BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

私の鍵☆

こんばんは~☆

まずは、ひとつ前の記事 を補足します♪
今日書く中味にもつながってくるので。

あの中で書いたことで、当時の自分の背景を説明しないと、
意図したこととズレちゃうかもなって思ったところがあって。


記事中に、昔、ヒプノ中
「自分で考えろ」っていうメッセージがあったときの話を書きました。
それを、切り離しの感覚…とか、助けはないんだという風に捉えないでくださいね。
えっと…つまり突き放されてて、サポートは無いんだ…とか!

そういうんじゃないんです。

そうじゃなくてね、その頃、私がワーク中に行ったその質問に関しては、
当時の私にとって、その答えが適切だった、という話なんです。

ガイドを求めたはずの自分の内側から、
「あなたはどうしたいの?」って、尋ねられたっていうこと。

言葉を変えれば、自分が現実を創っていけるということを認識しなさい、
力を取り戻しなさい、という促しだったんです。


それよりもっとさらに昔に、クライアントとしてヒプノを受けた頃には、
「流れを信頼しなさい、流れにのりなさい」、
「流れに逆らって泳ぐと苦しいよ」、
というメッセージをもらったこともありました。

自分の内からあふれてくる「流れ」はあるよ、ということはもちろんです。

ただ、その頃私は、無力感が強く、
自分の内から湧いてくる力、なんて信じられませんでした。

だから、「私の望んでいること」や「素直な気持ち」と、分離していました。

そんな背景がありました。

「あなたはどうしたいの?心の中を自分で感じてごらん」
という導きだったのです。


☆☆☆

さて、関連する話として、私がよく書く「夢」の話です。

夢の中で私は、自動車や自転車、バイクなど、公共の乗り物ではなく、
自分で運転するタイプの乗り物に乗っていることがあります。

以前書いたように、夢のシンボルというのは人それぞれの意味を持つので、
一概にまとめることはできませんが、

このような乗り物の夢を見た場合、「誰が運転しているか」
を見ると、現在の内的状況がわかることがあります。

ちなみに、自転車やバイクの場合は、「バランス」を表すという見方があります。
これらはだいたい、2人乗り以外は、自分が運転していることが多いと思います。
なので、自分の感覚、運転の状況や、道のりを見てみるといいと思います。


一方、自動車の場合。
誰が運転席にいるのか、どんなドライブなのか、同乗者は誰か、
あなたの感じていることは…などと、見ていくことができます。

たとえば、運転席にいるのはあなたの親で、
なんだか不安な、ハラハラしているドライブかもしれません。

一例ですが、その場合、あなたはもしかしたら、
親の信じていたことをそのまま引き継いで、
自分で考えることなしに現在の状況を進めているよ、
その価値観にとらわれていて、自分で自分の人生を運転してないよ、
よく見てごらん、という促しかもしれません。

また、一緒に乗っている人たちは誰か、ということも参考になります。
たとえば中学時代の友人が一緒の車に乗っていたら、
中学時代に強く感じていた観念や、その当時の価値観を象徴していたり、
あるいは、その友人に対しあなたが持っていたイメージを表していたりもします。


☆☆☆

私の場合、この「車に乗っている夢」というのは定期的に見ます。

そのとき、例のように家族や他の人の運転する車に乗っていることもあれば、
夢の中でしか見たことのない人たちが同乗していることもあります。
(この場合、男性か女性か、いくつくらいの人たちか、
その人たちからどんな印象を受けるか、なども参考になる。)

自分で運転していることもありますが、私が運転席にいる夢は、
どちらかというと少なめなのです。

そのうえ、自分が運転している夢では、
「こわい!どうしよう。私ひとりでは運転できない」
と、思っていることが多いのです。

なんとか発進してみたものの、よろよろして路肩に止めてしまったり。
駐車場に止められなくて、人を呼んだり。
車の流れについていけなくて、事故になりそうな恐ろしさがあったり。

自分が運転する車の夢では、
快適なドライブになっていることがなかなかありません。
(身ひとつで空を飛ぶ夢とかはとても快適なんですが…
こちらを霊的な自分の象徴だとすると、車は肉体というか、
この世界、現世での自分をあらわすのでは、と感じたりしています。)

実際、私がペーパードライバーである、
という現実的事情も絡んでいるかもしれませんが(笑)

記事前半で書いたこととリンクしているように思えます。



でも、今朝の夢では、珍しいことが起こりました。

アメリカのセレブなヒップホップスターが乗っているような、
ドアが上に上がって開く車(って、わかります?笑)の運転席に、
私が乗っているのです。

ただ、乗り方が…
「乗らねば!」という強い気持ちでもあるのでしょうか、
かなり荒っぽく、ドアを蹴破るかの勢いで、車内にすべり込むように乗り、
運転席にひらりと飛び乗っていました。

なぜか助手席には見たことのない女の人がいました。
(ここは自分でもまだ解釈できてないところ。非常に静かな感じの人でした。)

夜でした。
(“夜”は意識の中の、意識的に気づいている部分に対し、
認識されていない部分をあらわすとも言われています。)

運転席のさまざまな計器や表示は、素敵な青い光でライトアップされ、
暗闇の中で美しく浮かび上がっていました。

私は手なれた様子で、キーを差し込んだり、すばやく発進の準備をしました。
怖れている様子はちっとありませんでした!

運転席は少し高く、ハイテクな感じの車でした。


☆☆☆

夢で覚えているのはここまでで、
私が運転席にいる上に、ちっともドギマギせずに発進していた、

このことが印象に残りました。


それから、私は起きている間もときどきイメージで遊んだり、
イメージの世界で色々なインスピレーションや洞察をもらうのですが、

その夢を忘れていたにもかかわらず、そこでまた「鍵」が出てきました。

その鍵は、私に与えられた鍵で、華奢な美しい形で、黄金色でした。

「私は私の鍵を持ち、私の中の扉を開く。」

そう言葉が浮かび、
私は、私の内にある私の扉を、その鍵でひらくのだとわかりました。

イメージの中で鍵を差し込み、扉をひらくと、
虹色のまばゆい光がぱーっと全体にひろがりました。


☆☆☆

ちょっと前には、ユニコーンの人格と重なる体験をしました。

何度か、スピリチュアルな世界で知り合った人から私は、
ユニコーンが見える」とか、「ユニコーンに見える」とか言われたことがあります。

特に自分がユニコーンに思い入れがあるとは感じていませんが、
そう言われてみれば子供のころ、手塚治虫の「ユニコ」という映画が、
ずいぶん気に入っていたことを思い出しました。


今回、ユニコーンは、五次元?か六次元の存在?なのかなぁ、
なんてなぜか考えました。

今回の体験では、私がつらいとき不意にユニコーンがあらわれて、
横になっている私の体と重なったのです。
つまり、自分がユニコーン、としてその存在を体験しました。

すると不思議なことに、すばらしい安らぎが心にひろがりました。
体は白、髪の毛やたてがみはつやつやしたクリーム色で、目は青色でした。
私にとっておでこと感じるあたりに、つのがありました。

そして、こんなメッセージが心に浮かびました。

「苦しみのプロになるより、安らぎのプロになろうね」


希望と絶望は相対するものだけど、
安らぎは、平和は、ここから湧いてくるものだよ。

ユニコーンの世界がそう言っていました。


☆☆☆

今日、サポートチーム(の存在)に言われたことです。

「僕たちはチームなんだよ。
君が君の舵を取ることの大切さがわかるかい?」


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