BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

すべては終わっているのよん

このテーマは再び、エゴを越えた視点側から見たお話です。
今日のお話は大事!!ぜひ、しっかり読んでください。

※後日補足…
当時はこの記事のような考えだったのですが、変化しました。

(私本人は、この頃の記事では制限のある見方をしていたなと、
振り返って感じています。
そういった変遷も参考になるかもしれないので、残しています。)

別な気づきとともに、この記事内容にふれながら、
あたらしく書いた記事もあります→
「限りなく新しい今」
こちらもあわせて、ぜひ読んでいただけるとうれしいです☆


これから書くことを思うと、「お釈迦さまの手のひら
の話を思い出す…
正確には何の、どういう話だっけ??と思って調べたら、
西遊記」の孫悟空の話だった。

へえそうか、内容をできるだけ正確にブログに引用したいな、と思って、
年季の入った故事ことわざ辞典を引っ張り出してきたけど、
紙が変色して超ほこりっぽいだけで、この話は載ってなかったよ。汗

それで私の簡単な説明ですけど、一応書きますね。
孫悟空が自分の力を過信して、
どんなもんだいと思って宇宙の果てまで飛び、
そこの柱に記念のサインなんかして帰ってきたところ、
結局それはお釈迦様の手の平の中だった。
柱と思ってサインしたのも、お釈迦様の指の1本だった…という話なんです。

それと今日の話は似てます。

一方で、コース(『A Course in Miracles』)を学習している人だったら、本の中で
すべてはもう終了している。過ちは全て修正されている
という記述に出くわすことでしょう。これもまた同じ種類の話です。


今まで私がこのブログで記事にしたことを読んでもらえていれば、
私たちこの世の存在に見えるもの
すべてが、
1つの存在の中にあるのだということが、
もうわかっていただけていると思います。

これはどういうことかというと、
私たちはすでにあるものの中をただ移動しているだけということです。

そして、ここからが大事。
この移動というのも、実際の“動き”はなくて
視点が移動しているだけ なのです。

私が、生まれて→死んで→生まれて→死んで、
という繰り返しとして輪廻転生を捉えるのを避けるのは、
このポイントをお伝えしたいからです。


DVDみたいなひとつの完成されたデータを思い描いてくださいね。
私たちは、そのストーリーを
目で追っています。
この世界で、DVD鑑賞している人を考えてみて。部屋で座ってるよね?
本人は座ってて、動いてはいないよね。そんな感じ。

そのとき、DVD内のどこに視点を持っていくかで、
この世界的に言うと、何を体験するかが変わります。
ただし、この、視点をどこに当てるかというフォーカスポインが、
この世のDVD鑑賞とは違い、相当緻密で、広い範囲に渡っています。

(同時に、意識の知覚の仕方にはグラデーションがある。
この話をまた別の機会にしようと思います。)

視点をあてたところを、この世界的には、「体験」していると感じます。

つまるところ、私たちは、
「生まれるときに体の中に入って、死んだら体から抜け出て、あの世に戻る」
わけですらないのです。

今も、この世にいません
視点を、この世界という
データにフォーカスして、
体験(鑑賞)しているだけです。


そしてもう1つの大切なポイント。
真実は、真実なので、真実である」という記事の中のたとえで、
真実と幻想の違いを説明しましたが、
この、“データ”にフォーカスするときの注意点として、
リアルストーリーと妄想ストーリー」があるということを
認識する必要があります。(※ストーリーというのも仮の言い方ですけどね!)

少しややこしいかな?
整理すると、

実在

この世界(ヴァーチャル)
ヴァーチャルの中のリアルストーリー(コースでいうところのHappy Dream

ヴァーチャルの中の妄想ストーリーエゴの幻想)                      

というように、ヴァーチャルなストーリーの中にも2種類あるのです。

リアルストーリーというのは実在と同じ本質を持ち(God's Son)、
それに裏打ちされた“本筋を歩む道”です。
コースだと、Happy Dream(幸せな夢)と表現されています。
別な言い方をすれば神性に基づく道、ですね。

想ストーリーというのは、個々のエゴが発展させる、
好き勝手な幻想、枝分かれして幾通りも存在する道、
思い込みの宇宙です。
(よく、人の数だけ宇宙がある、と言いますよね。
その場合はこちらを指しています。共有できない宇宙です。)


この世自体が幻想であるということは精神世界の知識でもう定番ですが、
幻想のにおいても、
こうした2種類の本質的に異なったストーリーがあるということを、
理解しているでしょうか。


別な言い方で繰り返します。

この世界は、「夢」だと言えます。
でも、夢の中には、自らの本質、神から受け継いだ性質を反映した夢と、
夢の中でみる際限のない夢と言ってもいい、
恐怖をもとに作り上げてしまった妄想の夢があります。

そして本日のチャラいタイトル(「すべては終わっているのよん」)は、
な~ぁに?と言いますと(笑)、

まぁいずれにせよ、
データの中ではすべてが終わっている(完成している)んだよ、
所詮、
私たちはすでにあるものの範囲内でそういうことをしているんだよ、

と、言いたいんです。
(ね、お釈迦さまの手のひらの上って感じでしょう?)

どうかこの点を理解してください♪


今日はここまでで! (*^∇^*)ゝ チャッ


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