテーマとしてあらわれており、
私のもとに、大天使アズラエルもサインのように現れていたのです。


そういうわけで、大天使アズラエルのその色から「vanilla」が浮かび、
南の島が好きな私は、さらにバニラが熱帯で栽培されているということや、
栽培は非常に手間がかかるということ(人間の手による受粉が必要)
などにも興味をそそられ、バニラの木、vanillatreeという名前にしました。

その他、ちょうどそのとき、
ハーゲンダッツのバニラ味のアイスクリームが食べたくて食べていたこと(笑)、

調べると、バニラの香料や、含まれている成分のバニリンには、
母乳に含まれているのとおなじ癒しの効果があるということ。
(この間、風邪をひいたときの風邪薬の話題にもバニリンを出しましたね 笑)

などなど、複数の意味に思いをはせたニックネームなのです。


話を戻すと、私は、
「生死」というものを一般に信じられているのとは違う枠組みでお伝えすること、
ここに生きながらに多重の感覚を持ち合わせていることを、
欠点と捉えるのではなく何らかの形で生かすこと。

そしてまた、だからこそ「ここ」がたった今、宝石のように美しく、
一瞬のしずくのように貴重なものの連続であるということを、
表現したいと思ったのです。


生を、苦しみやつらいものとして捉えることも可能だけど、
あなたの中には、そう眺めていない部分もあります。

そして助けもたくさんやってきています。
たった今も。

たくさんの愛があなたを見守っています。


クリックどうもありがとう☆(^-^)/


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