BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

あなたの好きなあなた自身でいよう~あなた自身に根差すこと~

今回は、「あなたの好きなあなた自身でいよう~あなた自身に根差すこと~」

自分の感性に根差した「自分の好きな自分」でいましょう、というお話です。

ひと口に「精神世界」とか「スピリチュアル」の分野といってもその関心は、セラピーから、不思議・ミステリー、自己啓発や、悟り系と呼ばれるものまで…色々な種類の話題がありますよね。

自分を探そうとしたり、確立しようとしたり、「消そう」としたり、その試みも様々な中で、かえって足場を失っていく「極端さ」が観察できるときがあります。

正反対に見えて、その元は同じ

たとえば、ある教えや考えに従って、

・「自己否定的・抑圧的だった人が」→「傍若無人に、わがままな振る舞いを心がける」
・「自己探求、自分探しに熱心だった人が」→「自己はない、と考えることや、その境地に達することを目指す」

観察していると、いずれも「針が逆の方向に振り切れただけ」で、元となっている「迷い」や「悩み」は実は気づかれていない・解決されていないのですが、
本人が採用した「今度こそこれが真実だ」とか「この人(教師やグル、リーダー等)は本物だ」と思う世界観の中では、反対側の「表現」に傾くことで、新しい自分になったように感じます。

ところが、そのとき採用し従っている「ルール・考え方」も、本人自身の内から湧くものではなく、外から提示されたものであると、心の奥底では、「不一致感」が残ります。

「この教えは素晴らしい!」、「これに従っていれば間違いない!」などの高揚感が、その不一致感をしばらくは覆い隠してくれるでしょうが、あるとき「違うよ」と小さな声でつぶやいている自分自身に気づくまでは、「正しい」はずの教えの方へ自分の感覚を合わせようと頑張って、そのズレが少しずつ自己をむしばんでしまう可能性があります。

自分自身の内側の声を聴く、そしてそれを理解して生きる、ということを身につけない限り、どんなに「形を変えても」これは続きます。

生来持っているあなたの素晴らしい感性

あなたは、あなたの内側から湧く、あなた自身の感性を頼りにしていいのです。
そこには、あなた独自の「バランス」と、「美しさ(美学)」があります。

ところがそれを、自分が属する社会で少数派だったりすると特に、「疑う」こともありえます。その点をわかりやすくするために、いくつか具体例を挙げてみましょう。

・たとえば、あなたは、趣味や遊びにおいての大胆さを兼ね備える一方で、仕事上では「欲」がなく、控えめかもしれません。
・たとえば、あなたは、人々を愛していますが、恋愛などの色恋には、関心が薄い方かもしれません。
・たとえば、あなたは、心おきなく友人と話すことは大好きですが、大勢と集まってひとつのことをするのにはあまり惹かれないかもしれません。

あなたにとって「重要なこと」と「そうでもないこと」、「惹かれること」と「惹かれないこと」はある程度はっきりしていて、変化していく部分もあるものの、あなたのテイスト・持ち味として持続していくバランスもあります。

これは、誰かに指図されて「このバランスだ」と決めるものではなく、ただあなたの好みや、フィーリング、心の内から湧いてくる感覚によって形成されるものです。

ところが誰かの「型」を自己に当てはめてしまうと、バランスは崩れます。
上に挙げた例をそのまま順番に使うと(上と比べてみてください)、

・もっと仕事で欲を「出すべきだ」。年収を上げる、仕事内での地位を上げる、など、形として「上を目指すべきだ」。それが自己実現だし、能力を使うということだ。

・もっと恋愛に関心を持ち、自分の「女性性/男性性」を解放しなくてはならない。パートナーを見つけなければならない。リレーションシップを通して、愛を経験し、○○(特定の人や教え)のように、人を愛さなければ成長できない。

・「多くの人」と関わり、世界を広げなければならない。人と知り合い、交流しながら活動し、自分の考えを広めたり、共有したりしなければならない。

…と、このように、自分の内から湧いてきているのとは違う「型」に評価を置き、そこに自分を合わせようとしたらどうでしょうか。

「型」そのものには、よい・わるいはありません。
ある「型」は、誰かにとっては、ちょうどよいものだったかもしれません。
心から楽しくてそれをやっている人にとっては、それがその人の「最適なバランス」であり、「自然な表現」です。
すると、自分の「成功例」を、人に教える人も出てくるかもしれません。

あなたの心に響く部分があるなら、そのエッセンス(本質)を理解するのは役立つかもしれません。
問題が生じるのは、自分自身の感性よりも、誰かの「型」そのものを取り入れようとしたときです。
もちろん、その「型」が特定の人物ではなく、曖昧な「世間」といったものや、「いつのまにか身につけていた常識」などから来ていることもあります。家庭や周りの人々など、あなたを取り巻く身近な環境からの観念であることもあります。
それまでの「型」から解放されたように見えて、根本は同じまま、「型」の種類を取り替えているだけのこともあります。

どこから「型」を仕入れるか、それは関係なく、あなたが「何を取り入れているか」に自覚的になることが大切です。

取り入れたのはあなたであるということ。
ならば、変えられる・選択し直せるのもあなたであるということ。

あなたの心のお天道様が見ている

あなたはあなた自身の内側にある感性に従い、自分がこうでありたいと思う自分でいることが大切です。

自分には一切の責任も力もないと、何もかもを投げ出すこと、あきらめること、あるいは逆に、何もかもを欲しがること、妙に自己中心的に「露悪的」になること、それらは先述のように「針が反対方向へ振り切れているだけ」です。
一時的には、それも「セラピー」になるかもしれませんが、「通過点」にすぎません。

日本では、「お天道様が見ている」などの言い回しがありますよね。

「お天道様」を、自分の心にある「内なる自己」の目線だと思ってください。
それはあなた自身なのですから、「裁く」ということはありませんが、あなたが「あなたのなりたいあなた」になれるよう、いつでも導いています。
あなたが、「ああ、これは自分ではないな」と感じる方向へ入り込まなくて済むように、自分自身の指針を「フィーリングで」伝えてくれています。

その感覚を見分ける一例を挙げましょう。

あなたが「学んだルールや観念によって」ではなく、「自分自身の心の感性に従って」何かをするとき、あなたは、「自分と違う選択をする人たちを裁きません」

たとえば、故意に人を欺くとか、何かの不正をしている人たちを見て、あなたが「それは間違っている!」と正義感から怒りを覚えるなら、それは単に「学んだルールや観念に従うことからの」怒りです。
その元は、自分も従っているルールを他者にも守らせようとする気持ちです。

一方で、あなたが「自分だったら、それはしたくないから、しない」と、ただ決めるのなら、それはあなたの心の感性による選択であり、そうでない人たちに同じルールを守らせようとか「責める」とかの気持ちにはなりません。

同様に、もし、「人を傷付けることは悪いことだから」人を傷付けてはいけない、と考えている場合、それは「学んだ観念・ルール」にすぎません。
この場合、自分自身の内から湧いてくる感性が、「私はそういうことはしたくない」と感じることとは、別物なのです。

どんな物事でも、「裁く者がいないのであれば、タガが外れてやりたい放題やる」というのは誤解です。そうなるとしたら、それまでルールをいやいや守っていたり、自分をきつく締め上げていた場合の「反動」にすぎないでしょう。

自分の中の「生命の本質」とも言えるささやきに耳を傾けると、そのささやきを自ら守りたくなるのはもちろん、自分がそうできなかったときのことや、そうできなかった人々のこともまた、包容する感覚になるでしょう。裁けるものは何もないからです。

様々に学んだことを受け止め、たゆみなく歩み続けようという「向上心」が私たちには自然に備わっているのです。

あなたがあなたの感性による美学に従っているとき、大元にあるのは、「自分のありたい自分でいたい」という気持ちです。

それは「お天道様に恥じない」気持ちとも言えるし、もし、あなたの心の中に、愛する存在や、大切な人たちがいたら、その者たちへの思いがそうさせるかもしれません。
生きている人であれ、すでに亡くなった人であれ、あなたの心に誰かや何かへの愛が宿っていると、あなたは自分のことも真に大切にする姿勢になります。

本当の自己愛

本当の自己愛は、あなたがあなた自身を愛することによって、世界にそれが放射されるという愛です。

甘えや自己陶酔とは違うし、外からの「型」によって自分に厳しくなることとも違います。
それは気楽なものでもあるし、この世界では「挑戦」でもあります。
よろこびでもあるし、目をしっかり開いている必要のある「真剣さ」でもあります。

私たちひとりひとりは、異なるエネルギーバランスを与えられました。
あなたにしかない、独自の「あり方」が、あなたという唯一無二の経験を存在させています。

そんなに素晴らしいものを、手放そうとするのも、もみくちゃにしてみるのも、気づかないままで一生を終えるのも、あなたの自由です。

けれども、ときには「夢の中で夢に気づく」ように、
映画の出演者であることに没頭するばかりでなく、監督になって作品を眺めてみるように、

「私は、私の好きな私自身でいるだろうか」と、確認してみてください。

すると、あなたがどうしたいのかということも、クリアーになるからです。


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