BEATS AND LOVE

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ぴののこと(おまけ)

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死のことシリーズのおまけです。


ぴのが亡くなってしばらく経って、
「もう大丈夫かな」と思った頃、

どうしてもうさぎが見たくなり、とあるペットショップに行きました。

そこにはいつもうさぎがいたからです。


とてもかわいいうさぎ達に、
ケージの隙間から指を入れて、そっとなでるとき、

私は「はっ」としました。


無意識に、相手に、ぴのと同じリアクションを期待していたのです。

ぴのは当然、私が手を出すと「なでて」と鼻やおでこを出してきたし、
そのあと必ず、私の手を、お返しになめてくれるのでした。

この順番が逆になることもありましたが、
いつもそうしていました。


その反応がないことに、当たり前のことながら、
私は「ぎくっ」としたのです。


彼らのうさぎらしい動きはすべて、ぴのに重なりました。
そのせいで、私は人目もはばからず泣いていました。


でも、それはぴのではありませんでした。

他のうさぎには、ないもの。
それは私たちの絆。心の交流。


その後、往生際悪く、
妹と2人で、「ふれあい動物園」のうさぎに会いに行ったこともありました。

でも、そこでも結局同じ気持ちを味わいました。

どこにもぴのの代わりはいない。

しゅんとして、私は言いました、


「私はうさぎが好きだったんじゃない。もちろんうさぎも好きだけど、
それ以前に、ぴののことが好きだったんだ、と、わかったよ。」


妹も、まったく同じ気持ち、と同意しました。


肉体は朽ちて消えていくけれど、存在は消えない。
心の絆、愛の交流は残る。


私の心が悲しみの嵐を引き起こしていたとき、
私はぴのの姿を、得意の夢でも見ることができませんでしたが、

心が静まり始めた頃、じょじょに、
その姿を別の次元で見ることができるようになりました。


亡くなった直後は、自分の思い出すぴのの姿が、
生きていた大半がそうだった、健康で元気だった姿ではなく、
死の直前の、苦しそうな姿ばかりなのが悲しかったです。


でも、私が夢で会うぴのは、
驚いたことに、私の日常の記憶をはるかに超えて、

一番元気だったころ、若かったころの姿でぴょんぴょんとやってきます。


あるときの夢の一部をそのまま引用します。


☆☆☆

…あのなつかしい、ツッテン、ツッテン、という、
ぴのが床を走り回る音が聞こえる。

まさか…と思って見ると、本当にぴのが走り回って、
元気いっぱいなのが見える。

まだ体が少し小さくて、若いときの姿。

観葉植物を、のびあがって食べようとしている!


…ぴのをさわってみる。
そうしたら、あたたかかった。

涙がばーっと出て、目がさめた。
あまりにリアルすぎて号泣が止まらず、今見たことを家族に話した。


☆☆☆

実はこの夢の直前、私は別の「亡くなった人」に会っていました。
それは、私のまったく知らない外国人の女の人で、
その人の人生と、ことづて(残した人へのメッセージ)も見てきたばかりでした。

こうした体験はときどきあり、体に余韻を残すことがあるので、
横になって休んでいるうちに、もう1つの夢として、ぴのの夢を見たのです。


ああ、亡くなった者たちの次元に行ったんだな、と思いました。

それは、私たちと「別の場所」にあるわけではありません。
重なって存在しています。


結局、私たちは、今も霊(スピリット)です。


愛している者がたとえこの世を去っても、肉体の形態ではなくなっても、
あなたとは心でつながっています。


愛したものとの絆はなくならない。それは、今もあります。

どんな人の死別による悲しみも、癒されますように。

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